(7)
「あーーーーきたーーーー!」
やっと辿り着いた、グリフィンの家。
賑やかな甲高い声に合わせて木の窓が激しく開くと、ビクターは危うく顔にぶつかりそうになるところを躱す。
誰かと思いきや、ジェドを小さくしたような見た目をした黒髪の少年ケビンが、顔を出すなり大声を出して悪戯に笑っている。
「おねぼうビクター
きょうも けいしゃん の れんしゅう よ!」
ケビンの真下から顔を覗かせるのは、肩までの茶髪をいつも2つに結ぶリサ。
今日は母親に無理を言って自分で結ったのか、なんだか高さがとんでもない事になっている。
小さな彼女はまだ、時に拙い喋り方をするので、そこがシェナとの出会い当初を思わせる。
その2人の背後から大きな手が伸び、そのまま彼等の頭に触れた。
「やあビクター。
どうした、今朝はえらくゆっくりだな」
グリフィンは、少々伸びた茶色い髪を後ろで小さく結んでいる。
すっかり馴染んだ存在だが、彼に起きた悲惨な出来事は忘れない。
一度、空島を襲った魔女によって砂にされた体だが、竜の精霊達の復活を経て帰ってきた。
そんな信じ難い思い出は、日が経つにつれ夢のようにぼやけつつある。
「入れ。今日の掛け算は簡単にしてあるぞ」
「……………」
覚えられたら、それはそれは便利なもの。
グリフィンはしかし、気乗りしないビクターを叱らない。
そういったところが、今日も参加しようと思える理由だ。
「きょうは、て をつかって かぞえても
じかん かからないって!
たいへんだったら あたしの これ かしたげる!」
クロイだ。
長い黒髪の彼女は、どこかフィオを思わせる。
両手いっぱいに見せてくるのは、拾った貝殻とシーグラス。
波に揉まれて刃の部分が落ち、すっかり丸い透明の石と化したガラス片だが、物を数える時の代わりに丁度いい。
それらを使う事で計算が難しくないという事を伝えているのだろうが、手などを使わないと混乱する自分が嫌なのだ。
彼女がそこまで理解するのは、まだ難しい。
ところで、彼女は随分と様々な色で汚れている。
部屋の奥を覗けば、花などの植物や果実の皮、岩を削ったりしたもので色を作っていたようだ。
それらを使って、絵を描いて遊ぶ事が流行っている。
「でんせつ の ほん、はやく つくってよ!」
ウィルが皆の間から激しく縫って出て突き出してくるのは、木の皮を削ってできた、本のページになる予定の材料。
よく見ると、文が数行綴られていた。
文章表現が上達し始めたフィオによるものだろう。
「けいさん したら
もじ の べんきょう だってさ!」
続くウィルの発言に、ビクターはもう首筋を搔いている。
そろそろ部屋に入ればいいものを。
足はまだ、砂に埋もれたままだ。
ねぇねぇと話しかけてくるウィルは、まるで自分を見ているようだが、彼はそこまで積極的ではないので、体中に傷を負っている訳ではない。
グリフィンが離席するチビ達に戻るよう優しく促す。
そしてなかなか入室しない相変わらずなビクターを、理解しながら見つめる。
今日は一体、何が気になるのだろう。
仏頂面を浮かべるビクターは、向こうに佇む漁船をまた見るのだった。
代表作 第2弾(Vol.1/前編)
大海の冒険者~人魚の伝説~
8月上旬完結予定
後に、代表作 第3弾(Vol.2/後編)
大海の冒険者~不死の伝説~ をもって
シリーズ完全閉幕します