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アレク視点 1

僕は冷めた子供だった。

自分で言うのもおかしな話だが、大体の事は教わらずとも出来た。それも平均以上で。


家は1つ上の長兄が家督を継ぐ事は既定路線だったのでスペアとして補佐業務を伸ばそうかなどと考える可愛げのない子供だった。


僕は表面上とてもいい子でいる。地頭の良さ故に過分に期待される兄のようにも、弟のようにヤンチャをしてかまわれることで自己証明をする事もめんどくさい。


7歳になった頃母の懐妊を聞かされた。

いい年してイチャコラしたであろう両親に少々呆れつつも、表面上は天使の笑顔で母に祝福の言葉を贈ったものだ。


その後妹を失って嘆く両親にも僕たち3人も子供が居るんだからいいじゃないか。欲しいならまたつくってもいいのだしなどと不謹慎な事を思っていたが「泣かないで、母様。僕達も悲しいけれど、母様が泣いてしまうのがもっと悲しいのです。」などと慰めてはほくそ笑む自分で言うのもなんだが嫌な奴だった。



そんな僕を変えてくれたのは妹のスピカだった。

突然屋敷にやってきた彼女は陽の光に照らされて輝いていた。僕の卑しさも知らない無垢なそれが僕は最初怖くて、恐くて触れる事もできないくらいだった。

それでも目が離せなくて、触れる事は恐ろしかったが近づけば微笑んでくれる彼女を見たくて毎日部屋へ通った。


憎らしい事に兄は畏れもなく妹に触れて、あまつさえ抱き上げている。弟も臆する事なく突き回す。主にほっぺを。正直羨ましかった。


妹が屋敷に来てから3日ほどした日の夕方スピカは急にグズリ出してしまった。タイミング悪くその場には僕と侍女しかいない。

侍女が抱き上げてあやしても、ミルクの入った小瓶をあてがっても泣き止まない。2人で顔を見合わせてオロオロし始めたところでスピカの小さな手が僕を掴んだ。涙で潤んだ瞳で僕をまっすぐ見てくる。

僕は自分から手を伸ばして、自然とスピカを自分の腕の中に抱き抱えた。

羽のように軽くて暖かい。胸に光の玉が浮かんでは空へ飛んでゆくような幸せな気持ちになった。

僕の腕の中、ぎこちない抱っこにも関わらずスピカは泣き止んでくれたのが嬉しかった。

僕は幸せな気持ちの中昔母から聞いた子守唄を歌ってあげた。


スピカは僕の腕の中で蕩けるような笑顔を見せて、さっきまで泣いていたのが嘘のように笑いながら寝てしまった。


その日から僕はスピカに触れる事が怖くはなくなったし、僕の歌で微笑む天使を見たくて、笑顔が見たくて音楽の勉強を始めた。歌ううちに気づいたのだが、スピカは音楽が好きなようだったのだ。ピアノや竪琴、風琴なんかがお気に入りのようだったので僕は熱心に取り組んだ。

元々それなりにこなせる器用貧乏な僕が真摯に取り組んだ結果音楽は一角以上の腕前になっていった。


スピカが四つになる頃までの子守唄の担当は僕は誰にも譲らなかった。眠りに落ちるそのひと時の天使の顔は僕だけのものだと自負していたほどだ。


四つになったスピカは「もう、おにいさまのお歌を聞かなくてもスピカはねんねできるわ。アリッサに『4さいのおねーさまなのに、こもりうたでねるなんて赤さまみたい』って言われてしまったの。」といわれた僕のショックは誰にも想像出来ないだろう。

因みにアリッサとは侍女長マアサの娘でスピカより一つした、3つになるスピカの遊び相手だが、本気で要らぬことをと怒りをぶつけそうになったものだ。アリッサは多分何故僕に今だに嫌われているのかわからないだろう。


そんな衝撃から2ヶ月ほだだっただろうか、サンルームでスピカと2人で遊んでいるとスピカは不思議なことをし出した。

しきりに僕の目元にハンカチを押し付けてきたのだ

「スピカ、どうしたんだい?僕のお顔に何かついているのかい?」と問う僕に更に不思議そうな顔でスピカは覗き込んできた。

「兄さまのおめめ、泣いてるみたいなの。いたいいたいしたの?いたいいたいじゃないの?」

光の加減か何かで涙が出ていたように見えたのかとも思ったが、ここ最近確かに目が霞む事があった。だからスピカに僕は聞いてみた。

「いたいいたいはしてないよ。でもどうして、そう思ったの?」

スピカはやや思案して答えてくれる。

「あのね、兄さまのおめめからキラキラがこぼれてるの。ポロンポロンって。とうさまも、かあさまも、カイン兄さまもフレット兄さまも見えないけど、アレク兄さまだけ、おめめがへんなの」

