第5話 魔女の棲む島・1
磁場異常に巻き込まれ、南の島へと不時着したオメガ・グリュンタール。
そこでミラ・セイラムと出会った彼は……。
オメガたちが不時着した島は、周囲三キロ程の小さな島だった。人のいる気配はないが、一隻、海岸に打ち上げられている船があった。中型のフェリーのようだ。
「僕たちのRA以外の人工物は、これだけだね……」
「うん……」
ふたりは船を見上げながら言った。ミラはオメガの手をぎゅっと握る。
「入ってみようか……」
「うん……」
ミラは心ここに在らずという感じで頷いた。
「大丈夫? やっぱり……どこか悪いのかい?」
オメガは尋ねる。
「う、ううん、そうじゃあないの。ただぼうっとしちゃって……」
ミラはふるふると首を横に振った。どうしよう、言えないよ……オメガくんとの将来のことを考えていたなんて……。
「で、何の話……?」
「あぁ、えっと……この船の中も調べてみるかいって話。食べ物とか、島で生き残るのに必要なものがあるかもしれないし、それに、もしかしたら乗員で生きてる人がまだいるかも……」
「えっ……」
それは困る、とミラは思った。食べ物があるのはありがたいが、せっかくふたりきりのバカンスなのに……。
「人……いるのかな」
「いたらいいね」
オメガは答える。ミラはそっとオメガから手を離し、沈んだ表情になった。そう……オメガくんは、他の子がいてくれた方が楽しいんだ……。それなのにあたしはひとりで舞い上がったりしちゃって……。
「ミラちゃん、一緒に調査に行かないの? ここに残りたいって言うのなら無理にとは言わないけど……」
「う、ううん、行く! 行くよ!」
ミラはふたたびオメガの手を握った。
ふたりは、船の側面に空いたちょうど人ひとり分くらいの大きさの穴から船の中に入った。
船の中は、人の気配がしなかった。廊下などに色々な小物類が散乱している様子からして、乗員たちはだいぶ慌てて逃げてしまったようだ。恐らくは磁場異常に気が付き、船を脱出したのだろう。そして船だけがここに転移をしてしまったのだ。
オメガはやがて、厨房と思しき部屋を見つけ、中に入っていった。ミラもそれに続く。
「台所だ。良かった……まだ使えそうな器具ばかりだよ……」
オメガは調理台の下の戸棚を開けて確認しながら言った。
「でもどうしよう……あたし、料理なんてしたことなくって……」
船に誰もいないことを確認して、やや元気を取り戻しかけていたミラが言う。
「大丈夫だよ。僕、これでも料理は得意な方なんだ。食材さえ残っていれば有り合わせのものでミラちゃんの分も作ってあげるよ……」
「嘘……」
ミラは目をぱちくりさせた。こんなに可愛くて優しい上に料理までできるなんて……。あぁ、オメガくん、あたしの夫になっちゃうなんてもったいないくらい……。
オメガはそんなミラの様子には気付かずに、冷蔵庫を開けた。
「うん。必要なものはだいぶ揃っているね。これなら簡単な家庭料理くらいは作れそうだよ」
だが、彼は食材を見るのに集中していて、背後の調理台の陰から現れた新たな人影に気づかなかった。
「オメガくん! 後ろ!」
ミラが叫び、オメガは慌てて振り返る。だがそれとほぼ同時に、彼の首元に細い棒切れが突きつけられた。
「まさかわたくしの目が黒いうちに新しい遭難者がやって来るとは思いませんでしたわ……」
そいつは言った。オメガは相手の様子をつぶさに観察する。黒髪をショートボブくらいの長さに切りそろえた小柄な少女だ。服装は修道士のように真っ黒いローブ。年齢は……多分、オメガと同じくらいか、一歳ほど歳下か……。
「てめぇ! あたしのオメガくんに何をしやがるんだっ!」
ミラが調理台を飛び越え、包丁を手に取り、少女の首に突きつけた。
「そっちの子は随分血気盛んなようですわね……いいですわ。降参降参っと」
少女は両手を挙げるとオメガから離れた。
ミラは包丁を少女に向けながら、オメガを庇うように立った。
「あの……ミラちゃん……」
オメガはそんなミラに声をかける。
「そこまでしなくても……いいのに……」
「良くないよ! オメガくんを傷つけるような害虫はあたしが殺し尽くさなきゃ!」
