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05.計画の始まり


 自室に戻ると、私は抑え込んでいた感情を一気に解放した。


「やったわ!作戦成功よ!カイルにも伝えなきゃ!」

思わず腕を高く上げる。


「お姉様の身代わりにはならない、自分の道を生きる」と決めた2年前から、この瞬間を待ち焦がれていたのだから。


「エミリーお嬢様、はしたないですよ。」

専属侍女“ノア”の冷静な声が響いた。

彼女だけが、この私の本当の姿を知る唯一の人物だ。


「えぇー少しくらい良いじゃない!だって、2年よ!2年!この瞬間をずーっと待ち続けたんだから!」


「そうですね、お嬢様。2年間、本当にお疲れ様でした」

“ユリ”によく似た容姿、黒髪に黒い瞳を持つノアの優しい声に、今まで感じていた重圧が一気に軽くなったような気がした。



「本当に、ここまで長かったわ……」


過去2年間の出来事が、頭の中を巡った。お姉様駆け落ちに始まり、父の無策、家の没落、そして貴族社会からの孤立。私にとって、すべてが試練だった。


だが、私にはどんな手を使ってでも、この領地を再興させるという覚悟があった。

私を冷遇してきた父や母、この家には何の感情も湧かないけれど、この地に住む領民は悪くない。税を上げられ、日々の生活に苦しんでいる領民を救う義務がある。


「お父様と侯爵家の交渉が失敗して、この子爵家が困窮することは分かってたわ。だから、あなたの手を借りて、装飾品や手作りの石鹸を作り、あなたが食材の買い出しやドレスの受け取りに行くついでに、それを売ってもらったのよね」


「私が作った装飾品や石鹸はこれまでにないデザインや香りのものだった。その商品に目をつけた商人たちと、関係を持つことができたのも、そのおかげよ。そして、その中でも、性格・人柄・財産・人脈すべてにおいて、カイル・スミスが最も適していると判断したわ。」


この世界では、女性が自立して生きるのは非常に困難だ。夫の庇護下にない限り、何の権利も持つことができない。平民であっても、社会は男性中心で、女性が所有できる財産も、行動できる自由も限られている。結婚によって夫の名前を名乗ることでしか、社会的な地位や影響力を得ることは難しい。


だからこそ、私はカイルとの婚約を選んだ。彼は貴族ではなく平民だが、その財力と人脈は、貴族以上の価値を持っている。そのため、貴族としての立場を利用し、《貴族の名誉》を餌に、慎重に関係を築き、最後には契約結婚へと持ち込んだ。


ノアは静かに頷いた後、思い出したように微笑んで言った。


「あの時の商人たちの顔は、今でも忘れられませんわ。お嬢様が貴族として取引を持ちかけた時、皆が驚いていましたもの」


「そうでしょ?」


私はノアに同調しながら、あの瞬間のことを思い返した。彼らの驚愕した顔は確かに忘れられない。貴族の名誉を武器に、商人たちを巻き込むことに成功した瞬間だった。


「でも、この成功もあなたのおかげよ、ノア」


私は感謝の気持ちを込めて彼女を見つめた。


「あなたがいなければ、全ての取引を代わりにこなすことはできなかった。屋敷に閉じ込められていた私の代わりに、外の世界で動いてくれたのは、あなただもの」


ノアは目を伏せながら、静かに答えた。


「お嬢様、私はただ、お嬢様のご恩に報いているだけです。私は、あなた様にゴミだめのような場所から救っていただきました。その恩返しができることは、私にとって何よりの喜びです」


「そうね、もう3年になるのかしら。あなたと出会ってから、あっという間だったわね」


 私はしみじみと思い返した。あの日、孤児だったノアを迎え入れ、専属侍女として教育して欲しいと父にお願いしたことが、今の私にとってどれだけ大きな意味を持っているのか。


「実を言うとね、最初にあなたを見かけた時、私はあなたの黒い髪と黒い瞳に一目惚れしてしまったの」

私は微笑みながら言葉を続ける。


「でも、今はその忠誠心と努力が、何よりも嬉しいの」


ノアは目を少し潤わせ、「お嬢様……」とつぶやいた。


「これからも、よろしくね、ノア」

私はそっと彼女に手を伸ばし、軽く肩に触れる。


「はい!お嬢様、私はこれからも一生、あなた様にお仕えさせていただきます!」

ノアは真剣な表情で答えた。



「よーし、そうとに決まったら、やることやらないと。色々山積みなのよ。」


私は一息つき、頭の中でやるべきことを整理し始める。


「まずは、荷物の整理ね。使わなくなった家具や装飾品を売って、少しでも資金を作らないと。それから、取引記録と出納帳の見直し、無駄がないか確認しておくわ。後は……子爵家の財産を管理してくれる信頼できる人材を探す必要があるわね。無能な父に代わって、しっかり管理しないと破滅するもの」


「もちろん、私に仕えてくれていた侍女たちの面倒も見るわ。勤勉な子には推薦状を書いてあげる。それから、持参金や結納の交渉、婚姻用の衣装や装飾品の準備も必要ね。あ、あと結婚に向けた宣伝活動も忘れちゃダメ。カイル様の商会に関わる話も整理しておかないと……」


頭の中で次々と項目が浮かんできて、少し混乱し始める。


「それに、挨拶状の手配も必要だわ。平民の商人と結婚するなんて、世間の反応はどうなるかわからないけれど、こちらが先手を打って礼儀を尽くしておかないと。各方面に私たちの結婚を知らせるために、公式の文書も作成しなきゃ……それに引越しの手配、式の準備も……もう、やることが多すぎて!」


ノアが困ったように微笑みながら口を開く。

「お嬢様、それも大事なことですが、忘れてはいけないことが一つありますよ」


「え?」


「それは自分磨きです!」ノアが断言する。


「たとえ契約結婚であっても、結婚は結婚。貴族たちや使用人たちは平民との結婚を馬鹿にするかもしれませんが、彼らを見返す準備が必要です。お嬢様の美しさを最大限に引き出すため、衣装に合った髪型や装飾品を考えなくてはなりませんし、何よりお肌や体型の管理も重要です」


「ええ……」


「つきましては、夜更かしと夜食は禁止です!お嬢様、今日からしっかり体を休め、準備を整えましょう!」


「そんなぁーー」

疲れた表情で嘆く私に、ノアはしっかりとした目で笑顔を向けた。


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