curtain call Ⅲ 貴女とならばうまくいく
ねぇ、貴方は運命って信じるかしら?
私は生まれながらに誰かを待っている。
これってきっと運命だと思うの。
私達一族は誇り高い。
その姿形も魂の在り方さえ神代から変えぬほどに…
時に人はそれを愚かと言うのでしょう。
でもそれが私達一族の誇りで絆なのです。
だからこそ私は自分の意思で、自分の運命の番以外には決してその背を任せない。
まぁ中には運命の番を諦めて適当な主人に仕える子も居るらしいけれど私はそんな事絶対に選択などしないわ。
でも、私は未だ運命の番に出会えていない。
生まれてからずっと探しているのに出会えないもどかしさを貴方はおわかり?
それはきっと貴方が想像するよりも孤独で寂しくて、この身の内が空虚なものになるほどの苦痛を伴うものなのよ?
覚えていて頂戴。
それは繁殖の為のパートナーなんかよりもずっとずっと大切な存在なのだと肝に銘じなさい。
きっと運命の番が死ねと言えば私は死ねるし、運命の番を傷付ける以外の大抵のことはやってのける自信があるわ。
えっ?そんな重く考えるな、ですって?
私にとっては全く重いことなんて無いのですけれど…
まぁ、いいわ。私達一族は元は神に仕える妖精だった名残なのか本来なら寿命がとても長いの。
でも人と共にあると寿命を縮めるとされているわ。
それは運命の番に出会えればその人の生を見届けて去るから。
運命の番に出会えない場合、その可能性の低さに絶望するからともいわれているけれどその真相は定かでは無いわ。
そもそも私は野を自由に駆ける森の一族だから人と共になんて暮らしたこと無いから分からないの。
でもね、やっぱり運命っていつか絡む糸だと思うの…
だから私は未だ見ぬあの人を探している。
世界中を旅するようにして…
その年の夏は帝国で過ごすことにしたの。
この国に来るのは初めてだったけれど何処か懐かしい気がするわ。
帝都の近くの森に陣取って暫く過ごしていたわ。
なんだか悔しいような切ないような気持ちになる水場に駆けがいのある草原。適度に身を隠せる森に、人を遠巻きに見ていられる茂み。
我ながら悪くは無いわ。
帝都の近くだからあまり長居は出来ないけれど、この夏を過ごすくらいなら大丈夫でしょう。
この地に来て夜空を幾度か眺め見た。
その晩は特に星座が美しくて、天の川が本当に濃い乳を流したように浮かんでいて、箒星が3つも流れた。
なんだか明日は良い事がありそうだわ。
そんな予感を胸に抱いてその晩は眠った。
翌る日、人の世は休みだったらしい。
いつもよりも水場や草原が賑やかだわ。
少し煩いくらいの人が溢れている。
私は期待半分、諦め半分でその人々を見ていたの。
その中に私の目を釘付けにする家族がいる。
幼い女の子を囲む2人の兄に1匹の犬、それを見守る両親だろう家族…
見つけた…‼︎
私の運命の番…
私の目からは涙が溢れる。
止めどなく流れ、心が締め付けられて、私の脚は自然と彼女の元へと進む。
こんなグチャグチャの顔で会うなんて最低だわ…でも私は歩みを止められない。
その場まで少しばかり距離は離れていたのにあっという間に私と彼女の距離は縮まっていく。
彼女達は私が近づくのに気付いて何故か逃げ出そうとしているけれど私は叫ぶ。
その魂からの叫びが届いたのか彼女は私を振り返る。そして私を迎え入れるかのように両腕を広げてくれた。
いえ、冷静に考えれば幼い娘を庇うように両手を広げていただけかも知れない…
でもね、彼女の瞳一杯に私が映り込むことが嬉しくて嬉しくて私は彼女の目の前で膝を折る。
そして私が他人に一番触れられたく無い部分を彼女の目の前に差し出す。
彼女は暫く間を開け戸惑いながらも私の一角に触れてくれた。
そして私へと名をくれた。
天にも昇る心地とはこう言う事なのねと心が跳ねる。
あゝ、私は貴女と一緒なら全てが幸せよ
全てがきっと馬駆行く。私が駆けて見せる。
貴女の今世を私と共に幸せに彩ってあげるわ。
それは突然の事でした。
その日は昨夜の思いつきで休日の子供達と共に帝都から少し離れた場所にピクニックへと来ていたのです。
ご飯を食べ終えた子供達が遊ぶその楽しげな声を夫と共に見つめる幸せな昼下がりの事でした。
そんな明るい休日は突然の乱入者によって一変致しました。
森の方から悲鳴と土煙がこちらへと向かってくるのです。
悲鳴の中には「魔物よ!!」や「助けて‼︎」などと聞こえてきます。
私達も子供達を引き寄せて逃すのに必死でしたが土煙はものすごい勢いで私達へと迫ります。
その刹那、末娘ステラの抱えていた子犬のフレットが突然の事にパニックになったのかはたまた遊んでもらえると勘違いをしてしまったのか娘の手をすり抜けてしまったのです…
