暫しの別れ
ケイトの母親が経営している料理屋、小鼠の食卓にて。
思う存分に泣いて目元を真っ赤に腫らしたケイトは、ぐしぐしと涙を拭っていた。
「あんまり擦ると痛くなっちゃうわよ」
「……うん」
すん、と鼻を鳴らしたケイトが頷く。母親はハンカチでケイトの涙をそっと拭うと、寂しげな微笑みを浮かべて俺達を見た。彼女の目も赤くなっている。
「ごめんなさいね、見苦しいところをお見せして」
「いえ……俺達のことは気にしないでください」
大切な娘を喪ったばかりの人に泣くななんて無理な話だ。
「優しい仲間をもったのね、ケイト。そうだ、せっかく来てくれたんだもの。ぜひ食べていって」
「えっ、いいの?」
「ケイトのお仲間さんだもの。お礼をさせてちょうだいな」
ハンカチをケイトに渡して厨房へ向かう小さな背中を見送る。何かしていた方が多少は悲しみも和らぐだろうか……?
ケイトは受け取ったハンカチをきゅっと握って、目元に押し当てた。
「あのな、オイラの姉ちゃんはすっごく料理が上手なんだ」
「……うん」
ハンカチで顔を隠したまま、ぽつりぽつりと話し始める。
「小さいころ、一緒に母ちゃんから料理を教わってたんだ。はじめて作ったオムレツ、コゲちゃったんだけど……姉ちゃんはおいしいよって言ってくれてさ」
ハンカチを持つ手に力がこもる。その手は震えていた。
「本当に、優しかったんだ」
「ケイト……」
立ち上がり、ケイトのそばに寄る。肩に手を置き、口を開こうとして……かける言葉が見つからず閉口した。
こういうとき、一体どんな言葉をかければいいんだろう。
結局、ケイトの母親が戻ってくるまで俺は何も言えなかった。
「さあ、できたわ。たくさん食べてね」
母親が持ってきたのはオムレツだ。ケイトがよく作ってくれる、平べったいオムレツ。きっと彼女達にとって思い出の料理なのだろう。
ケイトが机に置かれたオムレツを取り分けてくれる。
「ほら、リーファのぶん。こっちはエスカのぶん」
「ありがとね、ケイトちゃん」
「ありがとう」
一口食べてみる。なんだかケイトが作るものよりも少し酸っぱい気がするな。中に入ってる赤いのはトマトか。
静かに食事をする中で、ぽつりと母親が言葉をこぼす。
「ケイト、仲間とどんな冒険をしたの?」
「一緒にダンジョンを攻略したんだ。灼熱ノ渓谷ってところ」
「あら、すごいわね」
ごくんとオムレツを飲み込んで、口を開く。
「ケイトが仲間になってくれてとても助かりました。道案内もしてくれたんですよ」
「そうなのね。ふふ、活躍しているみたいで嬉しいわ」
「なあ、母ちゃん」
膝に手を置いて背筋をのばしたケイトは、真剣な面持ちで呟く。
「オイラ、みんなと一緒に冒険してくるよ」
姉は見つかった。もうケイトに旅をする理由はないはずだ。てっきり、ここでお別れになるかと思っていた。
声を詰まらせた母親は静かに問いかける。
「……なにか理由があるのかしら」
「オイラ達、ある人を手伝って森を探索してたんだけど……その人が、死んじまったんだ。街の外は危険がいっぱいだって分かった。だから……」
灰色の目が俺達を見る。その瞳には決意が宿っていた。
「こいつらが死んじまわないように、オイラも旅を手伝いたい。一緒にいた時間は長くないけど、それでも大切な仲間なんだ」
「……そう」
「追憶ノ探求者っていうパーティなんだ。カッコイイだろ? オイラもその一員なんだぜ」
そうか……大切な仲間だと、そう言ってくれるのか。じわりと胸の奥が温かくなる。
母親は静かに目を閉じた。娘を一人喪った今、快く送り出そうとは思えないだろう。
しかし、次に開かれた目には慈愛の光が灯っていた。
「とてもいい仲間をもったのね、ケイト。アンタが決めたことだもの……とめないわ」
「母ちゃん……」
「でも、約束して。どうか生きていてちょうだい。それだけが願いよ」
ケイトはゆっくりと頷いた。
これは……無茶なことはできないな。リーファと顔を見合わせる。彼女はどこか嬉しそうだった。一緒に旅を続けられることが嬉しいのかな。
食事も終えて、そろそろ出発の時間だ。外への扉を前に、母親と向かい合う。彼女はケイトをそっと抱きしめて、優しい声で囁いた。
「行ってらっしゃい、ケイト」
「うん。行ってきます、母ちゃん」
ぽんぽんとケイトの背を軽く叩いた彼女はそっと離れ、俺達に頭を下げた。
「どうかケイトをよろしくお願いします」
「俺達に任せてください」
「また一緒にご飯食べに来ます。ね、ケイトちゃん」
こくりと頷いたケイトは、扉に手をかけた。開かれた扉の先は賑やかな通りだ。
とても優しいところだった。この旅を終えたらもう一度来よう。そう決めて、小鼠の食卓を出る。
「……さあ、次はピュルテ皇国だよな! しゅっぱーつ!」
ケイトは両手をぐっと突き上げて、元気に声をあげた。思わずぽかんとしてしまった俺達を見てニッと笑う。
「きっとオイラが泣いてると姉ちゃんも悲しむからさ。元気出さないとだよな」
「……そうだな。よし、行くか!」
「うんっ!」
ずっと悲しんでいても、きっと何にもならない。この悲しみを乗り越えていかなくちゃならないんだ。
それでも、故人を偲ぶことは大切だろう。道中見かけた花屋で立派な青い花と様々な花の種を買った。雑貨屋で紙とクレヨンも。
「エスカくん、そのお花とクレヨンどうするの?」
「手向けてやろうと思ってな。サーカス跡地に置いていこう」
「そうだな。きっとそれがいい」