ミラは少女に飛びかかろうと身構えた。だが、オメガはそんな彼女を後ろから抱き止めるように抑えた。
「いいよ……。僕は大丈夫だから……ほら、包丁を置いて……」
「う、うん……」
ミラは包丁をゆっくりと調理台の上に置いた。
「ところで」
と、オメガは黒いローブの少女に向き直る。
「君は……誰なんだい?」
すると少女はふっと笑って言った。
「驚いて腰を抜かしても知りませんわよ……。わたくしの名前は……」
それから少し間をあけて続ける。
「フローラ・リヨン。バフォメット教会の最高司教様ですわ!」
オメガとミラは顔を見合せた。
「ミラちゃん、知ってる?」
ミラは首を横に振る。
「えっ、嘘、わたくしのことを知りませんの? あなたたち、新聞はお読みになられて?」
ミラはまた首を横に振った。
「はぁ、これだから駄目ですわね……最近の若者は……」
大して年齢も違わなそうに見えるのに、フローラはため息をついた。
「ちょっと待って、君はまだ子供じゃあないか。それなのに最高司教なんて……信じられないよ」
オメガが言った。
「子供って……あなたたちも子供ではありませんこと? わたくしはもう十八、あなたたちと同じくらいの頃には、軍人としてミレニアム戦役で戦ったこともありましたわ……」
「あっ……」
オメガは声を上げた。
「どうしたの?」
ミラが尋ねる。
「いや……その……知り合いの魔女の宗教者が行方不明になったって、一週間ほど前にクローネさんが……」
オメガは思い出した。だとすると、目の前のこの娘は人間ではなく魔女なのか。
すると、フローラはぐいっとオメガに身を寄せてきた。
「あなた……そのクローネさんって、クローネ・コペンハーゲンさんのことを言ってますの!?」
ミラはさっと、オメガを庇うように彼とフローラとの間に立つ。
「そ、そうだけど……」
「いい子ですわよねぇ、あの子は」
フローラはさながら親戚のおばさんのようなトーンで言った。クローネは十九歳、フローラは十八歳なのでフローラの方が歳下のはずなのだが……。
「そうですね。でも……僕……最後に会った時に喧嘩をしちゃって……あれが最後だったなんて、哀しいな……」
「そう……あのクローネが喧嘩を……」
フローラはしみじみと感じ入るように言った。
「まぁでも、また会った時に仲直りすればいいんじゃあありませんこと? クローネはそんなこと、根に持つようなタイプではありませんわ」
「でも、ちょっと待ってよ司教さん」
ここで、ミラが言った。
「どうしましたの? あー、えっと……」
「あたしはミラ・セイラム! ここにいるオメガ・グリュンタールくんの未来の婚約者……!」
「えっ」
「え……?」
「ま、まぁそれはともかくとしてっ」
ミラは顔を赤らめる。
「あたしたちのRAは磁場にやられて故障しちゃったし……この船には穴が空いている。どうやって島から脱出するの?」
「そうですわね……。でも、そのRAの故障、わたくしに見せてもらえませんこと? わたくしにだって一応従軍経験はありますし、もしかしたら力になってあげられるかもしれませんわ」
オメガとミラはフローラを連れてRAの不時着している島の南側の海岸へと向かった。途中でオメガは、フローラがどうしてここに来たのかを質問する。
「僕たちは……戦っているうちに磁場に飲み込まれたんだけど、フローラさんはどうやってここに来たの?」
すると、フローラはため息をついた。
「騙されたんですわ……」
「騙された?」
「そう、わたくしはある有名な財団に招待されてあの船に乗っていましたの。でも、ある日、船がバミューダ海域に近づきすぎてしまって……。で、わたくしは魔女だから魔法でどうにかしてくれと言われましたわ。でも、魔法にだって出来ることと出来ないことがある……わたくしはそれをきちんと説明したつもりでしたの。でも、向こうは自分たちが助かるために、わたくしを甲板に立たせ、少しでも磁場の嵐を収めるように呪文を唱えさせて……でも、その時の約束では脱出艇は全員分あるということでしたの。でも、実際にはひとつ足りなかった。わたくしが全員の避難を見届けた時にはもう逃げる手段は無くなっていましたわ」
「酷い……」
と、オメガは言った。
