女川君は目立ちたくない
《馬場礼二視点》
俺のスパイクが完璧に止められた!?
俺、馬場礼二は自分の渾身のスパイクを止められ、酷くショックを受けている。これでも、俺は中学の全国プレイヤーだぞっ!?
止めたのは、入学早々に自己紹介をやらかした1-A組屈指の超ド級の変人、女川透という同級生だった。ボーっとした顔をしているから気が付かなかったが、思い出してみれば、彼は一度としてミスをしていない。
すべてのボールを見事に真ん中にレシーブし、目立ちこそしないが、Aチームを裏から結果的に支えていたのは女川透だった。彼のプレーに自分がまだ小学生だった時の記憶がふと、蘇る。その頃から、既に自分はバレーボールを始めていた。
そして、小学5年生の夏の大会、あまり目立ちはしないが、妙に印象的だった選手がいたことを思い出す。その選手は、激しいスパイクやスーパーレシーブをするわけではなかったが、常にレシーブしたボールを毎回、寸分違わず、セッターの真上に届けていた。
バレーボールを習えば、最初の方に教えられるレシーブしたボールはセッターの真上に届けろという言葉、その選手はその身で体現していた。その選手は記憶に残るプレーをすることはなく、淡々とした基本的なプレーをし続けた。
何一つ、記憶に残るプレーはしないが、淡々と基本的なプレーを絶えず繰り返す。それが、彼であった。
女川透……! お前はあの時の選手か!?
馬場礼二は小学5年生の時の記憶を思い出し、あの夏の大会の地味だか印象に残った選手が女川透であったと結論付ける。
こんな高校のバレーボールの試合で自分のスパイクを止める選手がいるとは思わなかったぜ……! 女川透……お前は全力で俺が潰す!
ーーーーーーーーーー
んっ? なぜかBチームの経験者君が俺を睨んでいる。俺、彼に何かしたっけ?
Bチームの経験者君の豹変に驚きながらも、俺はいまだに自分を褒め称えるチームメイトを見て、現実逃避する。アー、キョウモソラガキレイダナー(棒読み)
「ホントにすごいよ女川君! 俺なんて一度も止められなかったのに!」
池谷君が元々輝いているイケメンな顔を更に輝かせ、追い討ちのように賞賛する。
池谷君……まぶしいぜ! この眩しさをどうにかするにはサングラスが必要かもしれない。しかし、池谷君が自分を引き合いにして、俺を褒めたことにより、クラス中が俺にすげぇなあ、といった感じの視線を俺に注ぐ。
やめろ! やめてくれぇ! 俺をそんなに見つめないでくれぇ!
俺がクラスメートのからの羨望の視線に怯えていると、コートの外で主審をしていた日野さんが、ピーッ! と笛を鳴らす。
「こら、Aチーム。騒ぎたくなるのはわかるけど、あとに他の試合も控えてるんだから、落ち着くように」
そう言って、堕天使ちゃんはAチームにポジションへ戻るように指示をする。
堕天使ちゃん……! ごめんよ、堕天使なんて(勝手に)名付けちゃって。君は間違いなく天使ちゃんだ! いや、こうなったら大天使ちゃんに格上げだ! 持ってけどろぼう!
大天使ちゃんに(俺の中で)格上げされた日野さんは、Aチームが全員ポジションについたことを確認し、ピーッ! とAチームにサーブを打つようにと、笛を鳴らす。
我がチームのサーバーは池谷君だった。ジャンプしてサーブを打った池谷君のボールは、Bチームのコートの真ん中に飛んでいく。その勢いから見て、後衛のセンターの子の実力じゃ取れないだろうなぁ、と俺は考える。
しかし、後衛のレフトにいた経験者君が無理矢理、センターの子の前へ割り込み、サーブをレシーブしてしまう。レシーブしたボールは綺麗にセッターの子の真上に向かって飛んでいく。
「俺に持って来い!」
そう言って、経験者君はバックステップし、助走のための距離を作る。そして、一瞬俺を睨む。
ええ〜、もしかしなくても俺が狙いですか〜?クソ〜、なまじっか、さっき活躍しちまったから、さっきより明らかに実力を落としてブロックに行けば、怪しまれてしまう。
しょうがない、真っ向勝負受けてやろうじゃないか! ブランク4年半の実力を見せてやるッ!
瞬時に勝負することを決断したのと同時に、Bチームのセッターがトスを上げる。経験者君のステップと体の角度をしっかりと確認し、経験者君が飛ぶのに少し遅れて、俺もブロックするために飛ぶ。
バシーンッ!
「ぐっ……!」
俺の手と激突したボールは派手な音を立て、コートとコートを挟むネットの真上を飛んでいく。
くっ……! 思った以上に強いスパイクだ! 手に当たると同時に、体が吹き飛ばされてしまった。
AチームもBチームもネット際を飛ぶボールの行方を見守る。
ネット際をフワフワと飛んでいたボールは……Aチーム側のネットに引っかかった後、静かにトントントントン……と音を立てて落ちるのだった。
「しゃあ!」
Bチームの経験者君が一人大きくガッツポーズを取ると同時に、試合の終わりを告げる笛が鳴らされる。
ピーーーッ!
笛の音を聞くと同時に、緊張していた両チームが弛緩する。それから間もなくAチームのメンバーは肩を落とす。このスポーツ大会はレクリエーションみたいなものだと思うが……まあ、それだけみんな真剣だったのだろう。皆と同じく肩を落としていた有馬が口を開く。
「ハァ……。まっ! 負けちまったけどよ……楽しかったな!」
有馬の発言にAチームのみんなが首を何度も縦に振る。まぁ、俺以外なんですけどね……。
「透も最後はすごかったな! 馬場のスパイクをブロックしちまうなんて……さてはお前経験者か?」
有馬はふざけた様子で俺に話しかけるが、心当たりがある俺にとっては気が気でない。ていうか、経験者君の名前、馬場っていうのか。
「そそそそそそ、そんな訳ないだろ!?」
「ハハハハハ、冗談だよ!」
そう言うと、有馬はAチームのメンバーに話しかけて行く。なんてコミュ力の高いやつだ……。
とりあえず、俺が経験者だってのはバレなかったみたいだな……。まぁ、目立たないっていう一番の目標は達成できなかったんだけど。
その後、スポーツ大会は順番ずつ試合が行われ、すべての試合の日程が終わると簡易に閉会式が行われ、終了するのだった。ちなみに優勝はBチームだった。
期せずして目立ってしまった……クソッ!
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