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後編

 宇宙船は一瞬で直った。ステラ、宇宙人の名前だ。話している最中に「ステラと呼んで」と言われた。彼女は天才的な技術を持っており壊れたハンドルを一瞬で元に戻した。「もう飛べるよ」と少し寂しそうにそう遂げて、俺の遭難の心配は一瞬で消え去ったのだった。


「どうお礼したらいいか」


 申し訳なさそうにいう俺に対して、ステラは「話がしたい」と言った。私が眠くなるまででいい。私が寝たら帰っていいから、それまで話をして欲しいというのだ。そんなの、答えは決まっている。


「喜んで」


 俺の返答を聞いたステラはぴょんぴょんと無機質な大地を踏み込んで、跳ねた。その姿は内側の喜びを全て外に出しているようで、自分との会話をここまで楽しんでくれる事がとても嬉しかった。


 それから俺とステラは、沢山のことを話した。ステラは俺の話に興味津々で、どんな些細な俺の話にも楽しそうに耳を傾けてくれた。

 俺は、自分の星にある、美しい景色や、美味しい食べ物の話、大事な友人の話や、家族の話、どうでもいい隣人や、上司や部下の話、下世話な話、悲しい話。時間の許す限りの多くの話を、ステラに話した。逆にステラはあまり多くの事を話さず、俺が質問しても大体ははぐらかしてしまったが、たまに自分のことを話してくれた。


 ステラが心底美しいと思うものについて

 ステラが大事にしている人について

 ステラが宇宙船に詳しい理由について


 ほんの少しだけだが話してくれた。俺は、その話を一つも溢さないように。自分の言葉で埋めてしまわないように、注意深く聞いた。

「私、幸せなの」何度か、ステラはそう言った。何もないまっさらな土地で、ステラは自分に言い聞かせるようにそう言っていた。


「眠くなって来ちゃった」

 

 話の切れ目のタイミングでステラは欠伸をした。そして、プツンと電源が切れるように、地面に倒れ、すうすうと寝息を立てて寝てしまった。帰星の時間だ。俺は寂しくなった。寝ているステラを横目にして、宇宙船を走らせる。それをした瞬間、何もかもが途切れてしまうんじゃないかと思った。俺とステラを、一瞬でも繋いだ細い糸が、簡単に切れてしまうのではないかと思った。


 俺は眠たい眼を擦りながら、ゴツゴツとした地面に眠るステラを眺めた。眩しいくらいの光が、彼女を照らしている。あれほど変だと思っていた容姿には、ちっとも異変を覚えなくなっていた。


 ーー今旅立つのが、ステラにとっても俺にとっても一番いいのかもしれない。


 少しでも親しくなると、別れ際は悲しいものだ。それにこれだけ離れているとまた会いに行けるかも分からない。今生の別れになるかもしれないわけだ。たった一夜、ただ話した相手だから、後腐れなくさよならしたい。ステラはそう思っているのかもしれない。だけど、俺は?


 俺は一体どうしたい?

 

「ステラ、無言で去るのは俺のポリシーに合わないんだ。その寝たふりをやめてくれ」


「何でわかったの?」


 ステラは起き上がった。少しだけ、目元が潤んでいた。


「分からないけど、ステラならそうするのかなって。自分の感情を押し殺すのが上手だから」


「太郎って、意外と相手を見る目あるんだね」


「意外とは余計だ」


 そう言って俺はステラを見た。旅立ちを告げるためにステラを起こしたが、どう告げればいいのかが分からなくなってしまった。俺は一度決めたら突っ走ってしまうから、よくこうなってしまう。それでも、それでも俺はこの選択が間違いじゃなかったと信じたい。


「見送りをして欲しい。一人で発つのは悲しいから」

「悲しいって、あなた勝手ね。残される側の気持ちも知らないで」


 ステラはブツクサと文句を言いながらも、俺の願いを聞き入れてくれた。「事故ったら大変だしね」と自分に言い聞かせていた。

 俺とステラはしばらくの間、お互いに見つめあっていた。日差しがステラを照らす。無数に生えた黒い触覚が、その光を反射してキラリと輝いた。

 

「綺麗だ」


「え?」


 思わず口に出た言葉を、ステラは聞き返した。


「その頭にたくさん生えている触覚。初めは変だと思ってたけど、すごく綺麗だ。光が当たると透き通っているようで」


 褒めたつもりでそう言った。けど彼女は少し複雑そうな顔をして


「"触覚"って。ふふ、まあいいわ。ありがとう。私の星ではこの"触覚"が命と同じくらい大切なの」


 そう言うとステラは、その無数の触覚を手でなびかせた。ふわりと浮き上がった触覚はつぶらかに光を反射している。

 

