吉報
あの輝かしいデビュタントから早くも4年が経ちました。
忙しくも楽しくて、友にも恵まれた日々は本当にかけがえのない宝物です。
あれから殿下とは良いお友達以上婚約者未満な関係のまま実はお妃教育が始まっております。
とはいえ皇太子殿下が昨年ご成婚され第一子の懐妊も話題な今、皇位継承権の問題や貴族間のパワーバランスの調整もあってしばらく婚約者の確定は見送られているそうです。
学園の入学ももはや4年も前。今では四年生へと進級し、今年から高学年です。同じクラスのシャーシャと共に生徒会へのお誘いがあったのでそちらのお手伝いもさせていただくなど新たな生活が始まっています。先輩方のサポートに後輩の指導、学園行事の立案や運営は小さな国を纏めるようなものでとてもやりがいがあります。昨年まででしたらアーサー殿下が会長として在籍されておりましたが、今年卒業されたため一緒に生徒会の活動に参加出来なかったのが若干の心残りです。寂しいと思えるくらいには良い関係なのです。
アーサー殿下の卒業パーティの時のパートナーは3人の婚約者候補の中の1人で殿下と同い年の令嬢でした。お似合いだと周りから言われているのがなんだか悔しいような腹立たしいような哀しいような…そんな気持ちでいたのは私だけの秘密です。
殿下は相変わらず挨拶のように女性は軽口をかけられますので一々気にしていたら心がけてもたないですもの。
アナ様…第一皇女アルテラ殿下は今年から隣国へと遊学に出られました。彼方の国でのお妃教育と足場固め、各種の顔見せのためです。長期休暇とご卒業後の成婚前にはお戻りになられるそうですがしばらくはお会いできないのでとても寂しく思っております。
今年からは学園に皇室直系の方の在籍がなくなり教師陣は少し安堵しているそうですが、私達生徒は太陽が消えたような不安感を抱いています。新入学生以外の在校生は皇族のいる学園しか知らないのですから、ある意味では当然かもしれません。そんな不安定な中で生徒会長になられたのは現在第二皇子殿下の婚約者であるシア様です。彼女は最終学年の先輩達でも臆することなく堂々と采配を振るっておりますのでもう少しすればこの不安も払拭されるとみています。
学園を去ったといえば、カインお兄様も学園から領地へと戻られました。現在はやっとまとまった縁組で婚約者となられたメリュジーヌ侯爵令嬢と共に次期領主教育の手ほどきをお祖父様達から受けられておいでです。メリュジーヌ様は私が入学した年の最終学年生で一年と短い間ですが仲良くさせて頂いておりました。そのためか、先日領地からのお手紙を頂きました。お祖母様からの花嫁修行が厳しくて辛い。カイン兄様がスピカはもっと幼い頃に受けていたなんて言って喧嘩になったそうです。当たり前です。例え事実だったとしても婚約者を気遣うくらい兄様には出来る筈ですのにいつから女心も分からないようになってしまわれたのでしょう。もっとも、手紙にも未だに教師と生徒のような距離感である旨も綴られておりましたので女性関係はポンコツなのかもしれません。春にはご結婚の予定ですのに先が思いやられます。
メリュジーヌ様には私がお祖母様から指導を受けた内容をまとめたノートと甘いお菓子を、カインお兄様には乙女心の指南者と言われる恋愛小説とお説教のお手紙を差し入れさせて頂いたのは本当に先週の事です。
アレク兄様は現在は眼鏡の他に行動の補助として杖をお使いになられるようになりました。お約束のとおりデビュタントはお見せできましたが私の成人まで視力が保つかは分からないとのことです。今は目に頼らない生活を練習しているのだそうです。
アレク兄様にも縁談はあったようなのですが、格下の家格のお家が縁繋ぎのために申し込まれていたため「家の為にならない縁を繋ぐつもりはない。」と全てお断りしたそうです。
今は帝都でも名の知れた音楽家として作曲や演奏会のほか、予約の取れない音楽家庭教師として忙しそうに仕事をしています。
フレット兄様は学園の騎士科を次席で卒業したのち、皇室の近衛騎士団へと入隊されました。
新人見習いのため座学の講義や書類仕事が多いそうで「せっかく学園を卒業して勉強から解放されたのにまた勉強なんて聞いてないぜ〜」と家で愚痴っていたのをお母様に咎められておいででした。
フレット兄様は体を動かしている方が性に合っているから近く転属願いを出したいなんて言ってまた怒られておいででした。
入団するのも難しい近衛騎士団にストレートで入団されたエリートだという自覚はないようです。
変わった事といえば、デビュタントの後からお母様が私にドレスデザインを年に数点任せて下さるようになりました。シャーシャのドレスのお直しがことの他お気に召したらしく、初めは流行りからずれたドレスのお直し、次に1からデザインを起こしての制作でお母様から支持をしていただきました。
お母様を美しく飾り立てるのは大きな着せ替え人形で遊んでいるようでワクワクします。お母様に言ってみると、「私もスピカで同じ気持ちになったわ」と言われ2人で笑い合いました。今度は意匠を合わせたお揃いのコーディネートを提案するつもりです。
お父様はお兄様達がお家を出られたり仕事で帰れない日があったりして寂しいのか、よく私とデートをして下さるようになりました。前はお兄様達にデートの機会を邪魔されていたなんて嘯いていらっしゃいましたので「たまにはお母様をお誘いしないと拗ねますわよ!」と忠告すれば、「もう拗ねられた…スピカとデートなんて狡いわ‼︎今度は私がスピカとデートしますからね!と言われた。お父様よりスピカとお出かけしたいみたいだぞ」とちょっと淋しそうに言われました…今度は3人でお出かけしましょうと誘えば、嬉しそうにされていました。
私の毎日はこれでもかと言うほどに楽しくて忙しくて日々が光のように過ぎるのを感じる今日この頃です。
そんな秋のある日、我が家に一つの知らせがもたらされました。
それは教会からの知らせで、他国でエメンタール令嬢と見られる女性が発見されたとのことでした。
エメンタール令嬢誘拐事件から16年。それはまさに奇跡の知らせです。
この知らせに家族全員が喜びました。いぇ、喜びなんて言葉では筆舌に尽くし難い程に歓喜いたしました。
エメンタール令嬢と思しき女性は隣の隣、今アナ様が滞在中のバリーンバース王国よりも南にある小国で犯罪組織討伐の際に保護され、孤児院で数年生活し、養い親のところで現在まで育っていたようです。養い親が病気になり生活の為に売られかけたところで布教で訪れていた聖パレス教の聖職者に保護されたのだと言います。
その後に教会で聖力が確認されたため、貴族の血縁者であるかも知れないと確認作業が進められている最中なのだそうです。
なんでも水の聖力をお持ちで瞳の色がお母様と同じ菫色なんだそうです。そしてその犯罪組織が活動していた時期と国が帝国であったため可能性が1番高いとエトワール枢機卿が直々にお問合せ下さったのです。
エメンタール家一同はこの吉報の後、居ても立っても居られない両親を隣国まで送り出しました。
顔を見て触れて娘だと言うエメンタール夫妻に教会はその女性を託し3人が帝都のエメンタール邸へと帰ってきたのは秋の終わり頃の事でした。




