(27)
ジェドから人魚までの距離は一体何歩分だったのかと、周囲は疑わずにはいられない。
人魚の跳躍に追いつく驚異的な速さの理由は、彼が持つ灰色の視界と眼にあった。
強い感情が湧き立つ事で開かれるスローな世界。
ジェドはそこに身を置くまま、更に深々と槍を突き刺し尾鰭を固定させていく。
それに抗おうと暴れ続ける人魚だが、ジェドは眼を尖らせては誰の耳にも届かないほんの僅かな唸り声を溢した。
フィオは俯いたまま身を起こす。
それに手を貸そうとグリフィンが駆け寄るのだが、彼女は平気だと小声で拒んで立ち上がる。
そして長い黒髪を、前に乱暴に搔き込んで顔を隠した。
人魚を回復させる為に触れてやるどころか、慌ただしく皆から距離を取って背を向けてしまう。
その先にシャンが立っているのに気付いたジェドは、この状況を心底憎んだ。息を荒げたまま槍を引き抜くと、亡霊の様に立ち尽くすフィオを乱暴に退かし、目前のシャンに襲い掛かろうとする。
シャンは怯みもせず憐れむ様な表情で見据え、ジェドはその態度に一層毛が逆立つ思いに駆られる。
「このクソ鮫がああっ!」
震える声は嗄れていても、心底から沸き起こる小さな獣の威嚇の声が放たれた。
シャンの背後に着く鏡の鎧の仲間がこの状況を見るや否や、透かさず2人の間に鏡の盾を出現させ、ジェドが振り翳した槍を弾き返す。
片や、フィオを襲撃した巨大な人魚には、先に回復させられた鏡の人魚によって術がかけられていた。
「ジェド止せ! こっち見ろ! 息を整えろ!」
「どけっ! こいつ殺してやる……」
体が前のめりになるジェドを必死に抑えるのはマージェスだった。
彼は焦りを抑えられず、手は恐怖に震えて冷え始める。
そこにグリフィンも加わり、ジェドを懸命に呼んで正気を取り戻させようとするのだが、彼の変わり果てた眼は殺意に満ち、鏡の盾の向こうのシャンを貫こうとしてしまう。
邪魔するなと仲間に吠え飛ばすジェドの顔を、シャンは盾越しに見つめていた。
ジェドはそこからシャンを捉えられてはおらず、代わりに変わり果てた自身の姿が晒されている。
しかし、それにも気が付いていなかった。
シャンは変わらぬ眼差しを足元へやり、今はどうにもできないと、そのまま沖のコアに流し目を向けた。
海洋生物達の抵抗は限界に近付いている。
沈みゆく海洋生物を面白がるコアの嘲笑が風に流されてきていた。
見事に狂い果てた形に、大地の神を滅ぼす他はないのかと最悪の思考が過り、震える鏡の眼を瞑る。
「落ち着けジェド! フィオは無事だ!」
「あいつのせいだろうが! 俺が殺してやる
放せ!」
恐ろしい発言をその後も幾度となく繰り返す彼に、集まったアリーや長老も顔を強張らせていた。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月19日完結
18時~ 投稿
・最終話 (エピローグ)
・作者あとがき
同日21時~ 次回連載作発表
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本シリーズは
代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
完全閉幕します