そしてバランスを崩す娘…
私は咄嗟に娘を庇うように両手を広げ魔物へと向き直りました。
可愛い愛しい我が子を守る為ならばこの身など投げ打ってもいいと歯を食いしばって向ってくるもの見据えました。
向ってくるのは一頭の純白の毛並みのユニコーンでした。
私は危ないと思うと同時に美しいと思い、一瞬時が止まったような錯覚の後、ユニコーンは思いがけない行動を取ったのです。
ユニコーンは私の目の前で膝を折り首を垂れて潤んだ瞳で私に何かを懇願するように見つめてきたのです。
それは、昔友人がバイコーンから受けていた主人の契約に似ていました。
主人と認めたものの前でしかユニコーンも首を垂れる事はなかったはず…
確か、この一角を撫で名を授ければ契約は完了だったと記憶は語ります。
しかし私は困惑するのです。
だってユニコーンは乙女の馬です。
私は子供も3人も居る立派な婦人…乙女とはもう誰が見ても言えませんし、純潔でも恥ずかしながらありません。
一瞬この仔は私の後ろの娘に契約を強請っているのかとも思いましたが、視線は私からは動きません。
そんな事、本当にあるのかと戸惑うのは当たり前だと思うのです。
思考の海の中、私の記憶はまた語りかけてきます。
この悲しい程に純情で一途な幻獣は一度主を定めると一生をその者へと心を向けるのだと…そしてそれが叶わないと自ら命を断つ程に欲深い悲しい性の生き物であると…
私は一瞬悩みましたが、家族はきっと受け入れてくれるでしょう。
そして私と同じようにこの仔に愛を与えてくれるでしょう。
私は数メートル先で息子達と共に私達を見ている夫へ向け「あなた、ごめんなさい。また家族が増えるわよ!」と笑顔で声を掛けてユニコーンへと向き直りました。
「私が主人で本当にいいかしら?」
ユニコーンはこくりと頷きます。
私は誰の手綱もない事を確認するとユニコーンの角へ手を触れます。
「キャロ・ディ・ルーナ…なんてお名前はどうかしら?」
名の意味は月光。光輝く純白の毛並みが柔らかな月の光のように見えたから。
私が名前を告げるとルーナは突然身を起こし歓喜に震えるように前脚を高々と上げて嘶きました。
相当に嬉しかったのでしょうね、その後私の頬に顔を寄せてくるのです。くすぐったさに身を捩りながらも私はこの仔の要望に応えるように撫で続けてあげました。
夫は呆然と、息子達は唖然と、娘はキャッキャと楽しむように私を見ていましたが、正気に戻ると私に近づいてきてあれやこれやと質問責めです。
私だって現状が分からないのだと言いつつも新しい家族となったこの仔と共に家へと帰る事にしたのです。
帰りの道中は鞍も無いのに娘はルーナに乗りたがり、城門では野生のユニコーンをいきなり手懐けた婦人の前例など無いと驚かれ、苦笑と一握りの気持ちでお口を閉じてもらいました。
来週には今まで我が家に無かった馬屋を建てなければなりませんね。
新しい家族は突然にやってきましたが楽しみの増えた我が家は賑やかになることでしょう。
出会いと名を貰ったあの日、私は感謝と歓喜の混ぜこぜになったその思いを込めて彼女の顔に自分の顔を擦り寄せる。
自慢の角が当たらないように注意しながらね。
彼女はくすぐったそうに笑ってくれた。
私はその後幸せだった。
彼女達は私の為に家を建ててくれたし、休みの度に思い出の野を駆けさせてくれた。
彼女は私の背に乗ることは少なかったけれど私と時を過ごしてくれた。
背を撫で私の好物の酸っぱい葡萄をいつも差し入れてくれた。
そして老いてこの世を去るその時まで私の事を愛してくれた。家族のように。いえ、家族と呼んでくれていたわ。
そして何より護るべきものを残していってくれた。
正直彼女の居ない世界に私は絶望すると思っていたの。
でも、彼女の愛したもの達が沢山残っていて、それを私が見守る事を彼女は望んでくれた。
だから、私は彼女の面影の残る彼等を見守っていく。
それが私の今の生き甲斐なの。
また貴女にあえるその日を待ちながら…
また貴女とならば上手く行くわ。また馬駆いくよう駆け抜けるわ。だからまたいつか出会える日を楽しみにしているわ。
curtain call Ⅲ 貴女とならばうまくいく
〜終〜
新年明けましておめでとう御座います!
今年は午年ですので新年のご挨拶代わりにこの子のお話をと決めておりました(^^)
書籍化のお話も随分と進んだと思います。色々と決まりましたらまた活動報告などを通してご報告致します。
昨年は皆様には大変お世話になり、様々なご縁を紡いでいただけた事今一度感謝申し上げます。皆様の一年がより良い一年となりますことご祈念申し上げ、新年のご挨拶と代えさせて頂きます。
佐藤真白




