顔合わせとカブァリエ
デビュタントまであと半年。
私は今日は城へデビュタントの説明を受ける為に登城しております。
城とは言っても政務や皇族の居住区ではなく離宮と呼ばれる小さな建屋です。小さいとは言っても小規模の夜会が出来る程度の広さがあります。一般貴族にも開放されていて予約をすればここでお茶会やパーティーを開くことも可能な場所なのです。私もお母様と何度か招待をされてお茶会に来た事があるので見覚えのある場所です。
中に入ると既に数人がお話をされていました。右奥のテーブルには3人のご令嬢、左手前に2人の御令息です。
人数の偏りの為、心なしか御令息方は居心地が悪そうです。
私は先に来ていた3人の令嬢のいるテーブルへと向かいました。
3人とも見覚えのある方々です。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。エメンタール伯爵が娘スピカでございます。皆様お久しゅう御座います。」
「まぁ、スピカ様もご一緒なのね!とても嬉しいわ」そう言って席を薦めて下さったのはミッツバーグ公爵家のパトリシア様です。私より一つ学年は上でテーブルの中では最も家格の高いご令嬢です。吊り目がちな目元と金髪碧眼のためか勝気に見られがちですが可愛い物が大好きで気遣い上手な方です。
「淑女として評判のスピカ様とご一緒だなんで緊張してしまいますわね…」少し気弱な発言をされたのはマール辺境伯家のシャリーリャ様です。私と同じく来年から学園に入学予定だと記憶しています。家格はうちの方が古参で大領地の為上です。亜麻色の癖の無い髪を揺らす様はとても儚げです。
「スピカお姉様、ご無沙汰しております。お姉様がご一緒で心強いですわ。」少し間延びした話し方は一つ年下のカナルザン伯爵家のユーナリア様です。歳の割に豊満な体つきとおっとりとした雰囲気をお持ちのご令嬢で小動物の様な愛らしさがあります。
一礼の後空いている席に着くと宮城の侍女がお茶を用意してくれました。
「あとはどなたがいらっしゃるのかしら?」パトリシア様もご存知ない様子です。
その疑問の答えは直ぐにわかりました。
私が入ってきた扉が開き、1人の淑女が入室したのです。
「あら、もう全員揃っているのね。」
入室してきた人物に私達は全員席を立ちカーテシーを決めます。
「皇国の月、アルテラ皇女殿下にご挨拶申し上げます。」代表してご挨拶したのは1番家格の高いパトリシア様です。いえ、1番家格が高いのはこの場では挨拶を受けるアルテラ様へと変わっています。
「顔をお上げなさい。今日は顔合わせなのだからよくお顔を見せて頂戴な。」
皇女殿下のお言葉に私達は一拍の後顔を上げました。皇女殿下は銀糸の髪に真紅の瞳をお持ちのとても美しい方です。女性とも少女とも違うこの年頃だけの未完成さが逆に完成された美しさに繋がっている様な神秘的なお方です。そして、皇族特有の自然と人を従えるカリスマをお持ちです。
あまりの神々しさに手前端に控えていた令息2人はお耳が真っ赤になっています。顔に出ていないだけ貴族としては合格点とお祖母様なら評価しそうです。確かロッシーニ男爵令息とトットゥーナ子爵令息だったと思います。
皇女殿下は令息達には目もくれず真っ直ぐに私達のテーブルへと歩みを進めてこられます。
テーブルの前までくると、「ご一緒しても宜しくて?」と問われます。私達に拒否などはありません。皇族のお願いよろしくては命令と同義だと貴族家では耳にタコが出来るほど聞かされて育ちます。
「光栄で御座います。」そう言って席を促すあたりの所作や表情でアルテラ様とパトリシア様の仲の良さが伺えました。お二人は幼馴染なのだそうです。
その後はしばし雑談がつづきました。
保護者参加の茶会の席などで既に面識が全員あるためか和やかな雰囲気で緊張が逸れます。
季節の話題や近かったお茶会のお話など当たり障りのない内容です。
しばしの歓談でテーブルが和やかになった頃に皇女殿下がきりだされました。
「私、皆様と共にデビュタントを迎えられる事楽しみにしておりますのよ。お近づきの印に私のことはアナとお呼びなさい。これからきっと女官長の厳しい礼儀作法のお勉強が続くのだもの、戦友として同じデビュタントの同期として仲良くして頂きたいの。」
「まぁ、それでは私はシアね!皆様の事は何とお呼びしましょう?」パトリシア様は素敵な提案ねと少しイタズラっぽい笑みです。
「そんな…畏れ多いことで御座いますが大変光栄に存じます。ですので私の事はシャーシャとお呼びくださいませ」シャリーリャ様は戸惑ったようにおっしゃいます。
