9. A級冒険者
最初に感じたのは喪失感だった。
幼い頃からお爺さんに読み聞かせてもらい、エルとドーワフや村の友人達とも覚えてしまうくらい何度も読み続けてきた大事な本。
ゴブにとって思い出深い本は今、目の前で炎に包まれて少しずつ焼かれ灰となっていく。
その本の様子をゴブは立ち尽くしたまま眺めているだけだった。
「消えて! お願い! なんで! どうして急に燃えたりなんかッ!!」
本を受け取ろうとした女性は急に燃え始めて地面に落ちた本を何とか消火しようと必死になっていた。
土を被せたり火傷しない程度に素手で叩いたりとしてみたが何故か本は一向に消える様子がない。
「キミ! 誰か大人の人を呼んで水かなにかをもらってきて! このままじゃ全部燃えちゃう!」
「・・・」
「ねぇ! キミ! 大丈夫?! ねぇ!」
「・・・」
女性が何度も呼びかけ身体を揺すってもゴブはただ燃えて炭となっていく本を眺めながら立ち尽くしている。
「・・・こっちおいで!」
返事がないゴブの手を引っ張り女性は先ほど来た道を駆け足で戻る事にした。
「大丈夫! 大丈夫だからね! 水さえあれば絶対に消えるから! すぐに大人の人を呼んで消してもらおうね!」
まるで人形のように引っ張られてついていくゴブは次第に大事にしていた本が燃えた事の現実味が出てきたのは両目から涙がこぼれ嗚咽を吐く。
そんなゴブの様子に気が付き、女性は駆け足を緩めないまま何度もゴブに向かって励ましの言葉をかけ続けた。
ゴブにとってそれだけショックになるほど大事な本だった。
一瞬だけだったが手渡される際に見えたボロボロで何度も読まれ込んだ本を見ればゴブにとってそれほど大きい存在だった事は明白だ。
泣いている事に苛立ちなんてない。
立ち尽くす事に呆れなんてない。
魔族の癖になんて差別感などない。
只今は、彼の大切な本を少しでも残す為に今は行動を移す事。
それが今出来る最善の事だ。
「おや? どうかされましたか?」
そうしてすぐに女性とゴブが来た道を戻っていると、1人の女性がいる事に気付いた。
そこには長い黒髪に整った顔立ちをした村長の奥さんが立っていた。
「私はこの先の村で暮らす村長の嫁です。 何か困りごとでもありましたか?」
「あ! すみません! この先の道で本が燃えていて! すぐに水を持ってきてくれませんか!」
「まぁ、それは大変ですね。 わかりました。 それではすぐ近くに私の知り合いがいますので水を持ってこさせましょう。 貴女達は念の為この先のテントで休んでいてください」
「ありがとうございます! ほら、もう大丈夫だよ! すぐに火を消してくれるからね!」
そういって村長の奥さんに言われた通り、女性は先にあるテントへ向かおうとした・・が、さっきまでまるで人形のように力なくついてくるだけだったゴブが女性の手を引っ張って歩みを止めた。
「? どうかしたの?」
「・・・」
ゴブはまだ泣き止んではいないが涙を止めようと必死に衣類に涙を拭いて村長の奥さんと見る。
「・・アンタ、誰だ?」
「え?」
「・・・ふふ。 何を言っているの? 私よ。 何年も一緒に暮らして顔も合わしてるのに忘れちゃったの?」
「おばさんはオイラと目を合わせない」
「・・・」
そうなのだ。
村長の奥さんはゴブが物心をついた頃から視線を一度も合わした事がない。
名前も会うたびにゴブ太やゴブ蔵などと呼び方を変えるし会話らしい事もした記憶がない。
それでも、最低限のコミニケーションや息子であるフィルと一緒にいる事を止めた事は一度もない。
ゴブにとってはそれくらいの気心を許せる相手ではあるのだ。
