10. 依頼人
森へ逃げ込んで数秒も経たない内に、ゴブの命は一瞬で消えそうなほど緊迫な状況となっていた。
上下左右と周囲からありとあらゆる攻撃を次々に襲い掛かってくる。
一斉に飛び掛かってくる弓。
木の幹を簡単に両断する剣筋。
そして一発でも当たれば身体がバラバラになるであろう威力の魔法。
一秒後にはいつ死んでもおかしくない感覚に、ゴブは息を忘れるほどの集中力を発揮してギリギリの所で躱し森の奥へと逃げ込んでいく。
「あ~? なんだよ。 まだ殺してねぇのか」
冒険者達がゴブの後を追っていく中、最後尾で魔法を発動させていた冒険者にラランが声をかけた。
「リーダー。 そっちの仕事は終わったんですか?」
「まぁな。 あちらさんがわざわざ迎えに来てたからすぐに済んだよ。 それよりどうなってんだ? ゴブリンのガキ一匹に私の隊が手こずりやがって」
「それが、あのゴブリン普通じゃないんですよ」
「あぁ? なにが?」
冒険者はバックから手持ちサイズのモニターを取り出してラランに渡す。
「こちらを見てください。 偵察用として放っていた使い魔から見た映像です」
その映像に映っているのはラランと共に仕事をする冒険者達の攻撃を次々といなしながら躱すゴブの姿を映し出されている。
その映像を見て、ラランは吸い上げる煙草の灰を捨てるのを忘れるくらい映像に目を奪われていた。
「・・ふぅ~ん。 人間の言葉を流暢に話す珍しいゴブリンだと思ってたが、確かにこりゃあ普通じゃねぇな」
「はい。 ゴブリンは多少人間の行動を真似して武器や魔法を扱うやつはいますが、ここまで訓練されたような動きをするゴブリンは初めてです」
ラランは燃え尽きた煙草を握り絞めて燃やして、もう一度映像を巻き戻して見る。
魔獣や魔族と長年対峙してきた冒険者の攻撃をギリギリの所で避けながら逃げる。
それは言い換えれば訓練された相手の攻撃をどれだけ効率よく躱して逃げる事が出来るかを知っているという事だ。
「しかも反撃もせずに逃げ一択という事は、このゴブリンは私達に対して一切の敵意がないって事。 そんな事がありえんのか?」
「分かりません。 ですがこうなるとやはり・・・」
「あぁ~・・分かってるよ」
ラランは深く息を吐きながら再び冒険者が取り出した小さい手のひらサイズのモニターを耳に当てる。
「あ~お前ら。 そのゴブリンのガキの事は十分わかった。 イベントの花火が始まったと同時にそいつを処分するぞ~」
そんな面倒な仕事を早く終わらしたいダル気な口調で指示を出すラランの背後に人の気配を感じた。
同じく仲間の冒険者も気づいたのかラランの背後を守るように前に出る。
そこでララン達が見たのは、珍しいエルフの少女とドワーフの少年だった。
「村の子供達でしょうか」
「そうだろうな。 あぁ~キミたち。 ここは今危ないから早く人のいる所に―――」
「さっきのゴブリンって、フードを深く被ったゴブリンですか?」
エルフの少女はラランの言葉を遮って質問をする。
「・・・あぁ。 そうだ」
「やめてください! そのゴブリンは私達の友達なんです!」
「・・お嬢ちゃん。 名前は?」
「私、この近くの小さな村で暮らしているエルっていいます! こっちはドーワフ! お願いします! 今すぐにゴブリンの攻撃を止めて下さい!」
涙目になりながら必死に訴えるエルにラランと冒険者は目を合わせる。
「お嬢ちゃん。 相手はゴブリンだぜ? アンタ達エルフとドワーフが一緒にいる時点でかなり珍しい組み合わせだがまさか魔族、それもゴブリンとも一緒に友達だってのかい?」
「はい!」
「・・はは、アッハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
ラランは大声で笑い隣にいる冒険者の肩を強く叩きつける。
「おい聞いたかよ! あのプライドが高くて清純なエルフが卑猥で卑劣なゴブリンとお友達だってよ! そんなの聞いた事もねぇよ! あっははははは!」
お腹を抱えて笑い続けるラランに今度はドーワフが前出て冷静なトーンで話を進めた。
「貴女方が高ランクな冒険者である事は装備を見ればわかります。 少なくともB級以上だと見受けられますがどうでしょうか?」
「あぁー笑った。 そうだよ。 流石はドワーフだな。 その幼さで装備の質をよく理解してる。 私達はA級冒険者のパーティだ。 それが?」
「それなら話は早いですね。 ゴブリンの討伐は基本B級以下の冒険者が受け持つ事なっているはずです。 それもダンジョンでもない一般の土地であれば尚更。 今すぐにゴブリンの攻撃を止めて頂けなければギルドの方へ連絡してペナルティを課してもらう事になりますよ」
ドーワフの大人顔負けの話はどれも正しい。
A級の冒険者が下位魔族相手に討伐をしているとB級以下の冒険者の実力が育たない為、ゴブリンやスライムと言った低ランクの魔族にA級冒険者が討伐する事は緊急時以外にはできない事になっている。
つまり、この状況をエルとドーワフがギルドへ連絡すればラランのパーティは多少のペナルティを課せられ、最悪一定期間の冒険者活動の停止を言い渡される事になるのだ。
冒険者にとってギルドの命令は絶対。
もしやぶれば冒険者ライセンスのはく奪も簡単に行われてしまう。
そうなってしまえばA級にまで上り詰めたララン達にとって面白い話ではない。
しかし
ドーワフの言い分に言い返せない仲間の冒険者の背後で、ラランは「ハッ」と不敵な笑みを浮かべた。
「ガキのくせして大人を脅そうなんていい度胸してるぜお前。 流石はあの爺さんが育てたガキなだけはあるよ」
「それは、どういう意味ですか?」
ラランは煙草に火を付けながらポケットから一枚の紙を取り出す。
「お前らペンシルド・マーリンって爺さんに育てられてるエルフとドワーフのガキだろ?」
「お姉さん、クソジジィの事知ってるんですか?」
「ブファッ! おい聞いたか! エルフの嬢ちゃんの口からクソジジィだってよ! 口の悪いエルフなんて聞いた事ねぇよ!」
「エルの話をすり替えないでください。 私達の育て親の事を御存じなんですか?」
「あぁーご存じもなにも、ほれ。 これ見て見ろ」
ラランは2人の近くへ歩み寄り取り出した紙を手渡す。
それは冒険者がギルドに仕事を受ける時に拝見するクエスト用紙だ。
そしてそこには村のゴブリン1匹の討伐クエストが記載されている。
ゴブリンの子供1匹の討伐に報酬100万越え。
しかも討伐ランクはB級以上と記載されていた。
本来のゴブリン、しかも幼少であれば雀の涙にもならない報酬であるはずなのにあまりにも詐欺まがいな内容が書かれている。
これが本当であればどんな冒険者も食い気味で村へ駆け寄りゴブの討伐を死に物狂いで行うだろう。
しかし、エルとドーワフが驚いたのはそこではない。
クエスト用紙の最後には何処に誰のクエストでギルドが発行したか名前が明記される仕組みになっている。
そして、そこに記載されているゴブリン討伐を募った相手の名前は、ペンシルド・マーリン。
エルとドーワフそしてゴブ達3人を8年間本当の子供のように優しく育てて来てくれたお爺さんだった。