「私にとってもこの"触覚"はすごく大事なもの。わかってると思うけど、私はこの星で生まれたわけじゃないから。私の星で大事なもので、持ってこれた数少ないものなんだ」


 俺はステラの話をただ黙って聞いた。昨日の夜と同じように。


「私が生まれた星、あれなんだ」


 ステラはそう言って手を星に向けて伸ばした。その星は俺がずっと意識的に見ようとしなかった星。俺の宇宙船のハンドルが壊れた原因。血色の惑星。


「綺麗な色でしょ。命が生まれる色なんだ」


 果たして血の色は綺麗なのだろうか。俺には少し毒々しく感じてしまった。だがそれは過ごして来た人生によって、じっくりと作られた価値観に過ぎないのだろう。「綺麗だね」とそっと返し、それ以上はもう聞かなかった。

 

 コックピットに入り込み、エンジンをかける。すると、ぶるんと機体が振動して、ドッドッドと軽快なエンジン音を鳴らす。ハンドルもしっかり固定されていて、しっかり動きそうだ。


「どう? しっかり直ってるでしょう」


 コックピットの外から話しかけて来た彼女が、嬉しそうにそう言った。明るい日差しが眩しかったからか、その顔は何だか眩しくて、俺は目を逸らしながら返事をした。


「ああ、本当にありがとう」


 別れの時だ。

 ステラを見ると、涙を流していた。俺はこの星に一人で来たのに、ステラをここに捨てていくような、そんな気持ちになってしまった。宇宙船は一人しか乗れない。ステラを乗せる事ができたなら、俺の星に連れて来れるのに。


 大したお金もなく、小さな中古の宇宙船しか買えない俺が出来る事は限られているだろう。それでも限られた事をしよう。俺はそう決めた。


「ステラ、俺の星の食べ物に、興味はあるか?」


 緊張して、つっかえがちになってしまったが、思い切って聞いた。それを聞いたステラは驚きの表情を見せながらも、間違いなく嬉しそうだった。


「あるわ! あるに決まってる!」


「じゃあ、持ってくるよ。すぐに持ってくる。早くても二ヶ月はかかるけど、それでも待っていて欲しい」


 絶対にまた来る。そう決めた俺の心は、もう誰にも止めることはできないだろう。


「ありがとう、待ってるよ、私、ずっと待ってる」


 ステラはそういうと、嬉しそうに触覚の先端の一部をいじくり回した。


「やっぱり素敵だね。その触覚」


 褒めるとステラは少し考えるような顔をして、意を決したのか強い眼差しで俺を見た。


「ふふ。何度もありがとう。でも触覚綺麗じゃなくて、”髪の毛”綺麗って言われた方が私は嬉しいな」


「かみのけ…」


 知らない言葉だった。だけど、この極細で数多にも生えている触覚には、別の名称があるようだった。


「かみのけ、綺麗だよ」


 そう言うと、ステラは憂いのない、すっきりとした笑みを見せた。


「その言葉があれば、待ってられる」


「すぐに、戻ってくるから」


「うん。だからもう行って。ずっとここにいたら、私も太郎も離れるタイミングを見失っちゃうから」


「うん」俺はステラの言葉に合わせて、エンジンをローギアに入れた。たった1日だったが、大事な人の元から旅立たねばいけないような、そんな寂しさが心を覆った。大丈夫だ、すぐに戻る。またすぐ会える。


「ねえ!!」


 外からステラの声が聞こえた。エンジン音に紛れてかき消されそうになっていたけど、何かを俺に伝えようとしていた。


「少し遠くに行ったら、私の星を見て! きっとすごく綺麗だから! 太郎、多分あんまり私の星を綺麗だと思ってないでしょ? でも、距離を置いて、よく見て欲しい! そしたら本当の良さに気づくはずだから」


 必死に耳を澄まして聞き取った別れの言葉は、あの血色の惑星についてだった。俺を驚かせた奇妙な色の星、ステラが生まれた星、そしてステラが、戻る事ができない星。こんなに近くにあるのに、彼女はこんなに綺麗だと言っているのに、それでも戻る事が出来ない星。


