(1)
今朝は灰色の曇り空に覆われ、薄暗い。
時折、陽光が射し込んでも、その殆どは隠されてしまう。
普段は濃紺をした大海原だが、少し前の荒天の影響か、今日は透明度を失っていて黒い。
朝晩に肌寒さを感じるようになったこの頃。
嘗て感じ取っていた視覚的な季節の変化とは違い、現在は、風や空気でそれを察する生活。
信じられないが、すっかり馴染んだ。
彼は珍しく、見張り台の番をしている。
漁を終えて帰路につく最中、柱に身を預けて考え事をしていた。
4人が戻り、早一月。
彼等が空に上昇した際に負った額の怪我は、空の神々の力により寸秒で治癒した。
冷風に少々身震いすると、額に揺れる金髪の下に手を何となく潜らせる。
そう言えば夕べは、随分と懐かしい夢を見た。
それはまだ、世界が今のように変わり果てる前の頃。
しかし、内容は初めてのもので、夢を見るまですっかり忘れてしまっていた出来事だ。
あれは、酷い事件に巻き込まれた女性だったが、それからどうしただろう。
出会い当時はまだ、自分は駆け出しの頃だった。
懐かしさと同時に、寂しさが颯爽と彼方へ通過する。
額の手を下ろすと前の縁に両腕を預け、水平線を眺めた。
もう直、自分達の島に着く。
いつかとは少し変わった、賑やで和気あいあいとした、東の島に。
「おいカイル!」
すっかり夢の事に気を取られていた。
随分前から呼ばれていたのだろう。
彼が慌てて見下ろすと、そこでは普段、見張り台を仕切るレックスが声を張っていた。
「いつまでそこにいんだ!こっちの仕分け手伝え!」
カイルは悪いと一言叫び、柱に結んでいたロープを手早く解くと一気に下降。
綺麗にたんと着地する手慣れた技は、レスキュー隊時代よりもすっかり磨きがかかった。
「ぼさっとしてどうした」
新船の床に忙しない足音を立てながら、レックスと共に引き上げられた網の傍へ移動する。
「いや。
どういう訳か、昨夜はえらく昔の夢を見て。
考えてただけだ」
適当に相槌を打つレックスと辿り着いた先から、何やら誰かが苛立つ声がしてくる。
「笑うな!
習った事をしただけだ!そんなんじゃねぇ!」
「笑ってない!
やっぱり本当にあるんだって言ってるだけよ!」
「大体しつけぇんだよ!
一月経とうってのにいつまで言ってんだ!」
「嬉しかった事は、いつまでも言っていいでしょ!」
ジェドがシェナに苛立ち、引き上げられた網に掛かる魚の1匹を勢いよく彼女に投げつける。
シェナの痛がる声に被さるように、マージェスが強く短い息を吐いた。
「もういいさっきから!手ぇ動かせ手ぇ」
「これ取っておじさん。ちっとも取れない」
網にかかる魚は時に、絡みついている事もある。
上手く取り外せないシェナは、マージェスにどうにかしろという態度で、すんなり差し出すのだった。
この中で最も小柄な彼女の手では、少々捌くのに難しいようだ。
「何怒ってんだよ」
言いながらレックスは、苛立って無口になるジェドの湿った黒髪を雑に撫でてやる。
彼はそれすらも嫌がり、ぐわんと首を大きく一捻りして避けた。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します