晩餐会
気持ちを切り替えた私は黄昏の光の中、ベルを鳴らしました。
一呼吸待つまでもなく扉が開き、そこには老齢の見覚えのある侍女がおります。
「お嬢様、およびでしょうか?」
お祖母様が帝都にお越しの際にいつも控えている侍女の1人でした。
「えぇ。まだ旅支度でしたから、着替えを手伝って欲しいの。お願いできる?」
「かしこまりました、お嬢様。しかし私共にお願いなど不要に御座います。」
にこやかですが何処か線を引かれたような対応に悲しい気持ちになりました。
「そう…わかったわ。今日の晩餐会の雰囲気に合わせて頂戴。」と遠慮気味に答えてみました。老侍女は笑顔で一礼し、ドレスルームへと一度下がると青を基調としたドレスを2着手に戻って参りました。
そして私の肩に当て布をすると左に持っていたドレスを勧めて来ます。
私は素直に頷き、着替えが始まりました。
「お嬢様はとても素直で聡明でいらっしゃいますね。ご家族に恵まれていらっしゃる。こんなにも素晴らしいご家族他にはいらっしゃいませんね。」
「ありがとう。私の家族は皆んな素敵なの…でも、前伯爵夫人には嫌われてしまったようだわ。」
あえてお祖母様とお呼びしないように気をつけながら言葉にしてみます。
「大奥様はお嬢様を嫌ったりなどしていませんよ。恵まれている事に気づけるお嬢様ならお分かりになるでしょう。」
それ以上の会話は少なく侍女はテキパキと私を整え、談話室へと案内してくれました。
談話室にはすでにお兄様達とお母様、それに遅れて来る予定でしたお父様もいらっしゃいます。
私は少し足を早めて近づきます。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。お父様はいつお着きになられたんですか?」
「半刻程まえだよ。スピカは馬車の旅で疲れただろう。」お父様の視線には労りと困惑がみえます。
「スピカ!大丈夫か?」フレット兄様がお父様の脇をすり抜け私の両肩をがっしりと掴みました。
「ご心配おかけしました。旅の疲れが少し出ただけですわ。問題ありません。」
尚も兄様の顔は私を案じる不安顔です。
「体調がすぐれなければ食事なんか後で出させるよ?」アレク兄様も気遣わしげに問いかけてくれます。
「大丈夫です。それに、皆んなと一緒にいられない事の方が寂しくておかしくなってしまいます。」
私は淑女の笑みで返します。
「そんな事より、お腹が空いてしまったわ。お夕食はもうすぐかしら。」
「そうね、そろそろ移動しましょうか。」お母様がゆっくりとソファから身を起こします。
自然とお父様がお母様をエスコートすると、カイン兄様が私に手を差し出してくれました。
「今宵姫君をエスコート出来る栄誉を私にくださいますか?」いつもは言わない口説き文句です。
「はい、喜んで」と私もお兄様の手に自分の手を乗せます。
後ろでフレット兄様がずるいずるいと言っていますが、無視して私たちは歩き出します。
程なく大きな樫の扉の前でお父様達が止まります。白髪の執事が恭しく一礼をすると重たそうな扉を開けてくれました。
中に入ると縦に長い造りの部屋に長いテーブル、対面するように椅子が等間隔で並び、クロスのかかったテーブルの上にはカトラリーといくつかの食べ物がすでにセッティングされています。
お父様は迷う事なくテーブルの一番奥、一脚だけ椅子の置かれた主人の席に、お母様はお父様の左の奥の席に腰を降ろします。それからは私たち兄弟が歳の順にお母様側の席に着きます。
それほど待つこともなく、お祖父様とお祖母様、それからペイストリー叔父様の奥様とその子供達が向かい側の席に着きました。
席に着くとお祖父様から家族の簡単な紹介が私達にありました。
「折角の機会なのでペイスの奥方達もお呼びした。家族で集まる機会が少なかったからここで改めて紹介しよう。まずは私から、前伯爵家当主でお前達のお爺ちゃんエルバムだ。そしてこちらの凛と咲いた薔薇は私の愛する妻でお前達のお祖母様であるフランチェスカ。」お祖母様は淑女の座位の礼をする。
私は密かにご機嫌が悪くなさそうなことを見てとってホッとする。
次にとお祖父様はお父様を手で示す。
「現当主で私達の長男息子マスキーとその細君ビオレ夫人、そして並び順に長男のカインと次男アレク、三男フレット長女のスピカ。」
私は名前を呼ばれてた際に淑女の座位の礼をしながら嬉しくて薄っすらと視界が滲みました。養女ではなく長女と言ってもらえたことが事の他うれしかったのです。
「そして私の三男ペイストリーの細君でマチルダ夫人とその長女ジョゼフィーヌと長男ルークだ。」
叔母様は私達と同じ淑女の礼で、従兄弟のジョゼフィーヌとルークはちょこんと頭を下げてご挨拶です。
「今日は身内しか居ない晩餐の席である。私は孫達と楽しく食事をしたいと思う。久しぶりの孫達のためにとっておきの料理ばかり用意させたから楽しんでおくれ」と言って席に座られました。
