哀悼
深く突き刺した木の枝の前に、そっと花束を横たえる。吹き抜ける風が青い花弁を揺らした。
あれだけ煌びやかに飾られていたサーカスは、瓦礫も死体も何一つ残さなかった。そんなサーカス跡地の中央に、小さな墓が一つ。少し歪で、でもありったけの想いを込めたものだ。
墓の周りには皆で花の種を蒔いた。いつになるかはわからないが、色とりどりの花が彼女達を慰めてくれるはずだ。
この墓はケイトの姉のためだけじゃない。マオ、かつては人間だった異形の彼ら、そしてココにも向けた皆の墓。
土の下には遺骨はないけれど、彼女達の姿は俺達の記憶にしっかりと残っている。だから、俺が描いた彼女達の絵を墓標の下に埋めた。
これでも絵は得意な方だ。村の子供達にせがまれたこともあったくらいには。だからきっと満足してくれることだろう。
立ち上がった俺は膝についた土を払って、二人を振り返った。
胸の前で手を組んで哀悼していた二人は小さく微笑む。
「とっても素敵な絵だったし、いい香りのお花だから……きっとみんな喜んでくれるよ。ね、ケイトちゃん」
「うん、オイラもそう思う。姉ちゃん、花が好きだから……店に置く花を選ぶのは、いつも姉ちゃんがやってたんだ。絵も喜んでくれると思う」
墓を見つめる目は穏やかで、少しの哀しみを宿している。
きっと一番傷が浅いのは俺だ。だからこそ俺が皆を引っ張っていかないといけない。
「……よし。行こう、皆! いっぱい旅をして、たくさんの土産話を持ってこないとだからな」
こくりと頷いた二人と一緒に跡地を離れる。次にここへ来るのはいつになるだろう。この場所が何者にも荒らされないことを願う。
次に向かう先はピュルテ皇国。リエロス教の本拠地だ。
森の中を歩きながらリーファとケイトが話している。
「いろんなところで美味しいものを探して、お姉さんに教えてあげなくちゃね!」
「そうだな。もっといろんな料理を作れるようになって、姉ちゃんを驚かせてやるんだ」
ケイトはぐっと拳を握って、空へ突き出した。
二人とも前を向けるようになったみたいで良かったなあ。まだ少し無理してるようにも見えるけど……あとは時間が少しずつ癒してくれるのを待つしかないかな。
――その日の夜。焚き火を眺めるケイトの隣に座り、星空を見上げた。
風が木の葉を揺らす音と、火の粉が舞う音だけが聞こえる。暫くの沈黙の後、こっちを見たケイトは頬杖をついた。何かが気に食わないのか、ほっぺをぷくりと膨らませている。
「番ならオイラひとりでできるぞ」
「はは、番ができるかどうか心配して来たわけじゃないぞ」
「ホントかぁ? エスカは眠らなくていいのか?」
「んー……眠れないというか気分じゃないというか、まあそんなところだ」
「ふーん……オマエにもそういう日があるんだな」
「おいおい、何だよその言い方。まるで俺が能天気みたいじゃないか。これでも色々悩んでるんだぜ?」
それにケイトを一人にするのが、なんだか憚られたっていうのもあるけど。でも、それは言わないでおく。
それよりも俺には伝えたい言葉があった。俺達についてきてくれることを選んでくれたケイトに、贈りたい言葉が。
「ありがとな、ケイト。俺達と一緒に来てくれて」
「別に礼を言われるようなことじゃないぞ。オイラのワガママだ」
「それでも嬉しいよ」
「……そっか、嬉しいのか」
「そりゃ嬉しいさ」
だって、ケイトはもう目的を果たしたんだ。あの店で母親と一緒に暮らすのも悪くない選択肢だったはず。でも、ケイトは俺達を心配してついてくることを選んでくれた。それが嬉しくないわけないじゃないか。
空を見上げたケイトは、ぽつりと呟きをこぼした。それはとても切実で、願いのこもった言葉だ。
「死んだりしないでくれよ、エスカ」
「ああ。お前もな、ケイト」
その言葉を最後に、沈黙が夜を包む。
ゆっくりと時が流れていく。二つ浮かんだ月の下、空で瞬く星の光をぼんやり眺めていると、穏やかな寝息が聞こえてきた。隣を見ればケイトが頭を垂れてすやすやと眠っている。
ぐらりと傾いた体を慌てて支えた。安心した……のかな。やっと緊張が解けたのかもしれない。
「ひとりで夜番できるって言ってたのに」
くすりと笑って、小さな体を抱き上げる。見た目に違わず軽い体だ。仕方ないからテントまで運んでやろう。代わりに俺が番してやるか。
中で寝ているリーファを起こさないよう静かにテントに入り、そっと寝袋の上に寝かせる。
「おやすみ」
寄り添って眠る二人の寝顔は、とても健やかなものだった。
どうか彼女達の見る夢が、優しいものでありますように。
さて、俺は魔導論学の本でも読んでおくか。一通りは読んだけど、まだ理解できていないところが大きいからな。
それにしても……この本って初級なんだよな。ってことは、中級や上級もあるのか? 探してみるのもアリかもしれない。
リーファのために、そしてケイトのために。俺に何かできることがあればいいんだけど。
それから一晩中、焚き火の前で本を読み込んだ。試しにいろんな元素の魔力を練ろうとしてみる。
一本の矢を持ち、魔力を流し込む。熱くなれ。燃えろ、燃えろ……燃えろ!
念じてみても変化を感じられない。いつも通り矢がわずかに白く光るだけだ。
「うーん……やっぱ難しいな」
矢をまじまじと見つめて呟く。分かってはいたけど、そんな簡単にはいかないか。
別の属性でも試してみたが、結局何の変化もなかった。魔力を込めすぎて矢が眩しいほど光っただけだ。
これ、ためしに射ってみたいけど……やめておこう。もし大きな音を出して二人を起こしてしまったら悪いし。込めた魔力は放っておけば抜けていくから、暫く放置だな。
もっと理解を深めないといけないんだろうか? 仕方ないのでもう一度本を開く。
そうして夜は更けていった。




