討伐もそれなりに
冒険者の朝は早い……というわけでもない。村にいた頃と変わらない時間に起きている。
いや、なんなら少し遅いくらいだ。宿の朝食に時間を合わせてるからなんだけど。
「おはようございまーす!」
今日も猫獣人の少女は元気だ。尻尾が上機嫌そうにゆっくりと揺れている。この宿……銀猫亭の看板娘だったりするんだろうか?
テーブルに着くと食事が運ばれてくる。ホカホカのスープにこんがりと焼き色がついたパン、それと数枚の焼いた肉だ。
「おっ、美味そうだな」
「でしょでしょ? なんたってお母さんの料理は最高なんだから!」
すかさず言葉を挟んだ少女は、ハッとして少し照れくさそうに口を押さえた。
「ご、ごゆっくり!」
よっぽど母親が好きなんだろうなあ。
ちょっとほっこりしながらスープを飲んでみる。具はそんなに入っていないけど、程よく塩味がきいた良いスープだ。
これで一泊五十ピアか。相場はよく知らないけど、一日の薬草採取で稼げたのが二六十ピアだったことを考えると……まあまあ良心的なのかな?
食べ終えて席を立つ。テーブルを片付けにきた少女は、じーっと眼差しを向けてきた。少しそわそわしている。なんだ?
「えっと、その……朝食は、いかがでしたか?」
「ん? ああ、美味しかったよ」
「ホントですか!? ああ、よかったぁ」
尻尾をピンと立てた少女は、鼻歌まじりにテーブルを片付け始めた。
そういえば俺以外の宿泊客っていないのか? 朝食の時間になっても下りてくる様子はないし、昨晩も人の気配がしなかった。そんなに壁が分厚いとは思えないしなあ。
オススメされた宿とはいえ、少し不安になってきたぞ。部屋の感じといい朝食といい、そんなに悪い宿には思えないのにな。
……あ、だからあの子は昨日あんなに喜んでたのか? やっと客が来たから。
ま、それは一旦置いといて。今日もギルドに行こう。
昨日それなりに稼いだとはいえ、何もしない日を作れるほど潤ってはいないからな。
中に入ると、やっぱり視線が集まる。なんだよ、俺は見世物じゃないぞ……って、この感想も何度目か分からないな。
「さて、と。今日は討伐依頼でも受けてみるか」
依頼が貼り出された掲示板の前で吟味する。
そういえば俺って記憶こそなくしたけど、文字は最初から読めてたんだよな。エルフって森の中に住んでるものだろうし、必要なのかなって思うけど……結果こうして役立ってくれてるからいいか。それにエルフだって手紙の一つや二つ、やり取りするかもしれないし。
「ゴブリンの巣……」
ふと一つの依頼が目についた。
ゴブリンの巣が発見されたから、それを潰してほしいっていう依頼だ。結構報酬がおいしいように思うけど……でもこれ、Eランク以上の依頼だな。
仕方ない、別の依頼にしよう。横に張り出されてたこれなんてどうだ? 巣からあぶれたゴブリン達の討伐。これならFランクでも受けられる……通常依頼扱いらしいけど。でも一匹あたり五十ピアだって。まあまあじゃないか?