「人間にとって他種族の人類なんてそんなものですわ……。都合のいい所だけ使って、あとは使い捨てる。彼らはそうやって生き残ってきましたのよ。この数百万年の間ずっと」
「でも……誰かが声を上げないと……」
オメガは言う。
「それに、人間がみんながみんな、そんな意識を持っているわけじゃあない。クローネさんや神威さんみたいな僕の仲間たちも、それにあの……ミラちゃんやウィンダーだって……」
「オメガ……といいましたわね?」
オメガは頷く。
「本当に似た者同士ですわね。あなたとクローネは……」
*
スターペンドラゴンの艦橋では、必死に技術スタッフたちが消えたハイペリオンオメガの捜索を続けていた。アリアが指示を飛ばし、その横でクローネは心配そうにそわそわと動き回っている。
「クローネ、やっぱり心配なのか?」
ちょうど艦橋に入ってきた神威が尋ねた。
「はい、オメガくん、何をしでかすのか分かりませんから」
「きゅう、きゅう!」
モフ子さんがクローネの胸元に飛び込んでくる。クローネはそれをしっかりと両手で受け止めた。
「だいたいまず、あのハイペリオンシュヴァリエのパイロットと一緒に飛ばされたというのが心配です。戦い方を見るに、いちばん私たちに敵対的なのがあの機体でしたから……」
「クローネ、言ったはずだぜ? 心配は愛じゃあないってな」
「はい?」
「本当にオメガのことを仲間だと考えているのなら心配はするな。信頼してやれ。大丈夫、あいつは生きてるし、今も無事だ」
そして神威はクローネの頭を撫でた。
「あの、神威さん……」
クローネは言った。
「どうした?」
「私たち、仲直りできるでしょうか……? 私たち、お互いに酷いことを……」
「大丈夫だ。お前にその気があるんなら、相手にだってその気はあるはずだぜ」
それから神威は付け加える。
「なんてったってお前たちは似た者同士なんだからな……」
神威はクローネの髪をわしゃわしゃと撫でてやった。
「ちょっと、神威さん、やめてくださいっ、せっかく整えてきたのに……っ!」
「いや、悪い。本当に髪質がいいなと思ってな」
「きゅう……」
モフ子さんが呆れたように鳴いた。
*
一方、ルルイエ神聖教団所属の仮面の女率いる黒い戦艦でも、捜索活動が行われていた。こちらは、ミラ・セイラムおよびハイペリオンシュヴァリエの捜索である。
「まったく、まな板ちゃんめ……いなくなってまで迷惑をかけやがる……」
アギリが艦橋のモニターをオペレーターと共に覗き込みながら言った。
「とか言いつつ、お前がいちばん心配していただろう? 私は聞き逃さなかったぞ、彼女が磁場異常に飲み込まれた時、お前がミラの名前を呼んだのを……」
「うげっ、指揮官さん地獄耳!?」
背後からからかうように言った仮面の女にアギリは言い返した。
「普段は喧嘩をしながらもいざという時に団結力があるのはお前たちの強みだが……」
と、仮面の女は言った。
「しかし、ミラのあの性格のことだ。四機目のハイペリオンをパイロット諸共バラバラにしてしまったということも考えられる。いや、バラバラくらいなら修復は可能だが、完全に消し飛ばしてしまったという可能性も……」
「指揮官は……」
と、その会話にウィンダーが入ってきた。
「俺たちに『再調整』をしようとしません。『再調整』をすれば彼女のように時たま暴走をすることもなくなる……」
「ウィンダー、お前は『再調整』を望んでいるのか?」
仮面の女は問うた。
「それは……」
「いいか『再調整』なんてことをしてしまえば、お前たちは完全に機械のような人間になってしまう。今までの記憶も全て消され、文字通り兵器として生きなくてはいけなくなるだろう。お前たちは、それでも……」
「消した方がいい記憶だってありますよ……」
アギリは呟いた。
「それも含めて、お前たちだ。少なくとも私は、人間を機械のように扱う上層部の方針は認められない」
「まったく、指揮官のぬるま湯モードは、いつか上の方から目をつけられますぜ」
「その時はその時だ。それよりもミラの捜索を続けろ。なんとしても防衛軍よりも早くハイペリオンを見つけなくてはならない」
仮面の女は言った。
後半へ続く!




