女川透は助ける
「この人、万引きしてませんよ」
俺は今にも連れて行かれそうな女子生徒と店員の間に入り、女子生徒の犯行を否定する。良心が痛むしね。俺にまだ良心があったとは驚きではあるが……。
すると、途端に万引きするところを目撃したという女子生徒の方が激昂する。突然、割り込んだ俺に早口でまくし立てる。
「ちょっと、私はこの女が商品をバッグに入れるところを目撃したのよ! つまり、現行犯なのよ! この女が万引きしたっていう事実は揺らがないのッ!」
うーん、甲高い声に耳がキーンとする。途端に関わらなきゃ良かったって思えてきたぞ。しかし、一度突っ込んでしまった以上、引くワケにはいかない。とりあえず反論しとくか……。
「そう言いましても、そもそもこの女の人……失礼ですがお名前は?」
「えっ……。あっ、高嶺冷音よ」
「高嶺さんが万引きしたという根拠は、あなたが目撃したっていう、その1点だけなんですよ。つまり、あなたが目撃したという証拠以外は何一つとして彼女が万引きした事を示すものはないんですよ」
「クッ……!」
反論すると、万引きを目撃したという女子、略して目撃女子はどうやら図星を突かれた様で口を噤む。逆に、高嶺さんという女子生徒は顔をパーっと明るくさせる。元気が出て何よりである。
うるさい口撃が無くなったところで、俺は隣にいた店員にもさっきの対応を非難する。
「あなたも、高嶺さんの言い分をまったく聞かずにそっちの女の人の意見だけを聞くなんて、店員として、いや人間としてどうなんですか? 見たところ、もう成人はしてそうですけど?」
「ッ!」
自分に矛先が向いてきた店員は、俺の非難に顔を苦渋に歪める。周囲にいた人達も先ほどの店員の対応を思い出し、非難の目を向ける。
周囲からの非難の視線に苦しそうにしているが、まぁ、コイツの自業自得だろう。今度から、物事を決め付けて判断するのは辞めようね。
目撃女子と店員が沈黙したところで、俺はまだ持っていた爆弾を落とす。
俺は傷口には塩を塗り込んで尚且つ、塩焼きにしてやるタイプである。何だか美味しそうだ。あれ、焼いたら寧ろ治療になる場合もあるか? まぁ、どうでもいいか。
「それに俺、高嶺さんのバッグに商品を入れた人物を目撃したんで」
俺の発言に店員を含めた周囲の人達が息を呑むのが分かる。しかし、ただ一人だけ下を向いたまま体をビクッと目撃女子が震わせたのを俺は見逃さなかった。
ここだ! と思い、一気に畳みかける。
「そこで俯いてる女の人、万引きを目撃したって言ってる女の人が高嶺さんのバッグに商品を入れてるのを見ました」
そう言って、俺は目撃女子を指差す。しかし、当然ながら目撃女子も黙っているわけにはいかないと思ったらしい。顔をパッと上げ、反論してくる。
「てっ、適当なこと言わないで!? なんで私がそんなことしなくちゃいけないのよ!?」
「いや、理由は俺には分かりませんけど……」
「ほっ、ほら、何も言えないじゃない! アンタが今、でっち上げたんでしょう!」
はっきりとした答えを返さなかったからか、目撃女子は調子に乗って、一気にまくし立てる。隣にいる高嶺さんは顔を曇らせて、心配そうに俺を見る。
そんな心配しなくても大丈夫ですよ。ていうか、理由なんて別にいらないと思うんだけど……。でも、一応反論しておくか。
「いや、そもそも万引きしたっていう商品に付いた指紋を調べれば、自ずと犯人は分かるでしょう」
「……ッ!」
俺の言葉で完全に目撃女子は沈黙する。周囲の野次馬の人たちはコソコソと野次馬同士で耳打ちし合っている。俺はというと、すかさずズボンからスマホを取り出し、警察に連絡する。
「あっ、もしもし警察の方ですか? あっ、事件です。実は今、〜町の〜スーパーで、か弱い女子生徒が冤罪に遭ってるんですよ。至急、現場に来てくれませんか? できれば、指紋とかか取れるような道具とか持ってきてくれるとありがたいんですけど……。あっ、そうですか。それじゃあ、よろしくお願いします」
警察が来てくれるという約束を取り付け、俺は通話を切る。俺が警察を呼んでいたところの一部始終を見ていた店員と目撃女子は固まっている。
あのままの姿を絵に描いて、美術館で飾れば、結構評判が良いかもしれないな。題名:『固まる女』、作者:パブロ・メカソとかで如何だろう。
とりあえず、固まっている店員と目撃女子を無視し、周囲に聞こえるようにこれから警察が来ることを伝える。
「それじゃあ、これから警察が来ると思うんで、皆さんよろしくお願いします」
「「……」」
その言葉を聞いた店員と目撃女子は項垂れ、脱力したように動かなくなる。隣にいる高嶺さんはというと、肩を下ろし、ホッと一息を吐いている。
うんうん、万引き犯にならなくて良かったね。あと少しで冤罪事件が成立してしまうところだったしね。
警察はそれから、10〜15分後に来た。俺も軽い取り調べを受けたが、俺が見たことをすべて話すと、すぐに解放してくれた。警察の取り調べって長いイメージがあったけど、意外と短いんだなぁ。
当事者達よりもいち早く解放された俺は、スマホで今の時刻を確認する。やべっ、もうすぐ18時になるじゃん。早く家に帰らないと。
俺は食材の入ったビニール袋をしっかり持ち直し、早足で帰路へと着くのだった。
「今日の夕飯はカレーだな」
ちなみに俺はカレーはバー○ント派である。異論はだいたい認める。各々、自分の好きなカレーメーカーを選ぶと良いと思います。
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