4実は
「どうしたの、櫂?さっきからずっとニコニコしてるけど……?」
「いや、何でも?」
ニコニコ。
「なんかいいことでもあった?」
ニコニコ
ニコニコ。
ニコニコ。
ニコニコ。
……いや違うんだ。決してぼくの頭がおかしくなってしまったわけではない。
ただ嬉しすぎて表情筋がゆるんでしまっただけで。
でも、もう一度彼女に会えるなんて。
……とても、うれしい。
自分の体に何が起きたのかはよくはわからない。
ただ、ぼくにはやり直すチャンスが与えられたようだ。
そう、もう一度彼女と歩むことのできる道を。
新品のランドセルを背負う。
筆記用具を詰め、ノートを縦にして入れ、それを背負う。
さぁ、戦場へ行こう。
〜99%〜
足を前に出し、進む。
学校の校門が目に入る。
……この気配が、嫌だった。
ここでぼくは大きなミスに気づいてしまった。
──まだデンキクラゲ先生と会っていない。
「櫂、どうしたの?さっきからぶつぶつ言ってるけど」
「何でもないよ。大丈夫」
「……変なの」
絶対に彼女を助け出す必要がある。
そのために必要なことは何か。
まず一つ気をつけたいのは、彼女はぼくにいじめられているのを隠している、ということ。
──なぜ彼女がいじめられているのかを知る必要もある。
校門をくぐり、三階まで上がってぼくは図書室で待機だ。
彼女と手を振り、別れる。
校長先生がやってきた。
……殴り殺してやりたいところだが、グッと堪える。
校長先生はニコニコの笑顔で──気持ち悪い──挨拶してくる。
「どうもこんにちは。校長の菅詞空 宝亀です。え〜、この度この学校に転入していただき……」
冗長な説明をぐだぐだとされ、ようやく終わったと思う頃にはもう教室に行かないといけない時間になっていた。
「おっと、そろそろ教室に向かいましょうか。こちらがあなたのクラスの担任を務める屋久 祖郎先生です」
「……よろしく、お願いします」
「……あぁ」
思い出した。
ぼくは、二年間同じ担任だったのだ。
「では、私は仕事がありますので」
「はい、失礼しました」
「……失礼しました」
失礼しているのはあんたの方だろ、とか思いながら、退室した。
向かう先は教室。
屋久先生は扉を開ける。
しゃべっていた生徒は皆会話をやめ、そくざに屋久先生の方へばっと向く。
クラス委員長の八石 要が立ち上がり、
「起立!気をつけ!礼!」
と叫ぶ。
──金切り声がうざったい。
彼女の容姿は整っていて、このクラスのマドンナ的存在でもある。
……だが、彼女はその容姿の活かし方を知っている。
ぼくは、彼女のテストの点数を百点にするように先生に頼み、それを先生が承認した現場を目撃している。
「こいつが、今日からお前らと一緒に勉強する結歩 櫂だ」
「先生!」
八石が手を伸ばす──チッ。
「彼は翅論の弟なんですか〜?」
「そうだ」
そこで打ち切られ、八石は少し不服そうだ。
わきを小突かれ、あいさつをしろと言われる。
「結歩 櫂と言います」
黒板の方に名前が書いてあるのでぼくの方から読み方を説明する必要はないだろう。
「特技は特にありませんが、勉強するのが好きです。これからよろしくお願いします」
……少し嫌味ったらしい言い方になってしまっただろうか。
しかし、ぼくは、クラスメイトから信頼を寄せられる立場にならないといけない。
──全ては、翅論を幸せにするため。
「へえー、あの翅論の弟なんだぁ」
今度は男子の声だ。
……彼はそれなりにいい顔立ちをしている、が、ぼくと彼は特に何の関係もなかったと思うが、どうしたのだろう?確か名前は神散 蒼青だったか。
「はっ、おい神散。お前、結歩に振られたからって腹いせにあいついじめるなよ」
「ったく、俺を何だと思ってるんだよ」
その割には彼の顔は赤い。
……なるほど。神散は見事に撃沈した人のうちの一人だったってわけか。
それにしても、クラスから飛んでくる視線が鋭い。
ぼくにはわかる。
光明/巧妙に隠された、彼らの悪意が。
さぁ、目標は「信頼獲得」。
そのためにはどんな手段もいとわない。
ぼくが始めにすべきなのは……デンキクラゲ先生とのコンタクトだ。
〜99%〜
昼休みに入り、ぼくは職員室へと向かう。
職員室に入る前に、ドアをノックしてから開く。
「失礼します。6の3の結歩 櫂です。水木 電先生はいらっしゃいますか」
待つこと数秒。
「おう、なんか用か」
怖い顔をした男の人……もとい、デンキクラゲ先生が現れた。
「こんにちは、水木 電先生。単刀直入に言います。……ぼくの姉について、話に来ました」
「……入れ」
そもそも、ぼくと翅論は姉弟ではないのだが。
職員室に入ろうとすると、そこで止められる。
「外で待ってろ。連れて行きたいところがある」
「あ、はい」
ん?なんだ?
まあいい。
まず一番重要なのは、この先生からの支援を受けられるような状況を作ること。
ただ、この先生が熱くなるのは生徒同士のいざこざが起きた時、あるいは生徒自身から相談されたときのみなので、扱いが難しい。
それでも、この先生がバックにいることは必須だ。
この学校で校長先生と同程度の権力を持っている、という意外な事実をぼくは知っている。
デンキクラゲ先生が出てきた。
……デジタルカメラを持って。
「さあ、屋上へ行こうか」
「えっ?屋上って工事中じゃ……」
そこまで行ってハッと口を閉じる。
「お前、口滑らしたな」
デンキクラゲ先生がにらんでくる。
「お前、今日転入日だろ。その時点でおかしいとは思ったんだ。俺の名前を知っていることが、な」
先生は続ける。
「で、お前は俺に用があるようだったから、かまをかけてみたわけだ。お前、自分の異常性に気づいているか?」
だが、ここまでは想定済みだ。
「そもそもですが先生」
「ああ、どうした」
「先生も、多分ぼくと同じ考えでしょ?」
沈黙。
そして、笑い声。
「はーはっはは!」
ぼくはキョトンとしてしまう。
何か悪いことを言ったか?
「そうだ。まぁカメラ持っている時点で気づかれていたのかもしれないが、そうだ。俺は調べている……結歩 翅論。お前の姉のいじめに関して、だ」
「ええ、それに関して話したいことがあります」
「……言ってみろ」
ぼくの、信頼獲得作戦が始まる。
そのための第一歩。
ぼくは、必ずこれを成功させなければいけない。
実はデンキクラゲ先生の感性がぼくにはよくわからないのだ。
ただ利用するだけ。
しかし、それを決して気取られてはいけない。
これは、ぼく一人の戦いだ。
ある一人のお姫様を助けるための、たった一人の勇者の戦い。
意を決してぼくは口を開く。
「それではお話しします。ぼくの得た、情報を」
「……続けろ」
「その前に一ついいでしょうか」
「ああ、いいぞ」
「そのデジタルカメラの録画、左斜め後ろにある録音機、上の監視カメラ、左の録音機、あなたの手にある小型カメラ。全てとは言いませんが、とりあえず消してもらってもいいでしょうか?」
ぼくがそう言い放つと、先生の顔から色が抜けた。
「そうか。お前とは腹を括って話さなければいけないらしいな」
「わかってくれたようでうれしいです」