罪の記憶
《白雪真代視点》
私と透が付き合い始めてから、特に何かが変わるということは無かった。強いて言えば、一度だけ唇が軽く触れる程度のフレンチキスをした。キスをした時は、それはもう舞い上がった。
子供ながらにそれ以上の行為を知っていた私は、透にそれらの行為を求めたこともあったが、透の『そういう事は責任を取れる年齢になってからにしよう』という言葉に納得した。
透が私を気遣ってくれていると分かっていたからだ。その後、私と透はプラトニックな付き合いをしていた。透と付き合っている、これからもずっと一緒にいられるという事実だけで、私はとても満足していた。
しかし、実際にはそんな幸せな日々は長くは続かなかった。
ある日、私と透がいつも通り、手を握って家に帰っていると5、6人の同級生に囲まれた。あっという間に私たちを囲った同級生たちは口々に揶揄い出した。
「お前ら、やっぱり付き合ってんじゃねーのか」
「手を握りあって帰るなんて、お熱い夫婦だな〜」
「もうキスはしたの〜?」
「私、怪しいと思ってたんだよね〜」
学校の人間には付き合っている事を隠していた私はとても焦った。当時、思春期に入っていた私は付き合っていると知られる事がとても恥ずかしい事だと思っていた。思春期ゆえの病気みたいなものだ。しかし、だからこそ、私はつい同級生たちの言葉を否定してしまう。
「つ、付き合ってないよ! 私と透はただの友達だよ!」
その時、透の表情は曇っていたのかもしれない。でも、誤魔化すことで必死な私はそんなことに気付かない。もし、気付いていたなら辞めていただろう。
「そうだよね〜。真代ちゃんと透君じゃ吊り合ってないもん」
「そっ、その通りだよ!」
自分のことでいっぱいな私はどんどん否定の言葉が出てくる。透がどんな表情をしているのかも分かっていない。
「まぁ、そりゃそうか。女川って何を考えてるか分からないし、ちょっと不気味だしな」
「おいっ、お前それは言い過ぎだって〜」
「ハハッ、悪り〜悪り〜」
同級生たちの口さがない言葉が透に突き刺さる。本来、私はここで怒るべきだった。しかし、現実はそうはならなかった。
「そっ、そうだよ! 透みたいにボーッとしてて何を考えているか分からない人をーー」
透の表情は俯いていて見えない。
「私が好きになるなんて有り得ないよ!」
そう言った途端、透が顔を上げる。その表情は今まで見たどの表情にも当てはまらない、無機質な表情をしていた。目からは力が感じられず、ゾッとするほどに透の表情からは何も感じ取れなかった。
この時、私の胸に謎の不安感が訪れる。しかし、その不安の正体を感じ取る暇もなく、同級生たちに囲まれてしまう。透はというと、踵を返してそそくさと私から遠ざかっていく。
「待っーー」
追いかけようと手を伸ばすが、同級生たちに阻まれ、伸ばした手は虚空を掴む。遠ざかっていく透は、一度も振り返ることなく、やがて見えなくなった。
結局、私が同級生たちから解放されたのは、かなり暗くなってからであった。家に帰ってから大きく溜め息を吐く。そして、今日の透の事を思い出す。
胸には不安な気持ちが到来していたが、この時の私はまだ『透、私の言った事が冗談だって分かってくれるよね?』と、呑気に考えていた。もう、取り返しがつかない事を知らずに……。
翌日の朝、いつものように透の家に行くと、透の妹ちゃんから透が既に家を出たことを告げられる。
どうして? いつもなら私が来るまで玄関の前で待ってくれてるのに。毎日、一緒に登校するというのは、私と透が付き合い始めてから決めた約束事だった。なのに、透は既に家を出たと言う。透は一度も約束を破った事はなかった。
この時、初めて私の胸に強く不安が訪れる。もしかして、透は昨日のことに傷付いているのかもしれない。愚かなことに、この時初めて、私はその思考に行き着く。
早く謝らなくちゃ! 早く謝罪をしないと、取り返しが付かなくなるかもしれない。焦燥感に駆られ、学校へと急いで走る。
いつも通っている道なのに、今日はとても遠く感じる。やっとの思いで学校に着いた私は、すぐに透を探す。しかし、透は教室を探しても、図書室を探しても、体育館を探しても見つからなかった。探している内に予鈴がなり、諦めて教室に戻る。
結局、透の姿を見たのは1時間目が始まる直前の時だった。遅刻をしたのに、淡々と無表情で教室に入ってくる。すぐに私は声を掛けようとするが、1時間目の始まりを告げるチャイムに阻まれる。
その後も何度か声を掛けようとしたが、授業が終わるとすぐに透はどこかに行ってしまい、話しかけられずにいた。こうなったらと思い、私は放課後に話しかける事を決意する。
帰りのホームルームの時間になり、先生がホームルームの終わりを告げるのを虎視眈々と待つ。
「これにてホームルームを終わります」
先生のホームルーム終了の合図を聞き、私はすぐに透の方へ向かう。透がすぐに教室から出た事を確認し、私も慌てて追いかける。今度こそ、ちゃんと話を聞いてもらうんだ!
