ココ
マオが、死んだ……?
目の前の光景が受け入れられない。
ステージの上に立っている少年は、マオが探していたココで間違いないはずだ。ここまで特徴が揃っているんだから、そうに決まっている。でも、だからこそ、余計に分からない。どうして彼はマオをああまで傷つけた?
「マオちゃん……?」
リーファがぽつりと呟く。まるで信じられないと言わんばかりの表情だ。俺もそうだ、この現状が信じられない。
「なんで、なんでオマエがマオを殺すんだ……!」
ケイトは拳を握り締め、隣の椅子にぶつけた。怒りを滲ませた声が鼓膜を揺さぶる。
ライトの下、ココは首を傾げたままマオを抱きしめた。
「うるさくしないで。マオがおきちゃう。マオはココとたくさんあそんで、つかれてるんだから」
ぷくりと頬を膨らませる彼は、マオの状態を正しく理解できていないようだった。
もう、起きない。もう目覚めないんだ、彼女は。
ギリリと歯を食いしばる。ふつふつと湧き上がるこの感情は、一体何なのか。怒りか、悲しみか、それともその両方か。どうしようもないやるせなさが心を満たしていく。
「マオがおきるまで、いっしょにあそぼう! ココのサーカスはみんなエガオになれるんだって、あかいヒトがいってたんだ」
「赤い人……?」
「さあ、はじまるよ!」
天井付近に吊るされていた三日月のモニュメントが下りてくる。そこにマオを乗せたココは、パンッと手を叩いた。モニュメントが引き上げられ、だらんと垂れ下がったマオの腕だけが見える。
舞台袖から何人もの人間が……いや、人間であって人間ではないナニカが、ぞろぞろと現れる。誰も彼もが煌びやかな衣装をまとっている中で、明らかに異常な点があった。
一つの体に首が二つある双頭の男女。ヤギの獣人だろうか? 頭に小さな角が生えている。まるで二人を表すかのように、着ている衣装も半分がカラフルなスーツ、もう半分がカラフルなドレスになっていた。
腕が鳥の翼に、脚が蛇になっている長髪の女性。その脚を引き立てるように、ヒラヒラとしたスカートが揺れている。色鮮やかな青緑の翼が照明を浴びてきらめいた。
自分の生首を抱きしめる、ネズミの獣人。純白のドレスに灰色のエプロン、赤いヒダつきの襟はどこか既視感を覚える。
「姉……ちゃん……?」
ぽつりと、震える呟きが溢れる。
隣を見ればケイトが目を見開いていた。揺れる瞳には、生首を抱きしめる獣人が映っていた。
ふらふらと誘われるように歩き出したケイトの脚は、段々と早まっていく。ステージに飛び乗り、姉の顔へ震える手を近づけた。
「姉ちゃん……姉ちゃん、だよな? なんで、どうして……ッ」
ケイトを見つめる目は、瞳にとどまらず本来白くあるべき箇所さえも黒く染まっていた。目を細めた彼女が、ケイトの肩にそっと手を乗せる。細い腕に抱えられた生首がフッと笑った次の瞬間、ケイトの体は舞台から突き落とされていた。尻餅をついたケイトは舞台を見上げて唇を震わせる。
「姉ちゃん……?」
「こ、コは……私達のサァカス。観客ハ観客らシく……」
ケイトの姉が喋ると同時にこぽ、こぽりと奇妙な音が鳴る。音が鳴るたび、彼女の首から赤い液体が滴った。純白のドレスが赤く汚れていく。
アンデッドと化した彼女はケイトのことを覚えているんだろうか……?
「だめだよ、クビナシ。あのこたちは、マオのともだちなんだから! それにいまからするのはフツウのショーじゃなくて……とってもたのしい、トクベツなあそびだもの!」
ココが両手を広げると、天井から色とりどりの紙吹雪が舞う。ライトを反射してキラキラと輝くそれが、とても場違いなように思えた。
「それじゃあはじめるよ!」
ココが素早く腕を振ると、いつの間にか彼の指には何本ものナイフが挟まれていた。ジャーン、と金属を打ち合わせたような音が鳴る。それを皮切りに聞こえてくる奇妙な音楽は一体どこから鳴っているのだろう。
「ココね、ナイフなげ、とってもとくい! みせてあげるねっ」
双頭の男女が指でフレームをつくる。そのフレームに捉えられた瞬間、胸の中心に小さな風船がくっついた。
「はっ? 風船?」
「えっえっ? なにっ?」
困惑する俺達を前に、ココは腕を振った。咄嗟にリーファの腕を引いて横へ飛ぶ。俺達がいた場所を、それも風船があった位置を何かが通り抜けていった。
振り返れば、座席にナイフが刺さっている。おい、マジかよアイツ……!
「よけちゃったらダメ! あたらないよー!」
「当たったら死ぬんだよ……!!」
次から次へとナイフが飛ばされる。リーファとケイトの腕を引いて座席の上を走る。そしたら今度は俺達が行く先を予測して投げてくるっていうんだからマジでふざけてる!
「ナイフなげはやめよう、ココ!」
「どうして? こんなにたのしいのに!」
「こっちは大変なんだよ……ッ!!」
「エスカ! オイラは大丈夫だから離してくれっ!」
本当か? 抱えていたケイトから手を離すと、軽々と飛び上がった。とてもすばしっこい動きでナイフの連撃を避けていく。
よし、これでリーファを守ることに集中できるな。彼女を姫抱きにして走り出す。
どうにかしてココを止めないと。でも、どうやって? ちらりと彼を見ると、どうやらケイトに気を取られているみたいだ。今なら近づけるか?
「リーファ、ここに隠れてろ」
「う、うん。でも大丈夫……?」
「大丈夫だから」
座席の後ろに降ろすと、彼女は震える手を伸ばした。柔い手を両手で包み、大丈夫だからと念を押す。
小さく頷いた彼女は屈んで座席の陰に隠れた。
できるだけ視界に入らないようステージへ近づく。
ココ一人であれば簡単に制圧できたかもしれないが、ステージの上にいるのはココだけじゃない。双頭の男女にキメラの女性、そしてケイトの姉がいる。
それでもどうにか止めないと。
ステージに飛び乗り、矢をつがえる。
ケイトの姉がアンデッドと化している以上……他の異形も元は普通の人間だったのかもしれない。それでも今は魔物だ。
……やるしかない。




