張りぼての虚勢と、優しさと強さ、ですわ……。
それから暫く、何もない時間が続きましたわ。
スマホも時計もないこの空間にいると、感覚が曖昧になり、どれだけの時間が経ったのかわかりません。
渡会君はずっと変わらない調子に見えますけど、わたくしは……段々不安になってきて。不安になると恐い想像が止まらなくて。
もしかしたらこの白い壁は徐々に狭まってきてわたくしたちを圧し潰すのでは? 或いはいずれ酸素がなくなって窒息してしまうのでは?
もう既にわたくしは冷静な思考ではいられませんでしたわ。
「そ、そうですわ。渡会君、わたくしの手荷物は全て没収されていて何も手元にありませんけど、男子の貴方ならばスマートフォンなんかをポケットに忍ばせているのではなくて?」
渡会君の落ち着きと反比例して、わたくしは徐々に取り乱して参りましたわ。
あり得ない期待を彼に投げ掛けると、申し訳なさそうに「あー……ごめん。僕、スマホ持ってなくて」と頭を掻いて謝る始末。
絶望感で頭がどうにかなってしまいそうでしたわ。いいえ、もうどうにかなってます。
「な、なんで高校生にもなってスマホの一つも持っていないの!? これじゃあ八方塞がりだわ!」
「ごめんね」
わたくしは激昂して叫び、謝る彼を見下し、嘲笑して。
「ああ、そう。そうでしたわね。貴方の家は母子家庭で、スマホを買える経済的余裕もない。もっとも、社会的地位が皆無の貴方は学園で孤立するのは明らか。スマホを持つ必要性もありませんわね!」
最低な暴言ですわ。
渡会君のみならず、ご家族まで貶めて。
プライドだけが高く、心の弱いわたくしは今の絶望に耐えられません。
こんなの言い訳だと分かっていても、めそめそするのを堪える為には捲し立てないと、涙が溢れそうで。それで、つい。
「何とか言ったらどうですの!?」
肩を上下させるほどに荒い呼吸を繰り返すわたくしを、渡会君の大きな瞳が見据えています。
その顔は無表情。そしてわたくしの方へと歩み寄り目の前へ。
男子にしては背が低い彼とは、視線が真っ直ぐに交わる。
お、怒ってますわね。いや、あれだけの事を言えば当たり前。で、でも、叩かれてもわたくしは謝りませんわよ! 謝れませんわよ……。
彼の腕が僅かに動く。
叩かれる! 思わず目を瞑り、身を固くしてしまいます。
しかし、訪れたのは想像していた衝撃ではなく、わたくしの体を温かく包む渡会君の温もり。
え――?
呆気にとられて思考が固まります。
本来ならば恋人でもない殿方に、抱擁されて大人しくしているわたくしではありません。
だけど、渡会君のソレはまるで小さい子をあやすような優しさに満ちていて。
わたくしが想像しているような、男性特有の凶暴さのようなものを一切感じない、只々優しさだけで包むもの。
「ごめんね。僕がスマホを持っていたら、解決できた問題だったかもしれないのに。期待だけさせて、がっかりさせてごめんね」
なんて、強い人。
あんな理不尽な暴言を吐かれて、家族を馬鹿にされて、怒らずにいられるなんて。
いいえ、激しい怒りを抑えているだけなのかもしれません。謝ることもしないわたくしなんかを、落ち着かせるために?
そもそも、勝手に期待したのはわたくし。それに、こんな厳重な囲いなんですもの。電波だって通っていない可能性が高い上に、監禁した犯人がスマホを取り上げないはずないですわ。
「ごめんね、ごめんね」
背中を優しくぽんぽんと叩く心地良いリズム。堪えていた感情のダムが優しさの槌で打たれ決壊します。
ぽろぽろと零れ落ちる涙が、渡会君の制服の肩を濡らしてしまいます。
「あ、謝らないでください。わたくしが、わたくしの方がッ! うっ、うぅ……」
「うん、いいんだ。僕は大丈夫だから」
わたくしは暫く、渡会君の温もりから離れられませんでしたわ。