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ヴァイス

「ここがヴァイス……」


 道中見かけた街にも寄らず、ただひたすら歩き続けて数日。ようやく見えた目的地を前に白い息を吐いた。

 雪山のふもとにあるというだけあってか付近は雪が積もっているし非常に寒い。シュテルンで買った防寒着を着ていても寒いと感じるくらいには寒い。みんな耳と鼻のあたりを赤くしているくらいには寒い。

 そう、とにもかくにも寒いのだ。そんなわけで早く街に入りたい……入りたいのだけども。


「ここの街は大丈夫かなあ……」

「うー、もうさっさと攻略しちゃおうぜ。寒いし、きっとヤなやつ多いしさ」


 すっかりシュテルンで散々な目にあった俺達は、少し躊躇していた。街へ進む足が重い気がする。

 でも雪だって降り始めたし、早いところ行かないとな。


「何をトロトロしている。さっさと進め」

「レイスは酷い目にあってないからそんなこと言えるんだぞ……」


 つんと唇を突き出したケイトがぼやく。レイスは片眉を上げてケイトを見下ろした。


「な、なんだよう」

「……早く終わらせたいと言ったのはお前だろう。足を遅めたところで問題の先送りにしかならん」

「うっ、それはそうかもしれないけど」

「かもではない、そうだと言っている」


 ケイトは俺の後ろに隠れ、ひしっと抱きついてきた。


「エスカ〜! レイスが怖いぞ!」

「あー、でもレイスの言ってることも一理あるからなあ」

「そんなぁ!」

「けど、レイスもあまり強く言わないでやってくれないか?」


 レイスは俺の後ろにいるケイトを見ると、目を伏せた。


「強く言ったつもりはない。ただ事実を述べただけだ」

「うん、分かってるよ。でもケイトは怖かったみたいだからさ。少し気を付けてくれたら嬉しいっていうか……ほら、ケイトもずっと隠れてないで出てきたらどうだ?」

「うう……」


 おずおずと出てきたケイトを見下ろし、レイスが腕を伸ばす。びくりと肩を跳ねさせたケイトの頭に、骨張った手が置かれた。


「……怖がらせるつもりはなかった。すまない」

「お、おう……その、なんだ。オイラも悪かったよ」


 うんうん、これからずっとやっていく仲間だ。仲良くないとな。

 互いに悪気がないのに空気が悪くなるなんて嫌だしな。だってそんなの悲しいだろ?


「よ、よしっ。行くぞー!!」


 ぽふっと手袋をはめた両手でほっぺたを叩いたケイトは、拳を突き上げた。早足でヴァイスへと向かう。

 帽子と分厚いコートを着ていたからだろうか? 俺達が亜人だと分からなかったのか、それとも分かっていてなのか、門番は淡々と記録をつけて中へ通した。

 ふう、と息をつく。他の国ではそんなことなかったのに、ここじゃ街に入るだけで息が詰まりそうだ。


「どこも真っ白だねえ」

「ここは年中雪が降っているのでしょうか?」


 立ち並ぶ建物の屋根には雪が積もっている。道端には雪だるまが作られていて、どれくらい時間をかけたんだろうってくらいの大作もあった。あんな細かい雪の城、どうやって作るんだろう。


「うー、さぶさぶ……ダンジョンは山の方だよな?」

「そうみたいだ。来たばかりだけどまだ日は高いし、今日の内に行っちゃおうか」


 大通りはちゃんと整備されていて歩きやすい。街のあちこちで雪かきしてる人がいるな。大変そうだ。

 道を進んでいくにつれて建物が減ってくる。それに反比例するかのように雪の勢いが増してきた。思わずぶるりと震える。


「うおっ、さっむ!! なんだこの吹雪!!」

「でっかな山だなあ。まさかアレを登れなんて言わないよな? オイラ凍っちまうぞ」

「見て見て、入り口だよ!」


 リーファが指差す先には氷でできた門があった。正確には洞窟から生えた巨大なツララが門のように見えるだけなのだが。それはまるで得体の知れない巨大な生き物の口のようだった。例に漏れず、門の先は見えない。

 吹雪のせいか近くに屋台の類はないし、必須のアイテムも……多分ないよな?


「よし、行くか……『極寒ノ淵境』!」

「「おー!」」

「頑張りましょうね、皆さん」


 門の中へ一歩踏み込むと、いつものように視界が切り替わる。そこはゴツゴツとした岩の洞窟だった。あちこちにツララが生えていて、ただでさえ寒いのに見ただけで凍えそう。


「わあ、氷だらけ!」

「先が鋭いな……落ちてきたりしないか? 大丈夫だよな?」

「警戒しておくに越したことはないだろうな。みんな、気を付けて進むぞ」


 一歩踏み出した瞬間、ツルッと足が滑った。

 どてん! と音を立てて尻餅をつく。いってぇ……!


