カインの婚礼 〜前編〜
春になり我が家では新たな家族を迎えることになりました。
カイン兄様のご成婚で正式にメリュジェーヌ様が輿入れされ、義姉となるのです。
この結婚式は帝都で行われることが決まっています。
私はステラお姉様の元から帰ってきたアーサー皇子殿下から贈られた薄い青のドレスとデビュタントの時の宝石を使いたいとお母様にご相談しました。
と言うのもステラお姉様が私が新たにドレスを仕立てるのはずるいと仰ったからなのです。
ステラお姉様が帰ってきてからお姉様用に仕立てられたドレスは沢山あるのですが、私が新たに仕立てようとすると癇癪を起こされるのです。
「貴方はずるいわ!わたしは今までボロの布切れを着ていたの…その間貴方は何を着ていたの?答えられる?素敵な絹のドレスしか着てこなかった貴方は暫くドレスなんて作る必要ないと思うわ!」と言って泣き出されてしまうのです。
お姉様の泣き声にお母様が慌ててくれば
「着る物などいくらでもあるのだから今回の仕立ては我慢なさい。」
と窘められれば新たに作ることなどは自然となくなります。
今回の結婚式は特別な物なので仕立ても考えていたのですがやはり姉にずるいと言われ、デザイン画を取り上げられた時に諦めました。
ですので今わたしの手持ちの中で最も特別なドレスを選んだのです。
お母様は「本当に仕立てなくて良いの?大切な兄の結婚式でしょうに…ステラはとても素敵なドレスの図案を持ってきたのよ」
と言われ見せられたのは私が当初仕立てようと書き起こし、取り上げられた図案でした。
あぁ…お母様は私の書き起こした物だとはお気付きにならないのだとショックがありました。
それでも、そんな気持ちは表に出してはいけないと歯を食いしばりながら言葉を紡ぎます。
「はい、今回は皇子殿下より賜ったドレスを着たいと思います。昨年いただいたばかりですし、その際の夜会はお姉様の件もあって欠席となっているのでまだ公式には着用しておりませんし、装飾品もデビュタントの時の一式はお母様も冠婚で使用してもよい一品だと太鼓判を押してくださっていたのでそちらを使わせて下さいませ」
と出来る限りの微笑みを讃えて言いました。
お母様は眉根を寄せて難しそうなお顔です。
「ドレスの件は分かったわ…でもアクセサリーの方なのだけれど…」
なんと言ったものかとお母様は語尾を濁します。
その仕草で何となく察しはついてしまいました。
「ステラお姉様ですか?」
お母様はバツが悪そうに頷きます。
「先にあの子がこれを使いたいと持ってきたのよ…それでさっきスピカが言ったように礼装にも合う良いお品だからと許可を出してしまっているの…他にもアクセサリーはあるのだからそちらをお使いなさい。新しく買っても良いのですし」
私は頷くしかありません。
お母様はお気付きなのでしょうか…私の手元にある宝飾品はほとんどが普段使いのお品で正装用の物はお姉様が現在はお持ちになっていることを…
それに長男で次期当主のカイン兄様の成婚となれば家の玉を身につける事は必須。そして結婚式となれば代々受け継がれてきている物や縁のある物を身につけるのが良いとされます。
新たに購入するとなればまたお姉様の反感を買うような気も致しました。
暫く思案したのち私は事情は伏せてお祖母様にお借りできないかとお手紙を認めました。
数日後、お祖母様からは返事と粒の揃った一連の真珠のネックレスとイヤリング、そして髪飾りのセットが届きました。
本来は屋敷で保管して置いた方が良いのですが何故か胸騒ぎがした為私はアクセサリーとドレスを当日まで寮で保管することにしました。
寮であれば着付けの手伝いも後輩達やシャーシャに頼むことも出来るとの打算もあっての事です。
さて、お祖母様のお手紙には今回お借りしたお品の来歴が記されておりました。
これはお祖母様が輿入れ後にお祖父様の叔母様にあたる方から譲り受けられた歴史あるお品なのだそうです。魔法が掛けられた逸品で身につければ暑さを和らげる効果がある貴重な物である旨も記されていました。そして、何かあれば今回のように頼るようにとも…
私は思わず手紙を抱きしめていました。家族の温かさに久しぶりに触れた心地でした。
最近はお兄様が手掛けた奇跡の令嬢という歌劇の影響でお姉様について聞かれてはお答えする日々でしたので少し疲れていたのもあって感傷に浸ってしまったのかも知れません。
特に舞台上では主人公の令嬢が皇太子に見初められる終わり方なのでそれは事実なのかと問われる事や、平民の暮らしは本当に舞台のように過酷なのかなど脚色と事実の混同をご指摘しつつ訂正するのは中々に骨が折れる事だったのです。お姉様とは一緒に過ごした期間は短く、私自身市井の暮らしは領地視察の経験しかないので日々の暮らし向きまでは把握できないと言葉を濁す他ございませんでした。
何はともあれ、お姉様の存在は広く認知され貴族だけでなく市井にも支持されていると聞き及んでいます。
そして、このお兄様の結婚式がお姉様にとってのデビュタントとなり、初のお披露目の場となります。
貴族の注目はどちらかと言えばお姉様に向きますのでもう1人の主役と言っても過言ではないでしょう。
ですので当日のお姉様の衣装には驚かされました。
結婚式当日に身支度を整えて実家に帰った私を出迎えたのはステラお姉様でした。