自分で言って、自分で不安がる妹を僕は宥めて、「そんなに心配ならお医者さんに診てもらおうね」と言うと僕の天使は半べその顔をあげて頷いた。その足で僕達は主治医で屋敷専属医が居る部屋へと向かう。

「カープ先生、少しお時間よろしいですか?」僅かなノックの後扉を開き中の人に顔を見せると、「勿論です、どうぞ。」と迎え入れられた。小さな僕らが転んだり、特に弟フレットが怪我をするのは日常茶飯事。それに小さなお嬢様を連れ立ってとの事でカープ医師はまた怪我かなと思ったに違いない。


僕は「最近目が霞む事があって、スピカが心配しているので診てもらえませんか?」とつげると快く診察してくれた。

「楽譜面や書物の読み過ぎによる疲れ目だとは思いますが、どんな時に霞みますかな?」

生活パターンを把握している主治医に内心舌を巻きつつ少し思案して「魔法学の教本を読んでいる時や身体強化の訓練の後は多い気がします」そんな答えをした。

触診し、しばらく考え込んだ後、カープ医師は怖い顔になり「もう少し詳しく調べましょう。万が一の病の可能性があります。」と告げた。


妹の不安を払拭できればそれでいいと思ってきただけだったのだが少しばつの悪い事になってしまった気がするする。

そんな不安が顔に出ていたのか、カープ医師は「御坊ちゃまもお嬢様もご不安になる事はございませんよ。こうして少しの不調でも頼っていただけて私は嬉しく思います。ただ、気になる事があるので明日以降にお調べしましょうね。おかしいなと思ったらこうして相談していただく事がなによりなのです。お二人ともとても偉いですよ。」と褒めてくれた。

僕はスピカに大丈夫だよと言い聞かせながら手を引き自室へと戻っていった。


結果から言えば医師の気になる事は当たってしまった。私はモナザ病を発症してしまっていたのだ。

そんな中でも幸運が私には重なっていた。一つはカープ医師の師がモナザ病研究の権威であった事。カープ医師も研究を手伝った経験から症状に気付けたそうだ。

そして、近年になってこの恐ろしい病の快癒方法がわかった事。聖創か聖痕の移植と難易度は高いが0ではない可能性だ。幸いにもうちは貴族家。それも建国のおりからの名家なので時間と金はかかるかもしれないが貧乏下っぱ貴族なんかよりも可能性は高い。

そして、1番大きかったのは初期での早期発見であったことだ。実はこの病は少しならば遅らせる事が出来る。教会から聖水をもらい定期的に飲めば症状の遅行が見られるのだ。


不幸中の幸いだったと家族は口々に僕を慰めた。

スピカにはあの日の事は2人だけの秘密だよ。と口止めてある。スピカが気づいたからこそ、僕の視力と聖力の減少は緩やかなのだから、本当はスピカが気にやむ必要はないのだ。病とはいつ罹患するかなど神のみぞ知るものなのだし。だが、スピカは気落ちしてしまっていた。「いつか兄さまのおめめが見えなくなってしまったら、スピカが兄さまのめになるわ!お兄さまがころんだりしないようにスピカがずっといっしょにいるの」と罪悪感からか、可愛らしく言ってくれた。スピカがずっと一緒にいてくれると僕にだけ言ってくれた事が僕に優越感を与えて幸福な気持ちにさせてくれる。


だから僕はスピカが見た不思議な僕の涙のことを誰にも言わなかった。これは2人だけの秘密なのだから。



その後僕は、貴族籍を抜けても良いようにと12から通う予定であった国立学院から進路を切り替え音楽の才を伸ばしていく事にした。

学園に通わなくてすむぶんスピカとも一緒にいられたのは嬉しい誤算だった。

何よりもスピカと一緒にいるだけで新しい音楽が僕には溢れてきた。僕の天使はいつの間にか僕のミューズになっていた。

スピカが7つの頃には才能を認められいくつかのサロンで披露したり、家庭教師としての依頼も増えてきた。パトロン候補に名乗りを挙げてくださる人脈も出来た。


それでもやはり、僕にとってスピカと一緒に居られる時間が1番だったので暇を見てはオペラや朗読会、サロンへとスピカを連れ出して自慢をしている。


病気は少しずつ僕を蝕んでいるが、僕は気にしない。最近は右目の視力が発症前の半分ほどだとわかったが徐々に過ぎて言われるまで自身では気付けないものだ。


「アレクお兄さま、足元にお気を付けて!小さな段差がありますわよ。」


今日も隣の可愛らしい天使が僕の目になってくれているのだから。


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献身的な義妹と腹黒い義兄…食い物にされる未来しか視えない。
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