もうわたくしのライフはゼロですわッ!!!
「恥ずかしいところをお見せしましたわ」
「こんな状況だもん。怖くなって当たり前だよ」
「そう言うわりに、渡会君は平然としていますわね」
「怖いんだけどさ、もっと怖がってる人がいると、つい癖で強がっちゃうんだよね」
「渡会君、まるでわたくしの事を小さい子をあやすように扱ってらしたけど、ご兄妹はまだ小さくて?」
「うん、まぁ小さいって言っても、もう九歳になる双子の妹がね」
「まぁ、双子ですのね」
「まだまだ甘えん坊が抜けなくてね。肩車に慣れてるっていうのも、未だに強請ってくるからなんだ。おまけに一人にやると、もう一人はアトラクション待ちかのように並んで待ってる」
「ふふふ、それは可愛いですわね」
渡会君は照れ臭そうにはにかみ、頷く。
「二人が生まれて間もなく、父さんが交通事故で亡くなって。パパがいないことで二人に寂しい思いはさせたくなかったから、できるだけ父さんの真似事をしたんだ。僕は、父さんの優しさや強さを覚えているから」
話しながら、渡会君は両手をもみもみとこねくり回している。何度か学園でも見た事がある、これは渡会君の癖ですわ。人前で発表する時なんかによくやっていたような。
隣に腰掛ける彼の顔を見る。さっきから話しているのに、視線は全然合わない。
でもそう、この空間での彼はとても堂々としているように映りますけど、本来の渡会君はこんな雰囲気ですわ。
渡会君の話は続き。
「父さんの死後、母さんは僕たちを養う為にパートに出て必死に働いてくれたんだけど、今は体調を崩しちゃってて」
「それでは、貴方が家族の面倒を?」
「まあね。でも、かわいい二人の面倒を見るのは苦じゃないし、ここまで僕たちを必死に育ててくれた母さんを支えるのもなんてことない。だけど、今の状況は少し困ってる。早く帰らないと、家族が心配だ」
なるほど。渡会君はヤングケアラーでしたのね。
それじゃあもしかして、学園でひたすらに机に向き合って勉強しているのは、家では自分の時間が取れないから、ではないかしら。
だとしたら、わたくしは彼になんて酷いことを思っていたんでしょう。
「まあでも、あの子達にはカップラーメンの作り方を教えてあるから大丈夫!」
「渡会君はとても前向ですのね。……あの、渡会君」
「なに?」
わたくしの呼びかけにやっと視線をこちらに向けた渡会君でしたけど、今度は逆にわたくしの方がまごついて、視線を合わせられません。
「先程は、その、あの……」
耳の奥から、ゴオゴオと音がなっていますわ。顔がとっても熱い。け、血液が沸騰でもしていますの? あ、謝るだけ。一言謝るだけですわ。
「わ、渡会君のみならず、ご家族のことまで罵倒した非礼をお詫び致しますわ! そ、それから、あれは本心で言ったのではなく、つい、勢いで……。で、ですから、前言を撤回させて頂きます!」
早口で言い切った……。今わたくしはどんな顔をしているのでしょう? 茹でだこのように真っ赤になっているのかもと思うと、やっぱり渡会君の方を向けませんわ。
「ぷっ、あはははッ」
暫し黙っていた渡会君が突然笑いだし。その反応に些かムッときて、予期せず睨む形で渡会君と目が合いましたわ。
「な、何がおかしくて? これでもわたくしは、誠心誠意謝罪を」
「いやぁ、はぁ。ごめんね。鳳月さん、可愛いなと思って」
「ふえぇッ!?」
また、変な声が……。あ、頭の中までがゴウゴウと燃え盛っているようですわ。の、脳が……とろけ……。
べ、別に可愛いだなんて褒め言葉は今更なのですわ! 例のごとく殿方たちは遠慮なさって、あまり……いやちっとも言ってきませんけど、可愛いなどという既成事実、わかりきっていることですわッ!
「ど、どのあたりが可愛いのですか?」なんか口をついて訊いてしまいますッー!!
「妹が悪いことをした時に注意するんだけど、そしたら今の鳳月さんみたいに真っ赤になって絶対に謝りたくない! て風になりながら謝るんだよね。それがちょっとおかしくて」
「まっ! 幼いと仰りたいの?」頭に昇っていた熱が冷めましたわ。
「てっきり、容姿に関わることかと思いましたのに」殆ど語尾は聞こえないくらい小声で文句を一つ。
すると渡会君はきょとんと目を丸くして。
「何言ってるの? 鳳月さんの容姿が可愛いだなんて、今更だよ」
ゴオオオォォォォォォ!!!!!!
あぁあ熱いッ!! 灼熱が、灼熱がわたくしを燃やし尽くそうとしていますわッッ!!
「長い睫毛が芸術的で、黒くて大きな瞳の中に光るハイライトがダイヤモンドのように美しい」
こうかはばつぐんですわッ!!
「絹のように滑らかで艷やかな、柔らかさの中に鳳月さんの強さも感じさせる、漆を塗ったような漆黒のストレートヘア」
つうこんのいちげきですわッ!!
「きめ細やかな白皙の肌。普段からほんのり赤みを帯びた頬は可愛らしさの中に色気すら同居させる」
かいしんのいちげきですわッッ!!
「見るものを魅了する美しい弓形の唇。嫌味のないナチュラルで健康的な桃色はまるで甘い果実のよう」
一発一発が必殺級のばくれつけんですわッ!!
「白魚のように」
「も、もうッ! いいですわッ!! はぁ、はぁ、こ、これ以上はもう」
顔から血が噴き出しそうですわ。もし吹き出してきたら、拭くものもない今では大変なことに。
と、と言うか渡会君。何を歯の浮くようなセリフをスラスラと。渡会君はホストか何かですの? ああ、頭がクラクラしますわ……。
「ていうか、鳳月さんが謝ることなんてないよ。鳳月さんの言ったことは事実だし。お金がなくてスマホを買えないのも、そもそも友達いないから必要ないっていうのもね」
「そ、そんな事はッ」
「でも、鳳月さんは内面まで素敵なんだね。本当は僕みたいな平民に頭を下げたりしちゃ駄目なんじゃない?」
渡会君の言葉は核心を得ていましたわ。取り乱していた佇まいを正し。
「鳳月家の人間たる者、おいそれと頭を下げることは許されませんわ。鳳月は人の上に立つべき存在。そんな人間が頭を下げることは沽券に関わります」
「うん、立場が違えばそれも当たり前。鳳月さんは毅然と振る舞うべきと僕も思うよ」
「だけど……他人を無軌道に傷付けて謝れない人間もまた、人の上に立つべきではないと。わたくしは思います」
「それは鳳月家の教えじゃないの?」
「これは……あくまで、わたくし個人の考えです」