 ステラは大きく手を振った。俺も出来る限り大きく手を振り返した。「分かった! 絶対に見るから!」聞こえているかは分からない。けども届いて欲しくて、本気で叫んだ。


 宇宙船が浮き上がる。吐き出された大量の空気は、彼女の”かみのけ”を大きくなびかせるだけでなく、彼女をも吹き飛ばしそうなほどの強い風を生んだ。それでも彼女は手を振り続けていた。


 俺もそんな彼女に出来るだけ片手を振りながら、思いっきりレバーを下に降ろした。ググッと体に負荷がかかり、宇宙船は勢いよく地上を飛び跳ねて、宇宙へと向かった。下を覗き込む。もう彼女は見えない。それでも俺は彼女に手を振った。きっと彼女も、そうしているだろうから。

 そのまま大気圏を突き抜けて、宇宙へと放り出された。重力が消え、体が浮いたような感覚になる。


 下を見ると、彼女がいた場所はもうどこか分からず、彼女がいた小さな衛星がふわりと宇宙に浮かんでいた。

 俺は、設定しておいたナビが案内する方へ、ハンドルを切った。家に帰るのだ。


 宇宙船は彼女がいた星をあっという間に小さな星にしてしまった。


 

「少し遠くに行ったら、私の星を見て! きっとすごく綺麗だから!」


 ステラの声が聞こえた気がして、振り返る。宇宙の暗闇が映る。その中に、ぽつんと浮かぶ血色の惑星。


「距離を置いて、よく見て欲しい! そしたら本当の良さに気づくはずだから」


 近くで見るとゴツゴツとした()()を持っていたその惑星は、遠目に見ると透き通っていた。真っ青な星、俺らの血液と同じ色をした星。その血が薄まるように、温かみを持ったように、遠くからだと見えた。


 この1日で学んだ事は、表面的な事や常識は、時に全く意味を為さないと言う事だ。たまには自分の感覚や思い切りに身を任せてみるのも悪くないのだ。


 ならば、この星は? この血色の、青い惑星は?

 綺麗だ。


 少しずつ小さくなっていくその青い星。その青さをステラは、「命が生まれる青さ」と言った。

 確かに血液は生命を作り出す上で大切な要素になっている。だけど、そういうことじゃないんだろう。ステラにとっては、それは血の色じゃないはずんだんだ。だって、彼女は事あるごとに赤くなった。俺とは大違いだ。きっと彼女に流れている血は、俺の血とは違うものなのだろう。

 まだまだ、知りたいことが沢山ある。命が生まれるってどういうことか、今度会った時に聞いてみたい。


「ああ、宇宙って面白いな〜」


 初めての宇宙ドライブで、宇宙人に会った。全く違うその形態に初めは戸惑ったが、心は自分と似通っていて、大切にしたいと切に思った。初めは醜いと思っていた”かみのけ”や他の容姿も、時間が経つに連れて綺麗に見えた。ステラが生まれた星もそうだ。


 俺は頭の先端にある、太い触覚を握った。彼女の”かみのけ”はどんな触りごちなのだろう。俺の触覚とはまったく違うのだろうか? 

 知りたい。どんなところが同じで、どんなところが違うのか。


「ステラ、俺の星の食べ物、美味しいって思ってくれるかな?」


 ステラが食べる姿を思い浮かべる、美味しい! そう体を揺らす姿が見たいから、とびきり美味い食べ物を持っていこう。

 彼女と過ごしたあの衛星は、もうどこにも見えない。 彼女の生まれた星も、次第に小さくなっていく。青い星、名前は何ていうのだろう。青の中に3割くらい見える緑や茶色の部分は、一体何なのだろうか? あの星でどのようにステラは生きていたのだろうか? ステラのことをもっと知りたいと、心からそう思った。


 またすぐ会いに行こう。そしてその時は、俺の星の写真も持っていこう。

 青い星も素敵だけど、赤い星だって同じくらい素敵に違いないから。

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[一言] はじめまして。 スペースワンナイト、作品名からしてロマン溢れてます! 宇宙って言葉だけで、なんであんなにわくわくするんでしょうね。 テンポ良くするする読めて、絵が浮かぶようでした。 知らな…
[一言] もしかして、と思いながら読み進め、後編で少しずつ明かされる真実に、ニマニマしました。確かに知らない人からすれば、「あれ」は数多くの触角に見えてしまうのかも。 そういう意味では、語り手は一体ど…
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