「エスカくんっ! わわっ!?」

「大丈夫ですか? きゃっ!」


 駆け寄ろうとした二人も滑って転ぶ。ああもうめちゃくちゃだ。


「だ、大丈夫か!? お、おわわわっ」


 オロオロしていたケイトに至っては、つるっと滑って壁にぶつかっている。一人佇んでいたレイスは眉間に皺を寄せていた。


「……わざとやっているのか?」

「いやあ、これでも大真面目で……なんか恥ずかしいな、ははっ」


 地面は薄い氷が張っているようで、とても滑りやすくなっているようだ。溜息をついたレイスは小さな収納鞄から黒い何かを取り出す。


「何か対策があるのかと思っていたが、その様子ではこの先どころか氷の床すら知らなかったようだな。ギルドで情報を得ているものかと思っていた。情報収集は基本中の基本だろうに、なぜ何も調べずに向かうのか私には到底理解できな……」

「うう……」


 へちょりと俯いたケイトを見て、レイスは黙り込んだ。

 っていうか、そっか。ギルドでダンジョンの情報って得られるのか……完全に失念してた。

 この感じだとリーファもケイトもオリヴィエもうっかりしてたんだろうな。多分。

 

「……情報は大事だと言いたかった。何も知らないままでは攻略できるものもできないだろう。これを使うといい」


 レイスが取り出したのは棘が生えた黒いバンドだった。そういえばダンジョンに向かう途中でふらりとどこかに寄っていたな。それを買っていたのか?


「これを巻けば多少マシになるだろう。本来は専用の靴を買うべきだろうが……全員分を揃えるとなればコストもかかるうえ、私達はまだしもケイトに合うサイズの物はそう見つからないだろうからな」

「レイス、オイラのためにわざわざ……?」


 レイスはふんと鼻を鳴らすと、俺達に棘つきバンドを渡した。


「念の為に今回必要になるであろう物は一通り買ってある。まだ忘却ノ迷宮への資格さえ得られていないというのに立ち止まられては時間の無駄だろう? 遠慮せず使うといい」

「レイス……お前、やっぱり優しいよな。言葉遣いで損するタイプだろ」

「……私の喋り方はそんなに悪いのか?」


 あ、また眉間に皺が寄った。


「なんというか、ちょっと高圧的?」

「あのエルフに影響を受けたのだろうか……私は二十五年間、あのエルフ以外との交流を絶っていた。充分に考えらえるが……」


 二十五年もあの森に住んでたのか!? 一体何歳の頃から住んでるんだ? レイスは少しだけ目元にシワがあるが、そこまで歳はいっていないように見える。


「なあ、レイスって何歳?」

「三十九だ」

「えっ、ってことは十四の時から森にいたのか?」

「ああ」


 それでずっと魔法の研究を? すごいな。

 受け取ったバンドを靴に固定する。しっかりと体重をかけて踏み締めると、今度は転ぶことなく歩くことができた。おお〜、歩きやすい。


「寂しくなかったのか?」

「静かで過ごしやすいとさえ思っていた。だが、そうだな」


 レイスは口元に手を当てると、暫し考えこんだ。


「もしかすると、人を求めていたのかもしれないな。愚かではない者という条件はつくが」

「へ〜……愚かじゃないって、賢い人ってこと? レイスって相当頭良さそうだし、中々いないんじゃないか?」

「私の言う愚かな者というのは、人を妬み羨むばかりで何の努力もしない人間のことだ」


 みんな靴にバンドを巻いて、壁に手をつけて立ち上がる。大丈夫そうだな。


「じゃあ努力さえしていれば愚かじゃないってこと?」

「ああ……努力の末に実らなかった者を愚かとは呼びたくない」


 レイスは俺達の間を進む。その背中がどこか寂しそうに見えて、目を擦った。


「話を戻すが……強い物言いは私の本意ではない。何かあれば指摘してほしい」

「なんだよ、レイスって案外優しいんだな。怖がってごめんな、レイス」


 ケイトがレイスの隣に寄る。ケイトを見下ろす金色の目が、わずかに細められる。ケイトは少し体を丸めた。


「……でもやっぱり怖いぞ。もっとこう、笑うといいと思う」

「笑う、か。長らく笑っていないからな……」

「まあゆっくりでいいんじゃないか? ケイトも慣れていこうな」

「お、おう」


 みんなもレイスに続いて通路を進み始めた。今度は誰も転ばない。


「そうだ! ケイトちゃんの料理食べるとニコニコ笑顔になれるよ! あれ、でもレイスさんっていつもぱぱって食べちゃうよね?」

「笑顔はとても良いものですよ、レイスさん」

「……善処しよう」

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― 新着の感想 ―
[一言] 高圧的でこわい人かと思ったらずっと話してた人の話し方に影響受けちゃっただけで強い物言いは本意では無いただただコミュニケーション能力がちょっと弱々なだけだったレイスおじちゃん好きですありがとう…
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