青信号が灯る
うちの近所……といっても数百メートルくらいは離れているのだが、そこの交差点には悪い噂がある。よく事故が発生すると言われているのだ。
うちは一応、住宅街の一画にあるけれど、件の交差点の辺りまで行けば、もう違う。民家も疎らとなり、道路の両脇は、ほとんど田んぼや畑ばかり。
だから見晴らしの良い十字路であり、しかも信号機だって、きちんと設置されていた。私も何度も車で通っているが、その度に「何故ここで事故なんて起こすのだろう?」と不思議に思うほどだった。
ところが、先日……。
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それは、ようやく暖かくなりはじめた、四月半ばの出来事だった。
我が愛車である青いセダンを運転して、隣町のモールまで買物に出かけた帰り。
いつものように、問題の十字路に差し掛かった。
その日は朝からずっと青い空が広がっていて、視界もよく開けていた。場所的にも見晴らしが良く、ついつい気持ちよくスピードを出したくなるところだが……。
頭をチラッとよぎったのが、頻繁に事故が起きるという噂。だから無意識のうちに、私はスピードを緩めていた。
見える範囲に、車は全く走っていない。歩行者はいるので、それには注意が必要なものの、目の前の信号には、はっきりと青色が灯っていた。
「……ん?」
ほんの一瞬、微妙な違和感を覚える。ただし、その違和感の正体には気づかぬまま、交差点に突入して……。
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「あっ!」
聞き咎める者もいない車内で大声を上げながら、私は慌ててブレーキを踏む。
耳障りな音と共に、青いセダンが停車。そのわずか数十センチ前で、男の子が一人、驚いた顔で尻もちをついていた。
横断歩道を飛び出してきた子供だ。もしも元々スピードを緩めていなかったら、ブレーキも間に合わず、私はこの子供を轢いていたかもしれない。
「何やってんだ! 危ないだろう!?」
ドアを開けて、咄嗟に怒鳴ってしまう。
いや、頭ではわかっていたのだ。本当は「大丈夫?」と声をかけたり、車から降りて相手の無事を確認したり、轢きそうになったのを謝罪したりするべきだ、と。
しかし、それよりも感情が勝ってしまったのだろう。私は悪くない、と。
私の進行方向が青だった以上、この子供の方が、赤信号を無視して飛び出したのだから……!
「えっ……? だけど、ちゃんと僕は……」
子供は座り込んだまま、腕だけを上げて、歩行者用の信号機を指さした。
そちらに視線を向ければ、そこに点灯しているのは青信号。
「……!?」
私は混乱して言葉を失いながら、改めて自分の頭の上の――車に対しての――信号を確認する。
すると……。
たった今、確かに青色に見えたはずの信号が、見直せば赤色になっていた。
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「どうして……?」
絞り出すような自分の声を耳にして、その瞬間、頭の中でカチッと音がする。
依然として全貌はわからないながらも、一つだけ気づいた点があったのだ。
それは、先ほど青信号を見た瞬間によぎった違和感の、その正体だった。
あの時、私が目にした青色は、三つ並んだライトの右端。つまり、本来ならば赤信号が灯るべき場所で、青々と輝いていたのだ。
「なるほど……」
同時に私は、ここで事故が多発する理由も悟る。
事故を起こした者たちは、今回の私と同じ状況に陥ったのだろう。
本当は赤信号のタイミングだったのに、そこに青色が見えたから……。
(「青信号が灯る」完)