異変
ネグロに到着した俺達は、街に入るなり『異変』の一端を垣間見た。
暑い。とにかく暑いのだ。いくらここが温かい地域だからって、もう秋になるのに。この暑さのせいだろうか? 街の住人はみんな家に引きこもっているらしい。
だらんと項垂れたリーファが手で扇ぐ。
「う〜、暑いよう……この街の中って前来た時は外より涼しくなかった? どうして中の方が暑いの……?」
「ダンジョンの方なんてもっと暑かったはずだぞ。これ、どうなってるんだ?」
ケイトなんて小さな舌を出してへふへふと荒い息をしている。額には大粒の汗が浮かんでいた。
「とにかく行ってみるしかないな……」
「この気温が異常だというのであれば、確認しませんと。あまりにも続くようだと住人の皆さんも困ってしまうでしょうから」
「ダンジョンの異常か……」
「どうした、レイス。何か思うところでもあるのか?」
ダンジョンがある東の方へ向かいながらレイスに話を聞く。彼は本を読み聞かせるように、その知識を並べた。
「過去にもダンジョンに異変が起きた事例があるという。何が切っ掛けかは分かっていないが、一説では英雄が現れる予兆とされているそうだ」
「英雄が現れる予兆? たしか英雄は五百年くらい前に来た人が最後……だったよね、オリヴィエさん」
「はい、そうです。もしその説が本当なら、新たな英雄が現れたということですか?」
「どうだかな……これに関しては私よりも教会の方が良く知っていることだろう」
涼しい顔をしているが、レイスの肌にも汗が滲んでいる。ノーデン大森林って涼しい方だもんな。暑いの苦手そう。
それにしても英雄か。もし本当に新しい英雄が現れたっていうのなら会ってみたい。もしかしたら俺が記憶を取り戻すキッカケになるかもしれないしな。
「あ、そうだ。ダンジョン行く前にギルドに寄ろうぜ。何か情報がないか聞いてみよう」
極寒ノ淵境での反省を活かそう。でもなあ、こんな異常事態だし何も情報ないかもしれないよな。ひとまず行ってみるか。
そんなわけでギルドに向かった俺達だったが、受付嬢はさらりと言ってのけた。
「異変が起きたダンジョンについて、詳しい情報は揃っていません」
「あ、そうなんだ……」
異変っていうくらいだもんな、そりゃそうか。前に起きたのは五百年前らしいし、情報も少ないよなあ。
「ただ一つ言えることは、異変が起きたダンジョンは難易度が上昇している可能性があるということくらいです。挑戦するつもりでしたらお気をつけて。それと、無事帰還できた際には報告をお願いします」
というわけで、あまり目ぼしい情報は得られなかった。平常時ならいい情報が得られたんだろうけどな。でももうクリアしちゃったし、次に情報を聞くのは忘却ノ迷宮に挑戦する時くらいかな。
暫く歩くとダンジョンの前に着いた。冒険者は少ないし、前に来た時はたくさん開かれていた屋台が今では一つしか残ってない。そして何より、火山から溶岩らしきものがダラダラと流れ出ている。ドロリとしたそれは入り口の石門付近まで流れ込んで黒く冷え固まっていた。こんなにも暑いのってアレのせいだったりしないよな?
唯一残っている屋台へ近づく。あ、やっぱり耐熱薬を売っている所だった。店員の羊の獣人がパアッと顔を明るくする。
「あ、お客さんだ〜。まさか本当に来るなんて思わなかったよ〜」
「耐熱薬を買いに来たんだ。えっと……十五本ください」
「は〜い、三千ピアだよ〜」
銀貨で支払って、十五本の耐熱薬を収納鞄に詰めた。
これで準備はオッケーだろ。一人三本あれば充分足りる、よな?
「これからダンジョンに入るの〜?」
「ああ」
「そっか〜。なんだか変なことになってるから気をつけてね〜」
「そうするよ。それじゃ」
さあ、二回目のダンジョンだ。見た目から既に異変が起こってるけど、中はいったいどんな風になっているんだろう?
期待半分恐怖半分で石門の向こうへと足を踏み出した。
中に入った途端、異様な熱気が体を包み込む。間違いない、前に来た時より遥かに暑いぞ。もう耐熱薬を飲んでもいいんじゃないかって思うくらいだ。
でもなあ、一人三本のつもりで来たから……この階層ではまだ使いたくない。
「気をつけて進もう」
こくりと頷いたみんなと共に、最大限に警戒しながら通路を進む。なんか前来た時と道が違うような……? だらりと流れた汗を拭いながら進んでいくと、足元からカチリと妙な音がして体がわずかに沈んだ。
「罠かっ!?」
見ただけじゃ分からなかった!! 地揺れと共にゴゴゴと低い音がする。右の壁に穴が空き、奥からドロリとした真っ赤な液体が流れ込んできているのが見えた。
「走れ!!」
溶岩が流れてくる罠なんてあるのかよ、前はそんなものなかったぞ!!