「私のことはユーナでお願い致します。皆様お姉様とお呼びしてもよろしいですか?私兄弟がいないもので、とてもお姉様に憧れがあるんですの!」頬を紅潮させながら夢見る少女のようにユーナリア様がお願いされます。皆様ニコリと微笑み是とお答えします。
私は少し戸惑いつつもお返事致しました。
「私は名前が短いのでそのままスピカとお呼びくださいませ。家族も私のことはスピカと呼びますので…」私の短い名前は愛称が着きづらい。だから皆様のように愛称がないのだ。
「あら…そんなの面白くないわ!確かスピカは乙女座の一等星の名ですわね…」
アナ様は口元に手を当てて真剣に思案顔です。
二呼吸程間を開けてなにか思い立ったように目を見開かれます。
「私達だけで、スピカ嬢の事を『パール』と呼ぶのはどうかしら?スピカの別名は真珠星ですし、エメンタール家の家玉も真珠ですもの。エメンタール家の宝石姫にはピッタリな愛称ではなくて?」
宝石姫とは何のことだかわかりませんが、とても捻って洒落のあるセンスです。私も面白くなって頷きました。特別な仲間だけが私を特別な名前で呼んでくれる高揚感に胸が弾みます。
「じゃぁ決まりね!シアにシャーシャにユーナにパール!これからデビュタント成功に向けて共に励みましょう!」
「その心意気ですよ、皇女殿下様。」
声を掛けたのは小柄な老女でした。お祖母様やその侍女達よりも刻まれた皺が深く、アナ様の髪と違い色の抜け落ちた真っ白で艶のない髪を頭のてっぺんでひっつめにした方です。
私達は椅子から立ち上がり、声の主に注目します。
「皆様本日はお集まりいただき誠にありがとうございます。今回のデビュタントを統括させて頂きます、筆頭女官長のネフェルティティで御座います。これから半年の間お会いする機会が多くあるかと思いますのでどうぞネフェルとお呼びください。そして、この会は皇室主催であり私の言葉は皇帝陛下のお言葉と同義だという事をお忘れなきようにお願い致します。先立ってはこの別邸内のみでは御座いますがここまでは宜しいですか?」
ネフェル様はぐるりと会場を見渡します。
私は胸に手を当てそっと腰を折りました。皇帝陛下のお言葉とネフェル様のお言葉は同じだとするならば、皇帝陛下へ拝謁した時と同じように対応しなければならないと咄嗟に感じた為です。私がとったのは皇帝陛下の意見に同意する場合の賛意の礼と呼ばれる礼です。
「勿論よ、ネフェル女官長。他にも注意点があって?」
ネフェル様へアナ様が問いかけます。
顔を上げていないためネフェル様がどのような表情なのかは定かではありませんが深いため息を付きやれやれと言った心持ちを隠そうともせずお答えになります。
「アルテラ皇女殿下、周りをよくご覧なさいませ。」
アナ様は戸惑いながら周りを見渡しているようです。衣擦れの音が致します。
「皇女殿下には本日から会場内では大公令嬢相当の対応を致します。これはお兄様方がデビューする際にも同じ事を申し上げました。皇族ではなく一臣下の立場をお勉強される良い機会です。お励みなさいませ。」と宣言した。
アナ様はどうしたらよいのかとても困った様子が感じられます。
「ネフェル様、誠に失礼ながら発言の許可を頂きたく存じます。」私はいたたまれなくなって、発言の許可を求めました。ネフェル様は「許します」と短く促されます。私は賛意の礼を解きいずまいを正します。
「発言致します。急に身分を変えての対応は難しいかと存じます。よろしければネフェル様の求める事柄を教授願いたく進言いたします。」
「エメンタール嬢はよくお勉強されているようです。お祖母様はフランチェスカ様ですね…彼女は大変優秀な方でした。」
少し寂しげな視線を向けられました。
「何の指導もなく対応させようとしたのは皆様がどの程度の認識とレベルでいらっしゃるのか試す為でございます。その非礼はお詫びいたします。ですが皆様の中で及第のラインに立てたのはエメンタール嬢のみでした。今後何がいけなかったのか、どのような所作が求められるのかは個別に指導を致します。特に皇女殿下には辛い事もあるかと存じますがお気張り下さい。」
ネフェル様の表情は変わりませんがアナ様は道に迷った子犬のように視線が彷徨っています。きっと不安なのでしょう。
その後私達は一度控え室に各自下げられ着替えをさせられました。訪問用のドレスではなくダンスの練習着です。そして、1人控え室で待たされます。
多分面談と指導が行われているのでしょう。差し入れられた詩集とお茶を飲みながら私は自分の番になるのを待ちました。
