消失
魔物の死体がゴロゴロと転がる上に降り立った魔族が二人。どちらも余裕たっぷりな笑みを浮かべたまま、こちらを観察するかのようにじっと見ている。
「どうして各地を襲うんだ! あのお方とかいう奴を呼び寄せるためってお前は言ってたけど……それと何が関係あるんだよ!!」
「何故ジブン達がここにいるのか」
「なぜワタシ達が破壊の限りを尽くそうとするのか」
クスクスと笑いながら、二人は両腕を広げる。まるでここが舞台の上だとでも言うかのように。
「気になるのなら、かの忘却の地へ」
「そこに答えが待っているわ。ふふっ」
忘却の地。きっと、この魔族も忘却ノ迷宮から出てきたんだろう。だとしたら、そこへ俺達を誘おうとする理由は何だ? あの方っていうのは一体誰なんだ?
ダメだ、謎が多すぎる。今はそれよりも、目の前の二人をどうするかが先決だ。
「そのまま逃げられると思うなよ」
弓を引き絞っても尚、二人の魔族は余裕の表情だ。焦るどころか顔色ひとつ変えやしない。
「おやおや、随分と好戦的な様子」
「そんなにワタシ達と遊びたかったのかしら」
「うるさい」
放った矢は魔力を込めた威力の高いものだ。その速度だって普通の矢とは比べ物にならない。
だというのに、プシュケーはあっさりと最小限の動きで避けてみせた。愉悦の笑みを浮かべた彼女は、まるで子供をあやそうとするかのように両手を振った。
「ふふ、それじゃ当たらないわよ」
「くそッ」
ギリッと歯を食いしばる。腹の立つ顔だな、ちくしょう。
「ファイアストームッ!!」
隣を炎が通り過ぎる。長く伸びた炎は獲物に巻き付く蛇のようにハイマを包み込んだ。そのまま炎はより大きくなっていく。
「その程度ですか。残念です」
強い風が吹き荒れ、炎が掻き消される。大きく広げられた翼には傷ひとつなく、クスクスと笑うハイマがそこに立っていた。
「そんな……!」
「どれ、お返しといきましょうかッ」
一瞬だった。
ほんの一瞬で距離を詰めたハイマは、黒い光をまとった右腕を振り上げる。
「リーファッ!!」
ザンッと腕が振り下ろされると同時に、リーファの前に分厚い岩の壁がせり上がった。残り一セントといったところまで腹を深く抉られた岩が、自重に耐えきれず折れる。
ズン、と大きな音を立てて崩れた岩壁を前に、ハイマは小さく口を開けていた。
「へえ。なるほど、中々腕の立つ魔術師がいるようですねえ」
ハイマの閉ざされた視線がレイスへと向く。レイスは杖を構えたまま、鋭い目で睨みつけていた。
「少し遊んであげましょうか」
「ほどほどにしなさいよ、ハイマ」
「分かってますよ、プシュケー」
ハイマの足に少しの力が加わった瞬間、レイスは目の前に分厚い氷の壁を展開した。距離を詰めたハイマは氷壁の前で飛び上がり、上空からレイス目掛けて急降下する。
「くっ」
それもまた氷の壁で塞ぐ。氷が割れる直前にその場から飛び退いたレイスは、すぐに杖を構え直した。
まずい、彼は距離を詰められるのに弱いかもしれない。少しでも支援しなければ。オリヴィエは……まだ回復していないだろう。支援魔法を求めるのは酷だ。
せめて俺が少しでもアイツの邪魔をする。幸いというべきか、プシュケーは傍観しているばかりだ。どういうつもりかは知らないが俺達からすれば好都合。ここぞとばかりに矢をつがえ、何本も放つ。
「おやおや、援護射撃ですか。プシュケー、貴方も援護してくれていいのですよ?」
「ワタシは観戦しておくわ。それくらい制してごらんなさいよ」
「まったく、冷たいですねえ。兄のお願いだというのに」
ハイマはほとんど矢を気に留めていないようで、片手間に黒い光で矢を打ち消してしまう。くそ、なんなんだよ、あの光。氷の壁も何もかも、あの光に触れると消滅してしまうようだ。
「あ、アタシも援護……ッでも、もしレイスさんに当たったら……!」
「俺に任せてくれ、リーファ」
杖を握りしめるリーファの手は震えている。あれだけ近距離で戦っているんだ、リーファの魔法ではレイスも巻き込みかねない。
とはいえ、俺も一体どうすればいいのか……矢の残量も残り少ない。効いている様子もない。これ以上、どうすれば。
「そろそろ終わりにしませんか。貴方も随分とお疲れのようですしねえ」
「くっ……」
段々とレイスの息が荒くなっていく。そうだ、レイスは保有魔力量が少ない。あんなハイペースで魔法を使わされたら、魔力欠乏の症状を起こす……!
レイスは汗を滲ませながら杖を振るう。生成された氷壁は、明らかに一枚一枚が薄くなっていた。
「それで防げるとでも?」
ハイマの蹴りは薄い氷壁をあっさりと割り、そのままレイスに襲いかかる。レイスは右腕でその足を受け止めた。
「ぐぅッ」
よろけた彼の手から杖が落ちる。もう矢は一本もない。どうしよう、どうすれば……短剣を使う? いや、でも。
黒い光をまとった手が、レイスに振りかざされる。レイスは咄嗟に避けようとし……右腕が光に呑まれ、消え去った。
「あ゛あああぁぁぁっ!!」
そう、文字通り消え去ったんだ。肩とほんの僅かな上腕を残し、そこから先が全て。ボトボトと赤い液体が滴る。
「中々楽しい遊びでしたよ」
再び黒い光がレイスへ襲いかかった。見開かれた金色の目に影が落ちる。
脚に魔力を込める。迫る光が触れるより前に、彼の体を押し除けた。
「なっ!?」
目を見開いたハイマの腕にまとわりついていた黒い光がブレ、霧散した。
レイスを狙っていた光は、彼と場所を入れ替わった俺へと牙を剥く。粒子と化した黒い光が体を貫く。あまりの激痛に声すら出なかった。
光が消えたハイマの手が止まる。俺の体は傾き、地面に倒れ込んだ。
「カハッ……」
「エスカ!?」
レイスの声が聞こえる。リーファの、ケイトの、オリヴィエの、声が。
「ちょっとハイマ!! 何やってるのよ!!」
「違ッ……これは事故だ!!」
「ああもう!」
段々と視界が暗くなっていく。ハイマは……プシュケーに腕を引かれ、そのまま二人揃って消えたみたいだ。
よか、った。これでひとまず……平穏、が。
体を抱き起こされる。青い髪、金色の瞳……レイスか。
「馬鹿者!! 何故庇った!!」
なぜ? なぜって、そんなの。
ああ、身体中が痛む。声を出そうと喉を震わせるだけで、耐え難いほどの激痛だ。俺の体、どうなってるんだ……?
それでも、これは伝えないと。なぜ庇ったんだって、そんなの決まってる。
「……だって、レイスは……仲間だから……」
その言葉を最後に、意識が途切れた。




