罪の記憶8
「アハっ! 女川君、待ってたよ……」
中に待っていたのは、手紙の差出人である白雪真代ではなく、クラスメートの初瀬凛であった。
「待ってた? 俺はお前と約束なんてしていないぞ」
それより、白雪はまだなのだろうか? 白雪の方から視聴覚室で待つと書いてあったのに、未だ視聴覚室に来ている様子はない。
俺より先に教室を出ていたから、てっきり先に視聴覚室に向かっているのだと思っていたのだが……。どうやら、それは俺の勝手な勘違いだったらしい。
まぁ、昼休みに待つって書いてあっただけで、何時何分に待つと書いてあったわけではない。大方、どこかで昼飯でも食っているのだろう。
勝手に勘違いして、すぐに視聴覚室に来てしまった俺が悪いのだ。ここは白雪が来るまで待つとしよう。
俺は白雪を待つまでの間、近場にあった席に座ろうとする。しかしーー
「白雪さんなら来ないよ、女川くん」
ーー初瀬の発言に椅子に座ろうとしていた俺の体が止まる。
「……なんで今日、ここに白雪が来ることを知っている?」
「フフフ……。そんな事はどうでもいいことだよ」
初瀬……はぐらかすつもりか。
「どうでも良くない。今日、ここに白雪が来ることを知っているのは、俺と白雪本人だけのはずだ。部外者のお前が知っているのはおかしいんだよ」
「もう、そんなにトゲトゲしくしないでよ。ねえ、白雪さんなんて放っておいて私とお話ししようよ」
「しない」
初瀬と話すことなど特にない。どうしても話したいなら、そこらの男子を捕まえてくれ。話をするだけなら俺以外の人間でも事足りる。
「フフッ……つれないね。一応、私は女川くんの恋人なんだよ?」
「あれは周りが勝手に勘違いして言ってるだけだろ。俺と初瀬がそんな関係じゃないってことは俺とお前が一番よく知ってるだろ」
「フフフ……そうだね。確かに、私たちは恋人なんかじゃない」
その通りだ。俺と初瀬凛は恋人関係ではない。過去を含めて現在進行形でそれが変わることはない。それなのに、何故か最近、学校では俺と初瀬が付き合っていると噂になっている。
それどころか、どこかで噂が捻じ曲げられたのか、俺が初瀬に乱暴を働いたという噂まで出回る始末だ。
俺は初瀬に指一本触れたことがないっていうのに。どうやって触れずに乱暴を働くというのか。
あれか? 遠当てか? 触れずに相手に当て身を入れるというあれか? そんな現実に実際に存在するか、眉唾物な技術を身に付けた覚えはない。
もしくはあれか? 言葉の暴力ってやつか? 初瀬に暴言吐きまくって傷付けたとかそんなのか?
俺は初瀬に自分から話し掛けたことは一度もないというのに。いつも話し掛けるのは初瀬の方からだ。それに俺は適当に相槌を打つだけ。
まともな会話が為されたことはたったの一度もない。仮に、初瀬が俺に話し掛けるようになった事に嫉妬した連中が、こんな噂を流し始めたのだとしたら、俺は二度と美人と話すことは失くなるぞ。
美人と話すたびにこんな面倒事に巻き込まれるのであれば、二度と美人と会話しない人生でも俺は一向に構わない。
「とにかく、俺の方には初瀬に用なんかない」
「女川くんの方に用がなくても、私には用があるんだけどなぁ」
「悪いが、その用は後日にしてくれ。俺はここで待ち人がいるんでな」
「フフフ……。だから、白雪さんは来ないよ」
「……一体、どういうことだよ?」
初瀬の口ぶりからするに、俺がここで白雪と会おうとしていた事を知っているみたいだ。しかし、どうやって待ち合わせている事を知ったんだ。
「私が何故知っているかなんて、どうでもいい事だよ。大事なのは……この場には私と女川くんしかいないって事だよ」
「……何を言いたい?」
初瀬の意図が読み切れない。俺と白雪が待ち合わせていた事を知っていたことも妙だが、何故ここに初瀬がいるのかというのも疑問だ。
もし、偶然待ち合わせを知ったからといって、それを邪魔する必要は初瀬には無いはずだ。俺と白雪がどうなろうが、初瀬には関係ない。
初瀬はゆっくりとした足取りで、俺に近づいて来る。
「別に女川くんに言いたい事なんて無いよ。私がここで果たすべき役割は女川くんと話すことじゃないもん」
話している間にも、初瀬と俺の距離が近づく。もう少しで、互いに触れられる距離になる。
「私の果たすべき役割。それはーー」
「…………」
「ーー女川くんを罠に嵌めることだもん」
途端、初瀬に無理矢理押し倒される。いや、正確には俺が初瀬を押し倒したように態勢を崩される。初瀬の突然の奇行に俺はなす術なく、初瀬の意図通り体を動かされる。
「キャーーーーーー!!!!!」
俺と一緒に倒れた初瀬は倒れるなり、俺の手を自分の胸に動かした後、思い切り叫ぶ。咄嗟に手を退かそうとするが、腕を極められており、腕を動かせない。
「誰かッ! 誰でもいいから助けてーーーーッ!!!」
「初瀬、なにを……!」
ーーガチャ。
初瀬の奇行に苦言を呈する俺を遮るように、突然、視聴覚室の扉が開く。当然、俺は扉の方へと顔を向ける。
「女川透……お前の犯行はバッチリ目撃したぞッ!」
扉を開いた人物、それはクラスの中心人物、片桐颯太であった。
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