2. ゴブリン
人類が優雅に暮らすセントラル都市。
ここにはありとあらゆる階級の人間達が平等に暮らす平和な国。
餓えに苦しむ民は存在せず。
病気の薬にも困る事もなく。
金銭的な大きな問題も起こっていない。
勇者が魔王を倒してから数百年。
人々は不自由なく暮らす事が出来ている。
「お~い。 ゴブ~!」
セントラルには平和の象徴として都市の中心に大きな噴水の真ん中に国の外からでも見える巨大な銅像が建てられている。
彼は数百年前に人類を救い、魔王を倒した勇者様を模範した銅像だ。
そんな人々に尊敬と信望されている銅像の足元にフードを被った小さな少年が見上げ、こちらに走ってくる少女に気が付く。
「エル。 もう買い物は終わったのか?」
「うん! お爺さんに頼まれてたものは買えたよ! ほらッ!」
エルと呼ばれる少女もまたゴブと呼ばれる少年ほど顔が見えないほどではないがフードを被り、買い物の品を見せる。
頼まれていた物は数種類の野菜とパンだ。
両手一杯に抱えている荷物をゴブは1つ取り上げた。
「それなら早く行こう。 ドーワフも待ってる」
「あ、ちょっと待ってよ~」
ゴブとエルは今年で8歳になるが、エルの身長はゴブよりも高く、第三者から見ればまるで姉弟のように見える。
その事を気にしているのかゴブは絶対にエルの隣に歩かないよう短い脚を必死に動かして前に歩く。
「それでね~。 パン屋のおばちゃんが皆にどうぞっておまけしてくれたんだよ!」
「そうか。 よかったな」
「え~? なにその反応~。 ゴブは嬉しくないの~?」
「別に。 だって、そのおまけにはオイラははいってないでしょ」
ゴブの言葉にエルは慌てるように右往左往と目を泳がせる。
「そ、そんな事・・ないよ? ほら! いち、にぃ、さん・・よん!」
「他の2つより半分になってるよ」
おまけにもらったと言うのは粉砕して細かくしたチョコをパンに混ぜ込んだものだった。
他の2つは綺麗な丸い形をしているのに対して、エルが最後に取り出したのは明らかに半分の形をしているものだ。
袋に出す前に無理矢理千切ったのが分かる。
「たまたまだよ! たまたま!! ほら! そんな事より早く待ち合わせ場所にレッツゴー!」
エルは誤魔化すように駆け足で走り出し、ゴブを追い抜いて行ってしまう。
そのエルの後ろ姿を眺めていると、目の前で女性が財布を落とした。
女性は隣の友人であろう人達と喋っているせいか、落とした財布の事など気づきもせずに歩いて行ってしまう。
「・・・あ、あの!」
ゴブは少し戸惑いながら、財布を拾い上げて落とした女性に声をかける。
「・・これ、落としました」
「まぁ! ごめんなさい! どうもありがとう!」
女性はゴブが拾い上げた財布が自分のものだと気づくと笑みを向けてお礼を言う。
「・・いえ。 それじゃあこれで」
「あ、ちょっとまって! よかったらこれをどうぞ!」
すると女性は鞄から小さな袋に包んだ飴を取り出した。
「これくらいしかないのだけれど、良かったらどうぞ。 財布を拾ってくれたお礼よ」
「・・・」
飴を渡そうと手を出す女性を見て、ゴブは少し考えて飴を受け取る事にした。
「それじゃ、ありがとう」
「ふふふ! どういたしまして!」
そして飴を受け取ろうと手を伸ばした直後、突然に強い風が吹いた。
(ッ! しまった!!)
すぐに風で取れそうなフードを抑えるが、その際にフードで隠していた手が露出してしまった。
「・・・え、待って・・・その手」
「――ッ」
「きゃあああああああああああああッ!!!」
突如、セントラルの大通りから女性の悲鳴が響き渡る。
悲鳴を上げたのは財布を落とした女性の友人のほうだった。
「ゴブリンよ! なんでセントラルにゴブリンなんているのッ!! 誰か助けて――ッ!!」
(まずいッ!)
パニックを起こした女性は一目散に逃げ惑いながら大声で助けを叫ぶ。
その反応に周囲も深くフードを被った小柄なゴブに視線を向ける。
(とにかくここから離れないと!)
エルから預かった荷物の中身を落としながら、ゴブはエルが走っていった場所とは反対側へ走る。
「ゴブ! 待って!!」
その際にエルが呼ぶ声が聞こえたが、今は反応するわけにはいかない。
もしもここで反応してしまえば今度はエルに危険が及ぶ。
(とにかく、この道を曲がって裏通りに向かおう!)
細く人が普段通らない道に入り、ゴブは逃げた。
途中から国の兵士や傭兵騎士。
さらには冒険者までも大通りの騒ぎを聞きつけて逃げたオイラの命を狙ってきた。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。
気が付けば昼間だった時間はとっくに日が暮れていた。
もう自分が何処に居るのか、何処で隠れているのかも分からない。
分かるのは、月光に照らされた身長に似合わない大きな手と爪。
そして人と違う原形の顔と牙。
ここは人々が暮らす平和な国、セントラル。
醜悪の権化にして人類の敵である魔族がいる場所ではないのだ。
「・・・お腹空いたな」
腹の虫が鳴りやまない中でフードのポケットに何かが入っている事に気付いた。
それは昼間に財布を落とした女性からお礼のモノだと言ってもらった飴だ。
ゴブは数秒、その飴を眺めると、ゆっくりと包み紙から飴を取り出して口に放り込む。
コロコロと口の中で転がる飴は、当たり前だが甘かった。
その甘さが兎に角、とても美味しかった。
人間達はオイラの事を畏怖と嫌悪な視線で見ながらこう呼ぶ。
―――ゴブリンと。