「透、話を聞いて!」
帰ろうとする透に、何度も声を掛ける。しかし、透は私の声なんて聞こえていないかのように淡々と歩き続ける。一向に止まらない透に、私はついに透の行く手を遮り、どこにも行けないようにする。
「透、話を聞いてよ!」
正面から見つめる透の顔は昨日、去っていく時に見た顔と同じであった。とてもとても無機質な表情。いつも以上に何を考えいるのか分からない顔。
「何ですか、真代ちゃん」
昨日までまーちゃんと呼んでくれていたのに……! 呼び方が変わっている事にショックを受ける。でも、今はそんな事を気にしてる場合じゃない! 私は透に伝えたかった事を伝える。
「透、聞いて! 昨日のは私の本心じゃないよ。周りに人がいたから仕方なくーー」
「あれが本心じゃないって言うなら、僕は何を信じればいいの?」
「それはーー」
私が口を開こうとすると、透の声が遮る。
「もし、昨日言ったことが嘘だったとしても、もう僕は真代ちゃんを信用できない。僕は君と付き合っているんだと思っていた」
「……」
透の雰囲気に飲み込まれ、口から言葉が出てこない。
「でも真代ちゃんは僕の事を好きじゃないと言った。僕はどっちを信じればいいの?」
無機質な瞳で見つめられ、思わず後ずさりする。
「僕は……真代ちゃんには付き合っているって認めてもらいたかった……。でも、何もかも嘘だったと分かった以上、僕たちの関係は終わりだ」
そう言うと、透は昨日のように私に背を向ける。そして、ゆっくりと遠ざかっていく。
「待って、透!」
追いかけようと私も必死に手を伸ばす。けれど、今度は透自身の手で私の手は払われる。
「真代ちゃん、今までありがとう。僕なんかと嘘でも付き合ってくれて、嬉しかったよ」
透の背中がどんどん遠ざかる。透を追いかける事を邪魔する者は誰もいない。しかし、私の足は一向に動いてくれず、遠ざかる透の背中が見えなくなるまで私はその場で立ち尽くすのだった。
ーーーーーーーーーー
《高嶺冷音視点》
「……これが私と透の間であった出来事です。私の最初の罪……。私に素直になる勇気が無かったから透は壊れてしまったんです……」
なるほど……。これが女川君の過去にあった事……。でも、気になるのはこれが最初だと言う事だ。女川君の過去には続きがある? おそらく、その出来事が彼が恋愛を忌避するようになった要因だ。
女川君との過去を語った白雪さんは少し憔悴している。これ以上聞くのは彼女の精神的に良くない。一旦、女川君の過去を聞くのは中断しよう。
「白雪さん、今日はここまでにしておきましょう。あなた、少し休んだ方が良いわ」
「……分かりました」
私の提案に白雪さんは首を縦に振って、肯定する。
「それじゃあ、明日もここで話を聞いて良いかしら?」
「……はい」
白雪さんはしばらく俯いていたが、やがて顔を上げ、ゆっくりと部屋を出て行く。
白雪さんには悪いけど、彼の過去を知るまで止まるわけにはいかないわ。彼の過去を知った上で、私自身の気持ちにけりをつける。そうして、初めて私は前に進めるのだから。
この作品を面白いと思ってくれた方は評価、ブックマークをよろしくお願いします!
↓現在連載中の作品
午前のオレと午後のワタシ〜TS(性転換)体質の俺を巡って超絶美少女のクラスメートと学園の王子様が修羅場すぎる〜
https://ncode.syosetu.com/n3671jw/
彼女に裏切られて自暴自棄になってたら、超絶美少女でお嬢様なむかしの幼馴染に拾われた〜復縁してくれ?今の環境が最高なのでお断りします〜
https://ncode.syosetu.com/n6685hk/