「何を言っているのかしらこの子は。 それは偶々よ。 た・ま・た・ま。 村長の嫁である私が村の子供に対してそんな酷い事をするわけがないじゃない」
「おばさんは笑顔のままそんな高い声で丁寧な言葉は言わないよ」
「・・・」
「それに、誰か知らないけどアナタは致命的な変装のミスをしているよ」
「致命的なミス?」
女性が聞き返すとゴブはゆっくりと腕を上げて村長の奥さんと自称する相手の胸に向かって指をさす。
「おばさんのバストはKカップ。 アンタのはどう見てもよくてCくらいの大きさだよ」
まさかの女性の特徴的な指摘に女性は「あら~」とマジマジと自称奥さんの胸元をガン見して、指摘された相手はさっきまでニコニコしていた表情のままピキピキと眉間に皺を寄せていた。
「・・チッ! だからゴブリンなんて下品で卑猥な種族はキモイんだよ。 普段から人間の女相手に欲情してるから胸の大きさを把握してんだよ気持ちわりぃ」
パチンッと自称村長の奥さんが指を鳴らすと、奥さんの姿は一瞬で変化した。
軽装ではあるが腰には剣を装備して最低限の道具が入っているであろう小さい鞄を肩に付けてる姿は冒険者であると明言している。
ただ、その冒険者である女性をゴブは見覚えがあった。
それは女性の方もあるようでゴブの手を握る力が強くなるのが分かる。
「・・どうして、アナタがここにいるの?」
「それはこちらのセリフよ。 アンタは今頃ポイントで男を誘惑してあれこれと遊んでくる頃だと思ってたのに。 まさかそんなゴブリンのガキといるなんて驚きだわ」
冒険者の女性は懐から煙草を取り出すと指先から火を発現させて吸い上げる。
その間にゴブは小声で女性に知り合いなのかと声をかけた。
「彼女はララン・グリード。 セントラルでは有名なA級冒険者の1人よ」
(A級!)
今までゴブを狙ってきたのは最高ランクでB級まで。
理由としてもA級は本来ゴブリンなんて低級魔族ではなくもっと上級の魔族を中心に狙って討伐するものなのだ。
(まずいッ! A級じゃあオイラなんて太刀打ちできない! どうする、このまま森の中へ逃げ込めば逃げ切れるか?)
「あぁ、森の中はやめとけよ。 どうせ死ぬ」
「!」
考えを読まれたように喋るラランにゴブは思わず驚愕する。
「今頃お前の村と周囲の森には私の部下が、お前を殺す為に身を潜めて機会を伺ってる。 私もあんまり騒ぎにしたくないからね。 大人しく殺されてくれ。 っていうか死ね」
「待ってララン。 貴女のそのセリフ、なんだかこの子を殺しにきたように聞こえるんだけど」
ゴブに殺気を向けるラランに間に立ち塞がり質問をする女性にラランは面倒くさそうに煙草を吐く。
「なぁ~に言ってんだアンタ。 冒険者が祭りを楽しまずにこんな人通りの少ない場所にいるんだ。 魔族の討伐クエストの為に来たに決まってんだろ」
「それが、この子の討伐?」
「あぁ、その通りだ」
「~~~~~~ッ!」
その返事と共に、ゴブは女性の手を振りほどいて森の中へ走っていた。
「あっ! 待って!!」
「待つのはアンタだ」
ゴブを追いかけようとした女性の腕を掴み止めたラランは乱暴に引き寄せて視線を合わせる。
「アンタこそどういうつもりだ。 アンタのような身分の人間がゴブリンと一緒にいるなんて大事件だぞ」
「―ッ! 貴女には関係ないでしょ! 手を離して!!」
「それはできねぇな」
「どうして!」
「私の依頼は2つ。 1つはあのゴブリンのガキの討伐。 そして2つ目は、アンタの身柄の拘束だ」
ラランが取り出した1枚の紙を見て、女性は息を飲む。
「まったく。 アンタも大概面倒な事に巻き込まれてんな。 聖女様」




