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目覚め

 目が覚めると、知らない天井だった。知らない天井、だよな……? うん、知らない天井だ。

 パチパチと何度か瞬きをして、ふと腕がくすぐったくて隣を見る。赤い頭が見える……リーファが床に座ったままベッドに突っ伏して眠っていた。ああ、髪が当たってたのか。

 その頭に手を置こうとして、鋭い痛みが走った。思わず呻き声を上げるとリーファがガバッと頭を上げる。


「エスカくん……?」


 ぽつりと呟いた彼女は、オレンジの大きな目に雫を滲ませている。


「目が覚めたんだね、エスカくん。よかった……よかったよぉ……ッもう目が覚めないんじゃないかってアタシ、アタシ……うう、う……ッ」


 彼女がくしゃりと顔を歪めると、ぽろぽろと涙が溢れ出した。そうか、俺はレイスを庇ってそのまま……。

 痛む腕を動かして、そっと指先で雫を拭う。


「心配かけてごめん、リーファ」

「本当だよ……みんな心配してたんだからね……!」

「ああ」


 柔い両手が俺の手を包む。

 窓の外は明るいままだ。


「俺、どれくらい寝てたんだ?」

「……三日」

「え、そんなに?」


 こくりと頷いたリーファは、すんっと鼻を鳴らした。


「そうか……」


 そっと手を離したリーファはごしごしと涙を拭って立ち上がる。


「アタシ、みんなを呼んでくるね」


 部屋を出ていくリーファを見送ってから、改めて自分の体を見る。見える部分だけでも包帯でぐるぐる巻き、どこもかしこもボロボロで酷い有様だ。少し動くだけで痛いし。


「こりゃ相当だな……生きてるだけマシってことか」


 そういえばレイスはどうなったんだろう。教会でなら治せるんだよな? ちゃんと治療を受けてるといいんだけど。

 そう考えていると扉が開いた。


「あ、みんな……」


 そちらへ顔を向け、言葉を失った。

 心配そうな顔をしたリーファとケイト、オリヴィエ。そしてその後ろに立っているレイスの右袖が、不自然に垂れ下がっている。

 右腕が、ない。

 俺の視線に気づいたんだろう。レイスは右肩を上げた。中身がない袖が揺れる。


「ああ、これか」

「これか、って……治療は? 教会でなら腕が取れたって治せるんじゃ……」

「飛ばされた腕が残っているならまだしも、消えた以上は治療費も高額になる。貴族でもなければ払えはしないだろう」

「そんな……」


 それじゃあ、もう彼の腕は治らないのか? なんでそんな平然としてるんだ。腕だぞ? 腕が一本なくなったんだぞ。どうして。

 肩を下げたレイスは淡々と続ける。


「それに、もう処置を行った。痛みはあるが問題ない。じきに慣れるだろう」


 ベッドに近づいてきたケイトが俺の顔を覗き込む。「生きてる」そう呟いたケイトは、俺の頬に小さな手で触れた。ぺたぺたと頬を触ってから、ホッと息をはきだした。


「レイスも大変だけどさ、エスカなんて今も起き上がれないじゃないか」

「わたくしの回復魔法も毎日使いましたが、ここまで回復させるのがやっとで……これでも、相当回復した方なんですよ?」

「本当に、本当にひどい状態だったんだよ、エスカくん」


 まいったな、心配をかけたどころじゃないみたいだ。もしかして俺、生死の際をさまよってた? みんなには申し訳ないな。


「……お前達、部屋を出てくれないか」

「えっ?」


 リーファは振り向き、レイスは鼻を鳴らす。なんか……なんか、俺を見る目が冷たくない? 気のせい?


「この馬鹿者に話がある」


 あ、気のせいじゃないかも。

 リーファはこくりと頷くと扉の方へと歩いていく。振り返った彼女は、小さく笑った。


「わかった。でも、あまり怒らないであげてね。きっとアタシも同じようにしたと思うから……」


 みんなが部屋を出ていくと、レイスは深いため息をついた。


「……このパーティは馬鹿しかいないのか?」


 右肩を上げかけ、左手でメガネを押さえた彼から視線を逸らす。なんだか、見ていられなかった。

 俺がもっとちゃんとしていれば、何かができていれば、もっといい状況に持ち込めたんじゃないか? そんな考えばかりが頭を過ぎる。


「なぜ私を庇った。あれは私の力不足が招いたもの。私の落ち度だ」


 レイスは淡々と平坦な声で続ける。なんだか怒ってるみたいだ。


「お前が割を食う必要はなかった」

「そしたらお前が死んでたかもしれないじゃないか」

「だから何だ? 他人のために命を簡単に投げ出すお前のような馬鹿者はついぞ」

「他人じゃない!」


 思わず大声を出してしまった。喉のあたりが痛む。レイスはハッとして俺を凝視していた。


「他人じゃない……だって、お前は……お前は、大切な仲間じゃないか」

「それを目的が同じだけのただの他人だと言っているんだ」

「違う」

「違わない」

「違う!!」


 息を呑んだ彼を睨む。どうして分かってくれないんだ。


「誰かが笑えば楽しいし、誰かが泣けば悲しい。一緒に過ごして、歩いて、食べて、眠って……感情も分かち合った仲間が、ただの他人なわけないだろ……」


 布団の上で拳を握りしめる。


「大切な仲間が死にそうになって、思わず体が動いた。それが……そんなにおかしなことかよ……」


 握りしめた拳が痛い。暫く沈黙が続き……レイスは、ぽつりと言葉を紡いだ。


「お前は……本当にただそれだけの理由で私を庇ったというのか? 自分の身を顧みず……勝算も無く?」

「……悪かったな、身の程知らずのバカで」


 じっと俺を見下ろしていたレイスは口角を上げてフッと笑った。


「ははっ……そうか、お前は……ああ、そうか」

「なんだよ」


 彼はベッドに近づいた。ゆっくりと、一歩一歩踏みしめるように。


「お前は夢の形をしている。かつて一度は諦めた、輝かしい夢の……」

「夢?」


 気にするな。そう呟いた彼は今までに見たことのない穏やかな笑顔を浮かべていた。


「……改めて、よろしく頼む。向こう見ずなリーダー」

「なんかよく分からないけど……一言余計だろ。こちらこそよろしくな、レイス」


 手を差し出そうとして、ビギッと痛んだ。


「い゛ッ」

「馬鹿者、お前はまだ動ける状態じゃない。まったく、世話の焼ける……」


 骨ばった左手が俺の手に重ねられる。そっと握られた手はとても温かかった。窓から差し込む光が優しく俺達を包み込む。


「お前が回復したら魔法を教えよう」

「えっ、いいのか?」

「ああ。大切な仲間だからな」

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