王都ハーモニア
あれから森を抜けて、平原も歩いて、何日も野宿を繰り返し、俺はようやく王都の前にまで来ていた。
場所こそ村長の家にあった地図で知ってたけど、こうして見るとかなり大きな都だ。さすが王都、ってところか。
村を囲む柵とは比べ物にならないほどしっかりとした外壁と、厳重そうな門。門番もしっかり立っている。そして、王都に入ろうとしている人達が列をなしていた。
「身分を証明するものをお出しください」
「へ?」
やっと俺の番になったと思ったら、門番からそう言われた。身分を証明するものって、なんだ? 頭の中をハテナで埋め尽くしていると、なんだか勝手に納得した様子の門番は鼻で笑って手を差し出した。
「通行量は銀貨三枚ですよ」
「あ、ああ」
ハッとして村長からもらった袋の中から銀貨を三枚取り出す。もらってて良かった。もしかしたら村長はこれを見越してたりしたのかな。
それにしても身分証明ってどうするんだ? 俺なんてどこ生まれかも分からないんだけど。こうなったら聞いてみた方がいいな。
「あー、あの、身分を証明するものって例えばどんな……?」
「例えばギルドに加入することで発行されるギルド証ですね。冒険者ギルドでも商業ギルドでも、主要なギルドであればどこの物でも問題ありません」
「なるほど……ありがとう、門番さん」
後がつかえてるから早めに門を通り抜けた。……にしてもあの門番、なんかやたらとイヤな目で見てきたな。なんだってんだ。
気を取り直して街並みを見る。外壁の中は整然と建物が立ち並んでいた。
「でっかい街だなぁ……」
キョロキョロと辺りを見渡しながら街を歩く。件のダンジョン……忘却ノ迷宮はもっと北の方にあるピュルテ皇国ってところにあるらしいが、まずはここでひと休憩だ。
それにしても、街に入るには金がいるのか。身分証明になるギルド証とやらを作っておいた方がいいかもしれないな。
俺が入るなら冒険者ギルドか? そういえば村にも元冒険者がいたっけ。もっと話を聞いておけば良かったな。
「えーと冒険者ギルド、冒険者ギルド……ここか?」
チラチラと視線を受けながらふらふらと大通りをさまよっていると、冒険者ギルドと看板を掲げた立派な建物が目についた。
扉を開けると、途端に数多の視線が俺を貫く。
なんだ? やっぱりエルフってそんなに珍しいのか?
居心地の悪さを感じながら奥のカウンターへ向かうと、受付嬢が笑顔で迎え入れてくれる。さすがプロだ。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「加入しに来たんだ」
「はい、では登録料として銀貨一枚いただきます。こちらに記入ください」
こういった書類って初めて書くんだよな。えーっと……名前に種族に、それから年齢……年齢? 分からないんだよな。十歳……は無理があるだろうし、もう正直に不明って書いておくか。覚えてないものはしょうがないよな、うん。
で、あとは扱う武器ね。弓と短剣だ。
書き終えると、受付嬢はサッと他の職員に書類を渡した。職員は静かに奥の部屋に入っていく。
「ギルド証ができるまでの間に簡単な説明をさせていただきますね」
受付嬢は流れるように言葉を紡ぐ。相当言い慣れてるんだろうな。
受付嬢の説明を簡単にまとめると、こうだ。
まず、冒険者にはランクがある。依頼をこなせばこなすほど上がっていって、相応の依頼を受けられるようになるらしい。ちなみに今はFランクだ。
今の俺には縁のないことだけど、もし仲間ができた時には登録が必要らしい。念のため覚えておこう。個人のランクとは別で、こっちにもランクが設定されてるらしい。そりゃそうか。
次に、依頼不達成時の違約金について。状況によってはギルドが補填してくれるらしいけど……まあ無理な依頼は受けるなってことだな。
他にも細かいことをいくつか。一通り説明を受け終えると、一枚のカードが差し出された。俺の名前と登録日、それからFの印がでかでかと入っている。
「あ、そうだ。ダンジョンに行くにあたって何か注意事項とかあります?」
「ダンジョンですか? ダンジョンにはそれぞれ推奨ランクがあります。個人ランク、あるいはパーティランクが達していなければ入れません」
「そうなのか……あ、ちなみに忘却ノ迷宮ってどのランクからですか?」
「はあ、忘却ノ迷宮ですか?」
後ろから笑いをこらえるような音が聞こえる。イヤな雰囲気だな、まったく。
「ぷっ……忘却ノ迷宮だってよ」
「エルフにもいるんだな、ああいう自分なら余裕だぜ〜って感じのヤツ。どうせすぐ痛い目見るに決まってら」
……聞こえてるんだが。あ〜、マジでイヤなところだな。俺には俺の事情があるんだっつーの。
「忘却ノ迷宮はBランクからになります」
「Bか……ありがとうございます」
すぐには挑戦できそうにないな。まずは地道にランク上げていかないと。
「……それから、忘却ノ迷宮に入るには各地にある四つのダンジョンを踏破している必要がありますのでご了承ください」
「四つのダンジョン?」
あー、そういえば忘却ノ迷宮について書いてあった本に他のダンジョンのことも載ってたな。各国に散らばってるって。
「アマルガ王国には初心者向けと言われている初心ノ洞窟というダンジョンがありますので、まずはそちらから挑戦することをオススメいたします。ちなみに初心ノ洞窟はEランクから挑戦いただけます」
「なるほど、ありがとうございます」
登録しに来て良かった。何も知らずにピュルテ皇国まで行ってたら二度手間だったな。後ろの冒険者達の態度はなんか気に食わないけど。
さて、何にしてもまずはランク上げだ。路銀も必要になるし、簡単そうな依頼でも受けるか。FランクからEランクに上がるには一定数の依頼達成が必要らしいからな。依頼はギルド内の掲示板から受けられるらしい。
「んー……これかな」
掲示板には様々な依頼が貼り出されている。中でも初心者向けの常設依頼に薬草採取の依頼があった。ここに来るまでに見ていたけど見知った植物ばかりだったし、この薬草もいくつか見かけた。楽勝だな。
常設依頼は受注手続きは必要なくて、対応する物……この依頼だったらマギア草を五株持ってきたら一回分の依頼達成として扱われるらしい。こりゃいいな、他の常設依頼も一通り見ておこう。もし見かけたら採取すればいいしな。
薬草採取の他には討伐依頼もあるけど……こっちは置いておこう。矢の供給が安定するまでは不必要な戦いは避けたいからな。
「マジで耳長いんだな」
「金髪じゃないんだ」
ギルドから出るまでひそひそと話している声が聞こえてきていた。見世物じゃねえぞ、俺は。
まあ、こうなるってのは少し分かってたけど。村長にも言われてたし。
あまり気にするのも良くないな。まだ日は高いし、早速採取に出かけよう。袋の中の銀貨は通行料と登録料でかなり持っていかれたし、今日の宿代くらいは稼げるといいんだけど。