そうと決まれば早速向かおう。視線を背中に受けながらギルドを出る。
門までの道すがら、武器屋で矢を補充するのも忘れない。一本五ピアだって。村にいた頃みたいに自分で作ってもいいけど……いや、あれ結構時間がかかるしやっぱナシだな。
街を出たら、早速依頼の紙に書いてあった場所を目指す。森の中とはいえ、街に近い場所だ。どおりで目立つところに依頼が貼られてたわけだな。
「たしかこの辺りだったはずだけど……」
巣の規模は不明って書かれてたし、あまり深く入らない方がいいかもな。ただでさえ魔物ってあまり相手したことないんだ。特にゴブリンなんて一回見かけたきりだしな。
辺りを見渡しながら森の中を歩く。すると、ギィと小さく声が聞こえた。
あっちの方からだな。身を潜めてゆっくり近づく。木の陰に隠れて様子をうかがった。
棍棒を持ったそいつらは、緑色の肌をしていた。間違いない、ゴブリンだ。
三匹のゴブリンが何やら話し合っている。デカいネズミみたいな動物を担いでいるあたり、狩りでもしていたんだろう。
あれくらいなら俺でも対処できそうだな。
油断しきったゴブリン達めがけて弓を引く。狙うは頭だ。
キリリと引いた弦を放せば、直線を描いた矢が一匹目の頭を貫いた。
途端にざわめくゴブリン達。こちらに気づかれる前にもう一匹持っていきたいところだ。
よく狙いを定めて……放つ。それと同時に気付かれたが、無事もう一匹も頭を撃ち抜けた。
ゴブリンは不快な鳴き声をあげて、棍棒を振り上げ駆け寄ってくる。近づかれる前に矢を放った。腹に矢が突き刺さったゴブリンは、逃げようと背を向ける。そこにもう一本喰らわせる。
断末魔をあげてゴブリンが倒れ、辺りは静かになった。
「……ふー、初めてにしては上出来じゃないか? とは言ってもゴブリンなら一回倒したことあるけどさ」
ま、それでもほとんど初めてなことには変わりないし。なんて、誰に向けたのかも分からない言い訳のようなものをしながらゴブリンの前でしゃがみ込む。
討伐依頼ってそれぞれの魔物に証明部位っていうのが設定されてて、その部位を切り取って持っていけばいいらしい。ゴブリンの場合は右耳だ。
ナイフでゴブリン達の右耳を削いで、袋に入れていく。この袋はもう討伐部位専用にしようかな。血で汚れるし。
三匹目の耳を削いだところで、ガサガサと草木が揺れた。持っていた耳をぽいっと袋に放り込んで短剣を向ける。ゴブリンよりも一回り……いや、二回りは大きな個体が姿を現した。
このゴブリン達のボスか? 顔つきも違って見える。これが噂に聞く上位種ってやつ? ゴブリンの上位種といえば、なんだっけ……ああ、ボブゴブリンか。
他にもキングゴブリンなんてのもいるらしいけど、コイツがどっちかなんて見て判別できるわけもなく。俺にできることは、あからさまな敵意を向けてくるコイツを返り討ちにすることくらいだ。
「見た目だけで言えば大したことなさそうなんだけどなあ……」
短剣を腰のベルトに差し、弓に持ち替えながら呟く。その内容を理解してか、ボブゴブリン(暫定)は声をあげて棍棒を振りかざした。
「おっと」
振り下ろされたそれをひらりと避ける。上位種というだけあってゴブリンよりも動きは素早い。でも、言ってしまえばそれだけだ。
「そこだ!」
後ろに飛び退いて距離をとり、隙だらけの腹部目掛けて射った。すぐに二発目も準備する。ボブゴブリンは一瞬よろけたが、すぐに体勢を立て直して棍棒を振り上げた。
「おいおい、そこからじゃ届かないだろ」
二発目の矢を放つと同時に、ボブゴブリンの手から棍棒が離れる。
「はぁっ!?」
投げてくるとか聞いてないって!!
咄嗟に横へ飛んで地面を転がる。飛んでいった棍棒は草木の陰に消えていった。
ボブゴブリンは二本の矢が刺さったまま、俺に覆い被さってきた。腰に差していた短剣を抜いて緑の腹に突き刺す。
「ギ……ガァ……ッ」
ボブゴブリンは俺の首筋に噛みつこうとしたが、あと一歩のところで力尽きた。ぐったりと被さったボブゴブリンの体を押し除ける。
「うげ、血がべっとり……まあ、仕方ないか」
これは一度どこかで水浴びしたいな。近くに川でもあればいいんだけど。
ただ少し図体が大きいだけかと思ったけど、油断は禁物だな。
「あ、こいつの耳も削いでおかないと。上位種ともなれば報酬も高いだろ」