たった一人の家族
オレはマオ。なんてことない、ごくごく普通の獣人。系統は猫で、親は知らない。気づいた時にはいなかったし、そういうのはありふれた話だったから。
でも、困ることはなかった。だって皆優しいから。親がいない子供は、周りの皆で育てる。そんなこの国の常識に、オレは生かされてきた。
恩返しをしようとしても、皆が口を揃えて言う。
「困った人を見つけた時、貴方が力になってあげて」
それが恩返しになるならと、オレは困っている人を見つけたら進んで助けるようになった。冒険者として働くようになって、冒険より街の人からの依頼をこなすことを目的にした。
やがて報酬で生活できるようになって、これで独り立ちだと意気込んだ時だった。
謎の子供に出会ったのは。
その子供は、普通の獣人のように見えた。薬草採取の依頼中に、倒れているところを見つけたのが始まり。
黒と白の髪に、犬の耳と尻尾。鼻から口にかけてが獣寄りになっている顔だち。痩せ細った体は何も食べていないことを示していた。
助けないといけない。そう思うのは当然のことで。
その子供を家に連れ帰って、ベッドに寝かせた。目を覚ましたら何か食べられるようにと、食事も用意して目覚めを待つことにして。
そしてようやく目を覚ました時、子供が発した声が何の単語も成していないことに気づいた。それはつまり、言葉が分からないということ。
言葉が通じないなりに、なんとかしようと思った。食事をあげると、彼は美味しそうに食べた。よかった、食べてくれるならなんとかなる。そう思っていたのに……彼の体調は悪化するばかりだった。
医者に連れて行くと『魔力欠乏症』に似た状態だと言われた。試してみる価値はあるからと、魔力回復のポーションを少し飲ませてみる。少し体調が回復したのを、そして時間の経過と共に悪化していくのを見て、オレに助けることができるのかと不安になった。
ポーションの類はそれなりの値段がする。オレの稼ぎでは、いずれ足りなくなる。そんな予感があった。
どうするべきか、何日も悩んだ。彼が苦しむ度にポーションを与え、背中をさする日々。言葉が通じない彼は、それでもニコニコと笑っていて、オレの頬をぺたぺたと触ることもあった。
体はそれなりに育っているのに、まるで赤子のようなそれを見た時……オレの中に、この子供を守らないといけないという使命感が生まれた。
だからオレは必死に働くようになった。かつて助けてもらった人々に頭をさげて、拾った子供のためだからと事情を話して、少しの食べ物を融通してもらったりした。快く援助してくれた彼らには頭が上がらない。
それでも疲労は溜まっていく。一年が経とうというころ、疲れたオレは熱を出して倒れた。でもあの子供はオレがどういう状態なのかが分からないみたいで不思議そうに横たわるオレを見ていた。
やめてしまおうか、こんな生活。眠りに落ちる前、そんなことを考えてしまう。そんなオレに、あの子はとびきりのプレゼントをくれた。
暇を潰せるようにと渡したクレヨンと紙。それに、オレと彼の絵を描いてプレゼントしてくれた。
泣きそうだった。言葉が通じなくても、オレに何が起きているのか分かっていなくても、きっと元気づけてくれようとしたんだと。
守らなくちゃいけない。
その思いは強くなる一方で。
だから、冒険しようと決めた。ダンジョンに行けば、そこで宝を見つければ、大きな稼ぎになる……そう信じて。
「行ってくるよ、ココ」
「マオ」
彼はよく、ココと言う。自分を指差してココと言う。だからきっと、ココが彼の名前なんだろう。
オレも自分を指差してマオと言い続けた。すると、彼はオレの名前を覚えてくれた。
ココの頭に手を置いて、わしゃわしゃと撫でる。苦しくなった時はポーションを飲めばいいことを、彼は学んでいる。そのままでも食べられるものをたくさん用意しておいた。だからきっと一人でも大丈夫。
そう信じて、オレはネグロへ向かった。そして灼熱ノ渓谷に一日中潜り、宝箱を開けて、時に罠に引っかかりながら、たくさんの宝物を見つけた。
銀貨が詰まった、ずっしりと重たい袋を見る。これだけあれば当分は大丈夫なはずだ。それにそろそろ帰らないといけない。
待っていてね、ココ。アンタが一人で暮らせるようになるまで、オレが助けるから。帰ったら言葉を教えてあげる。そうすればきっと、アンタの力になるから。
そう、思っていたのに。
帰った時、そこにココの姿はなかった。
何日も、何日も、延々と探し続けた。探して、探して、見つからなくて。他の区域を探して回っても、やっぱり見つからなくて。
まさか街の外に出たの? そう思って森に入った時、彼らと出会った。
エスカというエルフの男と、リーファというイノセンスの女。そしてオレと別れた後に仲間になったという、ケイトという鼠の獣人。
再会した時、ココを探すことを手伝ってくれるという彼らに感謝してもしきれなかった。
絶対に見つけてみせる。そう意気込んで、森の中を探し続けた。
不気味なテントを見つけた時。ここだ――そんな直感のような何かが体を駆け抜けた。
ここにいる。間違いなく、ココがいる。居ても立ってもいられなくなったオレは迷うことなくテントの中に足を踏み入れた。
そこはまるで別世界だった。
煌びやかなステージ、無数に並ぶ椅子、あちこちに飾り付けられた風船。
ステージの上に立つあの子を見つけて、泣きそうになった。
目の奥が熱くなる。だめだ、きっとオレが泣いたってアンタは何も分からないから。笑ってあげないとだめなんだ。
どうしてこんな所にいるんだとか、その格好は何なんだろうとか、そんなことは全部どうでもよくて。ただただそこに立っていることが嬉しかった。
「ココ! こんなところにいたんだ。ほら、早く帰ろう」
ああ、よかった。あの子は死んでなんていなかった!
帰ったら一緒にご飯を食べよう。アンタのためのポーションだってちゃんと用意したんだ。
紙とクレヨンも買ってきたから。帰ったら一緒に言葉の勉強をしよう。ちゃんとアンタが分かるまで、オレが教えてあげるから。
尻尾をピンと立てたまま駆け寄るオレにココは笑う。
「マオ、きたんだね。いっしょにあそぼう!」
無邪気に笑う。