なんと花嫁の色である純白の衣装に私がデビュタントで使ったアクセサリーをアレンジした品の組み合わせだったのです。
「お姉様…どうして白色のドレスをお召しなのですか?」
「素敵でしょ?デビュタントは白のドレスだって聞いたし、貴方のデザイン画だって色はなかったから白にしたの」
お姉様のドレスは私がデザインしたものよりもリボンが大きく付けられよく言えば豪奢、悪く言えば派手な見た目に、未だ痩せ気味で年よりも成長の遅い躯体には似合わないマーメイドラインです。
それに私のアクセサリーは勝手に色とりどりの宝石が散りばめられ原型は見て取れますが、全くの別物となっています。
何故誰もお止めしなかったのかが不思議なくらいの仕上がりに私は頭が痛くなってしまいました。
「お姉様、流石に今日の主役はメリュジェーヌ義姉様です。白色は花嫁のお色なので他のドレスに今からでも着替え直されませんか?」
とご指摘すればみるみる間にステラお姉様の頬が膨れます。
「どうしてそんな意地悪言うのよ‼︎」
叫びにも近いお姉様の声に部屋にはフレット兄様とアレク兄様が飛び込んできました。
「何があったんだ⁈」
「どうしたんだい⁈」
お姉様は涙を流しながらしゃくりあげ、子供のように泣きじゃくり始めました。
「スピカが酷いのよ…私にこのドレスを勧めてきたのに今になって批判するの‼︎白は花嫁の色だなんて知らなくて…デビュタントの子は皆んな白いドレスだって聞いたから白にしたらそれはおかしいって今になって…」そのまま嗚咽を飲み込みながらステラお姉様はフレット兄様の腕の中に顔を埋めました。
お姉様の言葉を聞いたお兄様達は烈火の如く怒りを滲ませます。
「スピカ‼︎それは本当か?この似合っていないドレスを勧めたのも、白色を勧めたのも本当か⁈」
やはり私だけでなくお姉様のドレスはお姉様には似合ってはいないように映ったようです。
「いいぇ、そのような事はありません…ただ、今からでもお召し替えされてはと言ったのは事実ですが…」
「嘘よ!このドレスをデザインしたのはスピカなのよ?私に似合わないって思いながら私に提案したのね⁈」お姉様は私をキッと睨みつけます。
「スピカ、それは本当かい?」困惑を隠さずにアレク兄様に問われた私は答えました。
「確かに大元のデザインを起こしたのは私ですが…「何でそんなに酷いことをしたんだ!ステラは平民の暮らしが長くてその辺りのマナーや美意識は勉強中なのは知っているだろ⁈」途中からフレット兄様に叱責され最後まで言葉を紡ぐ事は出来ませんでした。
これ以上は聞く耳を持ってもらえそうにありません。どうして良いのか分からずにいるとアレク兄様が私の肩に手を置いて微笑みながら言いました。
「人間誰しも妬みや嫉みなどは持つものだけれど、今回の事は流石にやり過ぎだ。僕も一緒に謝るからステラに謝ろう…昔から謝罪の出来る素敵なレディになるって言ってただろ?」と言うのです。
私の目指していたのは自分の非を素直に認められるようなレディであって自分にない非を謝るようなレディでは無いのですが…状況は私が謝罪しなければ収まらないでしょう。いくばくかの葛藤の後、私はお姉様に謝罪を口にしていました。
「行き違いで誤解させてしまったようです。申し訳ございません。」
フレット兄様は私の謝罪に不服そうです。
姉様はそんな兄様の腕の中で勝ち誇ったように笑みを浮かべています…
「スピカは今からでもステラと式にあったドレスを見繕ってくれ。僕は母さんを呼んでくるから」
そう言ってアレク兄様は部屋を出て行きました。
私はお兄様の言いつけ通りにお姉様の衣装を見繕おうと近くにいたアリッサに衣装室への案内を頼むとフレット兄様も一緒に行くと言い出しました。
「また意地悪でステラを傷つけられたらたまったもんじゃ無いからな!俺が監視役として同行する」
あぁ、フレット兄様は私の事を信じてはいらっしゃらないのだと胸が苦しくなりました。ですが時間は有限ですので私は反論する事なく共に衣装を見繕ったのです。
そうして見繕ったのは、3点のドレスでした。
それぞれ、桃色のAラインのドレス、若草色のプリンセスラインのドレス、菫色のAラインのドレスです。そして昼会用のローブは私がデビュタントの時のものをお出ししました。
お兄様に呼ばれて来たお母様と2人のお兄様のお眼鏡に適ったのはお姉様の瞳に近い紫のドレスでした。
お姉様がお着替えの間にお母様からも叱責がありました。
「何故当日になってから指摘するような事になったの⁈事前に確認だって出来たでしょうに!」
「申し訳ございませんでした。しかし、お母様が最終のご確認はされていたのでは無いのですか?」
「私は当主夫人として忙しかったし、ステラだって分からない事はスピカに聞くと言っていたのよ⁈まさか貴方は不遇の姉の相談も聞いてあげていなかったの?」と心底驚かれました。
私は学業に専念するため現在は寮へ生活の拠点は
移しており、屋敷に帰るのは月に数度である事をお母様は失念していらっしゃるようです。
取り敢えず、ギリギリの時間でお姉様のお支度は整いました。
先ほどよりも身体に合ったサイズ感とデザインのドレスは布を纏っただけに見えた先程の格好よりも数百倍は似合って見えます。
鏡を覗くお姉様は何だかつまらなそうなのが気にかかりましたがそろそろ出立しなければならない時間です。
私達は一同は余裕もなく教会へと向かう馬車へと飛び乗ったのでした。