「父上、乾杯の挨拶くらいは私に返してくださいね」何処か戯けたようにお父様は言うとテーブルに既に置かれていたシャンパングラスを手に取りました。
私達もそれに倣うようにグラスを手にします。
「家族の再会とエメンタールの繁栄を祝して乾杯」
「「乾杯」」
それを合図に前菜が私たちの前に運ばれます。
お皿の上には台形の形にお野菜とお魚でしょうか、白と赤、オレンジに黄色、鮮やかな緑のコントラストが美しいゼリーが乗っていました。
「魚介と夏野菜のゼリー寄せで御座います。」
私の給事をしてくれたのは先程の老侍女です。
キラキラしたそれを崩すのは勿体無いと思いながらも口に運びます。お魚の風味のジュレにお野菜の瑞々しさがとても良い一品です。美味しさに驚いて顔を上げると向かいの席ではジョゼフィーヌちゃんとルークくんが一生懸命に食べていました。まだカトラリーが上手く使えない事と、少し食べるのにコツがいる料理のため四苦八苦しながらも美味しそうに食べる様はとても微笑ましいものです。
「母様〜!ジョゼ、上手に食べれないよ〜」食べたいのに食べれないもどかしさからジョゼフィーヌちゃん達はぐずってしまいました。私は給事をしていた侍女を呼ぶと、ある事は出来るか聞きました。可能であるとの回答でしたので私はジョゼフィーヌちゃんに声をかけました。
「ジョゼフィーヌちゃん、もしも良ければなんだけれどそのお料理に魔法をかけてもらうのはいかがかしら?」彼女は魔法の言葉に目を輝かせて「どうするの?やって!やって!」と言ってくれます。
「私じゃなくてシェフに魔法をかけてもらうから少し待っててね」と言うと先程の老侍女がジョゼフィーヌとルークのお皿を一度下げました。ジョゼフィーヌとルークはなんだかワクワクしています。
5分もしないうちにジョゼフィーヌとルークの前にはグラスに入った崩しゼリー寄せとスプーンが出されました。
「さっきと同じお料理だけれど、これなら食べやすくなったんじゃないかしら?」と勧めてみます。
綺麗な断面になるように作ってくれたシェフには申し訳なかったのですが、意図を察して綺麗に盛り付け直してくれたシェフに感謝をしながら食べる様子を見守ります。
ナイフとフォクよりも食べやすかったようでグラスはあっという間に空になります。
「スピカお姉様、きれいにたべれたよ!おいちかった!」
とても可愛らしい笑顔です。
「美味しかったはシェフに後で言ってあげましょうね。」微笑みながら言うと大きく頷いてくれます。
その後はトマトとアサリの冷たいスープ、甘鯛のポワレ、牛肉のパイ包み、グレープフルーツとルッコラのサラダ、そしてメインのロブスターのレモンバターソースと続きます。フレットお兄様はお肉が少ないとご不満のようですが、私はいつもとは違う味付けや食材のお料理が食べられてとても満足です。
最後にデザートが運ばれできます。
デザートは船で運ばれた異国のフルーツでした。サボテンの実や龍の鱗に包まれたような果物がそのまま運ばれできます。どうやって食べるのか不思議に思っていると徐にお祖父様が立ち上がり果実の乗ったワゴンの脇に近づきます。
「さっきは魔法を直接見れなかっただろ?だから特別に祖父様が魔法を見せてあげよう」
そう言って果物籠を手に取ると『氷結』と唱えます。するとお祖父様の手の上を青白い聖力の光が包むと一瞬で果実は凍りつきました。『氷砕』とまた一言唱えると今度は凍った果実が雪のように砕けてしまいました。
これにはジョゼフィーヌとルークも興奮気味です。
こうして出来た、お祖父様のフルーツグラニテは食べた事のないフルーツが沢山入っていてとても不思議で、でもとても美味しかったです。
因みにですが聖力には色があるとされています。大きくは血統により色がある程度決まっており、使える魔法にも違いがあります。
エメンタール家の色は青で氷魔法や水魔法に特化しているのだそうです。
晩餐会も終わりジョゼフィーヌちゃんやルークくんは瞼が重くなってきたようです。私もいつもより早い時間ですがとても眠たくなってきました。
「ジョゼ、もっとお兄様お姉様と遊びたかったです」「ルーももっとあそびたい!」
2人はホールまで見送りにきた私と兄様達を離そうとしてくれません。
私は膝を折り目線を合わせていいました。
「今日はお二人とお会いできて楽しかったですわ。今日はもうお別れのお時間ですが、明日お二人の住むタバフへと行く予定です。是非案内してくださいませんか?」すると「お姉様と明日遊べるの⁈」と嬉しそうにして下さいます。きっと明日は小さなガイドさんになってくれる事でしょう。
そのまま2人は目を擦りながら叔母様に手を引かれて馬車の中へ。ゆっくりと馬車は暗闇の中へと消えてゆきました。
明日の楽しみが増えた私はお兄様達に手を引かれて自分のために用意された部屋へと戻るのでした。