罪の記憶2
《高嶺冷音視点》
「本当に聞いていいの? 調子が悪いんなら明日でもいいのよ?」
そう言って、私は目の前に座っている白雪さんを心配する。
約束通り、歴史研究部の部室に白雪さんは来てくれた。しかし、来てくれたのは嬉しいのだが、明らかに彼女の顔色は悪かった。体も若干ふらついており、見る人が見れば病人に勘違いされる事もあり得る。
どう見ても、今から女川君との過去を語れるとは思えない。このまま過去を話しても、途中で倒れてしまうかもしれない。心配せずにはいられないほど、白雪さんの顔は青褪めていた。
「いえ、大丈夫ですから……」
「でも白雪さんあなた、顔色が真っ青よ。今すぐ休んだ方がいいわ」
心配して声をかける。
「大丈夫ですからッ!」
白雪さんの叫びが部屋の中で反響する。私の心配する気持ちは白雪さんの叫びによって打ち消される。
「本当に……大丈夫ですから……!」
「そう……。アナタがそう言うなら私からはもう何も言わないわ」
白雪さんの意思は固い。恐らく、話した結果、倒れてしまっても全てを話すつもりだろう。これ以上は何を言っても無駄ね。
私ができる事は大人しく話を聞いて、出来るだけ早く彼女の話を終わらせてあげる事だけ。
2、3回、白雪さんは深呼吸をする。呼吸を整えた白雪さんは女川君と彼女の過去を語り始める。
「透が傷付いてしまった2度目の事件、あれは私たちが中学に入ってからの話です……」
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《白雪真代視点》
私と透は中学生になった。透とは、小学3年生の時の出来事以来、あまり話せていなかった。もちろん、何度も話しかけようとした。
でも、透が向ける無機質な表情に私は耐えきれなかった。その表情から、私とはもう関わらないという透の意思を感じ取れる。
透の拒絶の意思を込めた眼に何度も心が折れ、伝えたい言葉をいつも喉元まで出しては、引っ込める。あの日から私は一歩も進んでいない。
元々、人を寄せ付けなかった透の性質は、時を経るごとに加速し、中学に入るまでには誰も話しかけなくなっていた。いや、正確には近寄りがたいオーラを透自身が発して、誰も近付けなくなっていた。
一向に改善しない関係、友達ですら無くなった関係に私の精神は限界に来ていた。だからこそ、中学からはどうにかしたいと思いを馳せる。
いつまでも前に進めずにこのままの関係を続けるなんて嫌だ! また前みたいな関係に戻りたい。透と恋人だった日以上に幸せを感じ取れた日は無かった。絶対にあの時みたいな関係に戻ってみせる!
中学生になった事を契機に私は一念発起する。
でも、いつも現実は私の望む方向には転がっていかない。この後、結果的に私のせいで透を傷付けてしまう。環境の変化が私に齎したものは更なる試練だった。
「白雪さん、好きです! ボクと付き合ってください!」
中学に入ってから1ヶ月ほどして、私は校舎裏で告白されていた。けど、これが中学に入って初めての告白という訳では無かった。目の前に立っている男子以外にも、入学してから私は3人の男子から告白されていた。
目の前の男子は確か、中学から同じ学校になった人だろう。同じ小学校だったなら知っている筈だからだ。私が今まで一度も告白を受けた事が無いことを。
地元の小学校ではそこそこ私は有名だった。曰く、誰にも落とせない高嶺の花だとか何だとか。そんな噂から私を一度でも見聞きした人物なら誰も告白する人は居なくなっていた。
告白するのはよっぽど自分に自信がある人だけだろう。目の前の男子も一般的に見て、イケメンと言われる部類の顔である。告白してきたその表情からはどこか自信が窺えた。
でも、私がこの告白を受ける事はあり得ない。だって、私が好きなのは透なのだから。興味のない人達からは好かれるのに、肝心の想い人からだけは好かれない。なんて皮肉なのだろう。
「ごめんなさい。アナタとは付き合えません」
目の前の男子の告白を断る。これで終わりだ。でも、今回の男子は少しだけしつこかった。
「どうして!? 他に好きな人でもいるの!?」
「あなたに教える義理は無いわ」
男子の問いへの返答を拒否する。
「なんで! 勇気を出して告白したんだから、教えてくれたって良いだろッ!」
男子が踵を返す私の手を掴む。
「離してッ!」
私は手を振り回して、手首を掴んでいる男子の手を振り解こうとする。しかし、男女の力の差のせいか、手は振り解けない。
「離して欲しかったら、教えろよッ!」
普段なら絶対に言わなかっただろう。だけど、透との関係が中学に入っても何も変わらない事に苛立っていた私は、思わず好きな人の名前を、透の名前を出してしまう。
「透! 女川透よ! これで満足!? 早く離してッ!」
再び腕を振り回すと、男の手を振りほどく事ができる。振り解けた隙に、走り出す。私は急いで、その場から離れた。幸い、男子は私を追いかけて来ることは無かった。
いつも通りだ。いつも通り告白を断って、透を目で追いかけるだけの日常に戻る。私の生活は小学校時代から変わっていなかった。
この時の私はまだ、そんな事を思っていた。透の事で頭がいっぱいだった私は、人の悪意というものについて考えていなかった。私は確認するべきだった。
校舎裏でポツンと佇む男子の顔が憎しみで歪んでいる事を私が知る事は無かった。
取り残された男子はポツリと漏らす。
「女川透……この屈辱は忘れないぞッ!」