全員で通路を走り抜ける。広めの部屋に出ると同時に退路を岩壁で塞がれた。
「難易度上昇の可能性とは聞いてたけどさ。なんか、それにしたってかなり難易度上がってないか……?」
「……ああ、そういえば。異変が起きたダンジョンは推奨ランクが一つ上がるそうだ。少なくともそういう傾向があるというだけだがな」
「それ早く言うべきじゃないか!?」
「私達のランクならば問題ないだろう? 情報を入れようにも五百年以上前の話だ。ピュルテ皇国の教会本部に置かれているであろう正式な文書ならばまだいいが行ったところで読めるわけではない、かといってどこの冒険者が書いたかも分からん古い文献を探したところでリターンは望めないだろう」
「うーん、それはそうかもしれないけどさあ」
なんかレイスが吹っ切れたというか……この状況を楽しんでる節すらあるな。さては文献でしか知らない現象を前にワクワクしているなんてことは……いや、もしかしたらあるか? どうだ?
うーんと内心首を傾げていると、天井からボトリと何かが落ちてきた。全員が武器を構える。
黒い岩みたいなゴツゴツした体は丸い頭と無数の脚に別れている。体のひび割れの向こうからは赤い光が漏れ出していて、ギョロリとした目の下には吸盤のような……口?
「見たことない魔物だな」
「うわあ、硬そうだぞ」
魔物は大きく頭を伸ばすと、口から赤い塊を発射した!
「わっ!?」
しゃがんで避けたケイトの頭上を、赤い塊が通り過ぎる。中々のスピードで飛んだそれは岩壁にぶつかると、硬い音と共に地面に転がりジュウウと音を立てた。段々と赤みが引いて黒い岩の姿を現す。あれ、もしかしてとんでもない温度に熱されてる!?
「当たったらひとたまりもなさそうだな……!」
「わたくしがっ!!」
オリヴィエが杖を振るったが、硬い岩に弾かれるばかりだ。先端のトゲで刺そうとしてもわずかに傷をつけるばかりで弾かれてしまう。
「効きませんか……」
俺も矢を放ってみるが、魔力を込めた矢でもかろうじて突き刺さるくらいでダメージが入っているようには見えない。
「よしっ、オイラが行くッ!!」
ケイトは凄まじいスピードで魔物に急接近すると、その岩のような体のひび割れに肉切り包丁を差し込んだ。
「うう……おおおおおっ!!」
ケイトが力一杯に包丁を引くと、岩の断片が剥がれて柔らかそうな中身が露出した。
「おおっ!! あそこを狙えばいけそうだなっ」
狙いを定め、矢を放つ。一本、二本、三本……魔物はジタバタと暴れ、無茶苦茶に岩を吐き出し始めた。
「うわっ、あぶなっ!!」
「ひゃああ!! めちゃくちゃだよ〜!!」
岩を避けている合間にも矢を射っていく。やがて魔物は息絶え、力なく体を崩し……光の粒子になって消えていった。
「か、勝ったの?」
「みたいだな」
正面の壁が開く。あっちに行けってことね。魔物が落とした素材や金貨を拾ってから向かう。
しばらく歩いていると、崖を繋ぐ吊り橋があった。なんでダンジョンの中にこんな崖があるんだよ。
「これ、行くしかないですよね……?」
「だろうなあ……よし、俺から行くよ」
ギシ、と足元で嫌な音がなる。この橋、大丈夫なんだよな?
ゆっくり歩くと案外平気なもので、そう長くない橋だったこともあって無事に渡り終えた。
「よし、いけそうだな。みんな、一人ずつ来てくれ」
レイスが最初に渡った。さすがというかなんというか……平然としてるな。
次にリーファが渡る。少し震えながらだけど、彼女も無事に渡ることができた。
次はケイト。一番軽いからか揺れも少なく、簡単に渡ってきた。怖がってるみたいだったけど。
そしてオリヴィエ。そろりそろりと渡っていた彼女だったが、あと少しというところでブチッと嫌な音がした。
「きゃあっ!?」
「捕まれ!!」
切れた吊り橋と共に落ちていく彼女の腕を掴む。宙ぶらりんになった彼女は、懸命に俺の腕を掴み返した。
すぐにみんなが俺の体を支えてくれる。
「せーの……ッ」
力を合わせて引っ張り上げる。無事に登りきれた彼女は、両手を地面について荒くなった呼吸を落ち着けていた。
「大丈夫か、オリヴィエ」
「……正直なところ、恐ろしかったです」
呼吸が落ち着いた彼女は立ち上がると、服についた砂を払う。
「さあ……行きましょう」
「ああ。そろそろ次のフロアへの道があるといいんだけど」




