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【第四話】《断ち手の沈黙》


「……霊断を、許すべきではないか」


その一言が発せられた瞬間、議堂の空気が一斉に凍りついた。

宋厥霊律本府――策儀評席の重厚な室内は、瞬時に静寂に包まれる。

天井を這う陰影がゆっくりと揺れ、古びた木製の机に映る灯火は細く震えていた。

議員たちの視線が一斉に発言者へと集まる。

その声は、まるで禁忌の言葉を告げるように響いた。


議されていたのは、「第七区蝕災への制度的応処」。

しかしその発言は、規定の枠をはるかに踏み越え、国家の根幹を揺るがす提案だった。


霊断。

それは霊術系統そのものの接続を断ち、術理の流路を遮断し、

霊災の根源を強制的に絶つ“非常措置”。

すなわち、国家の霊術基盤に刃を入れる禁忌の行為であった。


「……第五吏域の見解としては、それは過重な措置にあたると考えます」

「しかし、すでに蝕みは第三区まで連鎖しています」

「展術第二課からは収束可能との答申も届いていますが……」


声が交錯し、言葉は飛び交う。

だが、いずれの発言も核心を避け、触れようとしない。

誰一人として口にしない――

「霊術体系そのものに、構造的な歪みが生じているのではないか」という疑念を。


それを口にすれば、国家の礎が崩れ落ちる。

しかし言わなければ、明日の夜もまた、誰かが蝕災に呑まれて消えていく。


発言者――第五律吏官・柊遠寧しゅうえんねいは、ひそやかに口を閉ざした。

その瞳には、他者が目を背ける現実が冷徹に映っている。


(……あれは“穴”ではない。

“制度”の裏側に潜む、構造そのものの限界だ)


彼はすべて理解していた。

この場で真実は決して語られず、何も変わらない。

責任を取ろうとする者は現れず、霊術の正統を疑えば即座に組織の排除対象となる。


重苦しい沈黙の中、評席の隅で羽織がかすかに揺れ、

一度、誰かが咳払いをした。

誰かは筆録に視線を落とし、書き写し続ける。

だが、“霊断”という言葉はすでに空中で萎れ、

誰の追随も得られず、議事の流れに呑み込まれていった。


柊遠寧は静かに息を呑み、己の言葉がこの場で封じられることを知っていた。

いや、初めからその運命は決まっていたのだ。


それでも、口にした。


それは断ち手――

誰にも語られず、記録にも残らず、

制度の綻びの先で静かに声を絶つ者たちの、

黙示の務めだった。



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