(3)
辺りに靄が掛かり、しとしとと雨音が水面を叩き続けていた。
何も見えない言いかけた矢先、オールを漕ぐ手が止まる。
父は、視界に飛び込んだ光景に目を震わせた。
無事に生まれた息子を抱いた時が、そこに明確に映し出されているではないか。
「一体どういう……」
「見て父さん! 母さんだよ!
こっち向いて笑ってる!」
だが耳を疑う。
父には、息子が言うような映像が見えない。
互いに、全く違う母親の映像を見ているのか。
あまりの興奮に、息子は船縁から身を乗り出して喜びの声を上げる。
確かに宙に映し出された思い出は美しいが、実に奇妙な事態だ。
それに、何だか胸が抉られるような痛みを感じる。
息子もまた同じか、はしゃぐのを止め、手で胸を押さえつけていた。
「座るんだ。危ないぞ」
父は片手を伸ばし、小さな肩を掴んで船内に入れ込もうとするが――
「わあ!」
刹那、ボートが大きく揺れ、親子はバランスを崩す。
息子の驚く声は、落下音に消えた。
止まない雨の中、父は息子の名を叫びながら必死に腕を伸ばし、か弱い手を掴もうとする。
事態に慌てふためき、溺れてなかなか手を掴めない。
父は、落ち着くよう声をかけながら、息子の脇の下に手を潜らせ、引き上げようとした。
だが、息子は悲鳴混じりに泣きじゃくり、時に水中を覗きながら叫ぶ。
「助けて父さん! 足! 何か足つかんでる!」
言う傍から息子は沈み、その真下に白銀の何かが鋭く光った。
父は息子の両腕を取ると、そのまま一気に引き上げる。
だが、何かと引き合いになった。
奪われてなるものかと、目を血走らせながら腕力を込める。
その時、それは息子の肩から激しく跳躍し、姿を表した。
泡を吹きながら大口を開け、並びが悪い幾つもの牙を剥く化け物。
不意に骸骨が脳裏に過る。
巨大な黒い二つの穴に、点を打った様に浮かぶオレンジの眼球を乱雑に泳がせている。
親子は度肝を抜かれた。
足には部分的に剥がれ落ちた銀の鱗を纏い、先端にはまるで刃物を整列させたような尾鰭。
「に……人魚だとっ!?」
目を奪われる最中、父は反射的に落下してくる人魚を殴打し、何とか海に弾き飛ばした。
その時、頭上で何かが割れる音がすると、引き上げられた息子が天を仰ぐなり驚愕する。
「空が! 父さん空がわれてるよ!?」
父は力無く首を横に振る。
夢ではない事態を、一刻も早く島に伝えねばならない。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します