反省はしても後悔御座いません
ご当代様への慰問から1ヶ月ほどたちました。
あれから私が目覚めたのは丸2日も経ってからの事でした。目が覚めると五つの顔が私を覗き込んでいたのには正直心臓が止まる思いでした。
寝覚めにあれは本当に心臓に悪いです。
しかし、かなりのご心配をかけてしまった事も事実です。私はひたすらにご心配をかけてしまった皆様に謝りたおしました。
お父様には向こう一年間の教会出入り禁止と詳細の報告、お母様にはこの先半年間のお茶会優先権、カイン兄様には研究の補助、アレク兄様とフレット兄様にはそれぞれデート3回する事で許してもらいました。
私が倒れた原因は聖力枯渇と疲労によるものだったそうです。本来は聖石は1日で造るようなものではなく少しずつ力を溜めて固めて造るのだそうで、普通はあの聖域の中でおこったように直ぐには出来ないんだそうです。試しにこっそりとあの時と同じように祈ってみましたが手のひらの中にはキラキラと光る粉が舞っただけでした。
きっとあの時はご当代様にお会いする為に聖水を沢山浴びて沢山飲んでいた事とご当代様がお力をお貸しくださったおかげなのでしょう。
領地旅行の残りの滞在期間はベッドと領主館の中でゆっくりと過ごして早めに帝都へと帰ることになりました。
お父様は私を心配するあまり転移魔法を使って直ぐにでも帰ろうなどと言い出し、15歳未満は長距離転移が原則禁止な上にエメンタールから帝都までの移動は1日5名までが聖力限度だと言われて諦めたそうです。今回の移動は当家の主力騎士団が護衛について来ているため大所帯ですから当然です。
バタバタと帰り支度をしていると、滞在最終日に枢機卿猊下の訪問が急遽予定されたことをお父様から告げられました。父様ではなく、私への面会依頼だそうです。
その日、私はレモンイエローのワンピースドレスで猊下のをお迎えしました。この色は1番当代様の聖力のお色に近かったので選びました。
場所は今の時期最も美しい南の夏の庭にです。
ガゼボで挽夏の風に包まれながらミントの香りが爽やかなお茶とアーモンドたっぷりのフロランタンが今日のお茶のお供です。
季節の挨拶を交わし、毒味で私は一口ずつお茶とお菓子に手を付けます。ほんのりと香辛料の効いたお菓子は同じ名前でも帝都とは違う異国情緒のある風味です。ミントティーは夏の暑さをスッキリとさせてくれる清涼感があり流れる風と共に心地よい気持ちにさせてくれます。
私が口を付けた後、猊下もお茶を一口され、本題にうつりました。
「先日はご当代様をお助け頂き有難う御座いました。もうこちらを立たれると耳にしまして、一言御礼申し上げたく参じたのです。」
「お顔をお上げください、猊下。私はあの時出来ることをしただけです。元々そうしようと教会へ参じた訳ではなく、結果としてそうなっただけです。それに私の力がご当代様、ひいては国の役に立ったのならこんなに嬉しい事はございませんもの。」
嘘偽りなく本心です。猊下は眉尻を下げ、少し困ったようなお顔で微笑まれました。
「では、これからは教会の枢機卿としてではなく1人の父親としてお話させて頂きたい。老人の独り言のようなものです。」
猊下はそう前置いて、一口お茶を啜るとまた話し始めます。
「私の娘は2年ほど前から尊き誓いのため長き眠りについておりましてな、最近は特に力弱くなる日が続いておりました。儚くなる日も近いかもしれないと覚悟もしておりました。勿論娘が決断した時から覚悟など決めていたはずなのですがね…」
猊下の視線はふと咲き誇る花へ向けられます。
「不思議なものです。明日かも知れないと思いながらいた日々がまた続くのは奇跡なのです。もし、あの日来てくださらなければ娘の命は年内だったかもしれない。娘は眠りにつく前に私に『先立つ不幸をお許し下さい。私は私の出来る事をしに参ります。お父様はゆっくりと来てくださいね。』なんて言っていました。親としては1日でも長く生きながらえて欲しいと願いながら、聖職の身で娘の勤めを見ているしか出来ず自分の無力さを嘆く日々でした。」
そしてゆっくりと、誰かを重ね見ているように泣いているような微笑んでいるような、見ている方が苦しくなるようなお顔を私に向けられます。
「1人の父親として感謝の気持ちをお伝えしたい。娘の命を救ってくださり、娘の夢を救ってくださり本当に有難う御座いました。」
私はどうして良いのかわからなくなりました。
明言は避けられましたがやはりご当代様のお父君は猊下だったのかと思うと同時に、本当に自分がしたのは突発的なイレギュラーでしかなく本当にお力になれたのかは分からなかったので正直戸惑いが勝っています。
「感謝のお気持ちはお受け取り致します。ですが微力ながらお力添え出来た事は神のお導きあっての事です。兄が今回の事象を研究したいと申しておりました。そちらが進めばご当代様の御代は続き、猊下の憂いも晴れるのでは無いでしょうか?」
猊下は小さくフフっと笑い、「教会としては神秘を秘匿したいのですが微力ながら尽力いたしましょう。可愛い愛娘のためですからね…お嬢様へは何をお返ししたら良いでしょうね?」
どうやらお兄様の研究に協力いただけるようです。私にはそれ以外にお礼がしたいとの申し出に私はしばし思案して答えます。
「では、定期的に猊下へお手紙と贈り物をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
猊下のお顔は何を言っているのか分からないと言ったらお顔です。
「手紙と贈り物ですか?なぜ私に?」
「実は父にしばらく教会への出入り禁止を言い渡されておりまして、ご当代様へご挨拶が叶いません。ですので感謝の気持ちを認めて、感謝の祈りが形になったらお渡ししたいのです。猊下にはそれを手伝って頂きたく存じます。」
猊下の目は驚きに見開かれています。
私は悪戯が成功したような心持ちになり、ちょっと嬉しくなりました。
私は聖石が出来たら猊下には送るのでご当代に献上して欲しいと伝えたわけです。
その意図はしっかりと伝わっていたようで、猊下は目元を手で隠されながら何度もありがとうございますと呟かれたのでした。
その後、私が成人するまで年に数度猊下とはお手紙を交わすようになりました。
最初の年は私の聖石を送る事は出来ませんでしたが2年目には小砂利程の小さな聖石を送る事が出来ました。
私の力など本当に微力で、お兄様の研究結果が証明されてからは尚の事でしたが自分にできる精一杯を私は続けたのでした。