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告白の返事


「女川君、私の恋人になってくれませんか?」


 高嶺さんの言葉を聞いて、ああ、またかと心の中で静かに思う。身体中の血が冷たくなっていくのを強く感じる。まさか、高校生になっても嘘告をされるなんて思ってもみなかった。


 目の前の女性のどこまでが演技だったのだろうかという疑問と、なぜ彼女みたいな綺麗な人が自分に構ってきた理由も分かる。自分の中で出した結論に俺は至極、納得していた。


 でも、このまま返事を放置するわけにはいかないだろう。正直、面倒だが、それを皆が望んでいるのだろう。ならば、答えてやろうじゃないか。


「すいません、高嶺さんとは付き合えません」


「……どうして?」


 どうしてだと? そんなこと決まっている。この告白が嘘だと分かっているからである。しかし、そう正直に話しても彼女は否定するだろうし、何よりこういう時に一番面倒にならない言葉を俺は知っている。


「実は他に好きな人がいるんです。だから、高嶺さんとは付き合えないんです」


 いつも通りだ。こう言えば、みんな引き下がってきた。しかし、高嶺さんは予想外に粘ってきた。


「その好きな相手って誰なの?」


「言えません」


 そんな人物はいないのだから。


「私より年上? 年下?」


「言えません」


 俺は高嶺さんの質問への返答を否定し続ける。


「髪の色は? 髪型は?」


「……」


 俺が沈黙しても、高嶺さんは質問を止めない。


「いつから好きなの?」


「……」


「同じ学校の人?」


「……」


「もし、アナタがその子に告白して振られたら、もう一度考えてくれる?」


「……」


 一向に終わらぬ質問に、自分でもびっくりするくらい、イラついていることに気付く。


 なぜ、自分でもイラついているのかが分からない。俺という男、女川透は恋愛感情が全く分からない男のはずだ。恋愛ごとにおいて、俺の心が揺れ動くことなどない。そのはずなのだ。


 しかし、いまだに次々と募っていく高嶺さんの質問に俺は間違いなくイラついている。こんなイラつき、無視すればいいじゃ無いか。


 しかし、この感情を早くどうにかしろと心の奥が俺に訴えかける。


 俺は心の訴えに従って、口を開く。


「高嶺さん、もう演技はいいですよ。最初から芝居だったんでしょう?」


「演技? 女川君何言ってーー」


「いつから演技だったんですか? 昨日から? それよりもっと前から? もしかしたら万引きの冤罪の時からですか?」


「女川君、話をーー」


「聞く必要なんかありませんよ。だってこの告白自体も嘘なんでしょう?」


「ちがーー」


「否定しなくても構いませんよ、高嶺さん。全部、分かってますから」


「女川君、あなたは……」


「それじゃあ、俺帰ります。今日はありがとうございました。また、機会があればお誘いください」


 機会などあるはずがない。なぜなら、すべて嘘なのだから。俺は分かっている。自分に好意を向ける者など一人もいない事を。俺は分かっている。他人と関わると碌でもないことになるという事を。


 俺は高嶺さんに一礼をし、足早に高嶺さんの部屋から出ていく。部屋にいる高嶺さんがどんな表情をしていたか、俺には分からない。






ーーーーーーーーーー






《高嶺冷音視点》


「振られちゃった……」


 私の初めての告白、いいえ正確には2回目の告白はハッキリとした拒絶で幕を閉じた。女川君のことが好きだった。だから告白した。


 もし、断られてもスッキリするはずだと思っていた。しかし、全然そんなこと無かった。胸はさっきからぎゅーっと締め付けられ、運動をした訳でも無いのに、呼吸は荒れていた。瞳からは自然と涙が溢れていた。


 初めて知った。失恋すると、人はこんなにも胸が苦しくなるのだと……。


 初めて知った。失恋すると、こんなにも涙が止まらないのだと……。


 初めて知った。失恋しても、こんなにも人は諦め切れないのだと……。


 あんなにハッキリと断られたはずなのに、彼を諦めたくないと言う自分がいる。もしかしたら、人はこの気持ちを押し殺して大人になるのかもしれない。


 でも、この溢れる気持ちを無視するなど、私にはできない。これを乗り越えることが大人になる事だと言うのなら、私は大人になんかならなくても良い!


「もう一度、告白するのよ高嶺冷音。たった一回振られたからと言って落ち込んでる場合じゃないわ」


 初恋は実らないという言葉があるが、そんなもの今の私には関係ない。今まで偽りの仮面を被って、学校でも、社会でも、さらに言えば家庭でも過ごしてきた。私の人生は偽りばかりだった。だからこそ、この気持ちは諦められない。


 彼を好きだと言う気持ちだけは、本当・・なのだから。


 涙でクシャクシャになった顔を乱暴に袖で拭く。ふと、部屋にあった姿見を見ると、そこには目を赤く腫らした私がいた。


「ふふっ、いつも澄ましてる癖に酷い顔ね。こんな姿を見られたら良い笑い物だわ」


 でも、姿見に移った自分こそ嘘偽りない自分だ。思えば、私は久しぶりに飾っていない自分と対面している。


「そうよ。彼の前で飾る必要はない。私と言う人間をぶつけるのよ」


 もし、次に告白するとしたら、そうしなければならない、いや、そうしなければ成功しないだろうと自分の直感が告げている。私は偽りのない自分をぶつけると姿見の前で固く決意する。


「それに……ただ私が好きじゃないという感情にしては、女川君の反応は過剰だった」


 もしかしたら、私の知らない彼の過去があるかもしれない。彼の過去がこの恋を阻むというなら、調べ上げて打ち砕いてみせよう。彼に癒えない心の傷があるのなら、私が癒してみせよう。


 もう、この思いは止まらない。たとえ、止める者がいたとしても、打ち砕いてみせる。


 それほどに私は女川透君のことが好きなのだから。


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