詩集も3割程呼んだ頃に侍女に声をかけられ個室に促されました。北窓の部屋は薄暗く執務室机に座られた人物の顔がようやく見える程度です。
私は皇族に準じるご挨拶をしてネフェル様の反応を待つことにしました。
「帝国の星々を支えるネフェルティティ女官長様に改めてご挨拶申し上げます。」
淑女の礼よりも深く腰を下げ、首を垂れる見た目以上にきつい体勢ですが、このままお返事があるまで直っては行けないのです。
「お直り下さい、エメンタール嬢。礼儀作法はお母様からですか?」
「母からは勿論のこと領地にて祖母にもご指導頂いております。」
私は体勢を整えて答えるとネフェル様は私ではない誰かを見ているようでした。
「そうですか…先ほどの会場でもお話しした通りエメンタール嬢には特に指摘はございません。ですが、何故私に皇帝陛下への礼を行ったのかお聞きしても?」
私は少し言葉を選びつつお答えしました。
「ネフェル様は自分の言葉は皇帝陛下のお言葉だと仰いました。ですのでネフェル様は皇帝陛下の名代ではなくご本人だと解釈いたしました。ですので皇帝陛下への拝謁する際の礼として習った作法を致しました。」
「そうです。その解釈で間違いありません。そのお歳でそこまで判断できる方は少ないのですよ。」
「ご指導下さる方々が良いお陰で御座います。」
「フランチェスカ様はとても優秀な生徒で後輩で同僚でしたのよ。貴女からは彼女の面影を強く感じます。勿論出自は聞き及んでおりますが、生まれだけではないものを感じてしまうのは歳のせいかも知れませんね。」
お祖母様とネフェル様は旧知のようで私にお祖母様をどうやら重ねていらっしゃるようです。
「さて、本日のこれからですが、残りの皆様の面談のあと先ほどの会場でカブァリエの紹介がございます。この際、相手の御令息が嫌だからと辞退する事は出来ません。それは皇帝陛下の御命令に背く行為だとお心置き下さい。しかし、今後の相性などを鑑みてこちらからカブァリエの交替を伝える場合は御座いますが、ここまででご質問はありますか?」
「はい、これまでにカブァリエが変わった事はあるのでしょうか?」興味本位ですがお聞きしてみました。この程度ならば失礼ではないでしょう。
「御座います。身長差が極端に出てしまったり、病気で継続が困難な状態であったり、家同士が政敵となり危害が心配される場合などの理由です。あとは紳士的、淑女的でない不適切な関係を強要した場合なども含まれます。」
私は顔が赤くなるのを止められませんでした。不適切な関係とは婚姻後の大人のみに許される夜の営みを婚前に行う不埒な行為のことです。私は赤い顔のまま下を向き小さくなってしまいました。
「あらあら、年相応にウブなところもおありなのね」と笑われてしまいました。私はどのように思われているのでしょうか。
面談の後は先程の会場へと小扉から通されます。
テーブルは端に寄せられておりますが、壁を向いた人影が御座います。同じデザインのドレスに着替えられたアナ様とシア様です。どうやら面談は家格順で行われているようです。
後ろ姿からお二人は肩を落とし疲れたご様子が見て取れました。
「お二人ともどうなされたのですか?」
声を掛ければお二方とも涙ぐまれています。
「「パールが完璧過ぎるのが悪いのですわ〜」」
と泣きつかれました。オロオロして宥めながらお話を聞くと、礼儀作法の宿題を山のように出されたそうです。目をやれば私も見覚えのある作法教本が5冊づつ御二方の前に積まれています。
お話しと言う名の愚痴をお聞きしつつしばらくすれば同じようなお顔のシャーシャ様が入室されます。やはり5冊の教本をお持ちです。
その後もしばらくの間隔の後、ユーナ様、トットゥーナ子爵令息、ロッシーニ男爵令息が入ってきます。それぞれに教本をお持ちで、同じような表情です。一体面談で何があったというのでしょうか…。
しかし、皆が同じ方向を向く事には成功しているようです。何故か話向きが打倒女官長!目指せ私!的なお話になっております。
話がその方向で収束しかけたタイミングで正面の大扉が開かれました。
ネフェル様を先頭に4人の男性と2人の淑女が入室されます。
男性のうち2人には見覚えが御座います。第二皇子殿下と第三皇子殿下です。淑女方は私もお茶会でご一緒させて頂いたことがある令嬢達です。お二人とも去年デビューされていたと記憶しております。
私があわててカーテシーをすると横にいた全員が礼をしました。
ネフェル様は満足気です。
「お待たせしました。皆さんのカブァリエを紹介いたします。名前を呼ばれたものは進み出るように。」
これから半年間と当日まで。或いはその後のご縁もあり得る発表に一同緊張が走ります。