とあるAIの最期
三人称視点
男は名もなき豚鬼だった。正確には名はあるが、プレイヤーとの交流はなく、戦場でも個として認識されない雑兵である男に、個体名は過分であった。
男はよく分かっていなかった。よく分からずに紛争が始まり、よく分からずに戦場に立ち、よく分からずに同族だったはずの敵と言われた者たちを殺している。でも、賢く頭の回る友は早々に壊れてしまったから、よく分からないままで良いのだ。これで正しい。そう思いたい。
なんだかんだ生きてきた。狩りも人との関わりも大して上手くはないけれど、家族と少しの友と、優しいココ族のみんなの助けもあってここまで生きてこれたのだから、きっとなんだかんだで生きるのだと。
その悪魔を見た途端、そんな思いは吹き飛んだ。
甘い世界で生きていたのだ。お花畑で手と手を取り合って生きていくような、そんな世界で。苦しくて痛くて帰りたくて元に戻りたくてたまらなかったさっきまでの戦場すら、ぬるま湯に思えるような。
破壊を象ったような、騒乱を具現化したような、それは、暴力の化身だった。
荒々しさを、躍動を、力強さを、猛威を。全身を使って、戦場の全てを使って、全てを殺し尽くすまで止まらない。嵐のように吹き荒ぶ暴力。
「なんで」
男には分からない。なぜここに立っているのか。なぜこうなってまで自分は逃げ出そうとしないのか。分かったことは、一つだけ。男が持つ一つの才、運営から与えられた【直感】で理解した。
楽しんでいる。
悪魔は笑んでいた。その顔に、瞳に、憎しみは欠片もなかった。
慈愛ではなかった。邪悪ではなかった。ただ純粋に、楽しい遊びをして、目一杯楽しんでいるだけだった。
それが理解できた瞬間、男の祖母が語ったおとぎ話のデータを参照する。
「随分昔だがねぇ、魔王と呼ばれる魔族がいたのさ。なに、国を治めてた訳じゃない、そいつはね、べらぼうに強くて、戦いを愛していて、そして何より…狂っていなかったのさ。憎しみに狂っていたらまだ分かった。怒りに狂っていたらまだ分かった。金に、飯に、女に狂っていたら…そんなに分かりやすいことはないさ。でもねぇ、違った。純粋で、無垢で、暴力を振るいたいだけの暴力そのもの。それがみんな、恐ろしくてたまらなかった。だから、魔王と呼んで遠ざけたのさ。神と名付けなかったのは…ヒューマニティへの反抗心と、災害なんかじゃない、あれも目の前に存在しているからには殺せるはずだって願望からかねぇ」
そんな、目の前に迫る暴力に対してなんの役にも立たないデータが巡った。
苦し紛れに放った槍の一突きは軽々と避けられて、返す蹴りで身体が宙に浮く。
幼い頃父にしてもらった高い高いのような浮遊感と、遅れてくる痛み。詰まっていた息を吐く余裕もなく咳き込む。
地に落ちて、背中を打って、踏み潰されんとする直前、ある疑問が出力された。
この悪魔は魔王か、神か、それとも、また別の──
これから死にゆくだけの男には、分かるはずもなかった。
(三人称視点に矛盾があるのはどうなんだろうと思いつつもこっちのが書きやすかったので…
一応理屈は用意してます)




