最終話 守りたいこの世界・2
前半の続き!
次の瞬間、オメガとクローネの機体は見えない力に押されてその場から跳ね飛ばされた。
「くっ……うぅ……」
まるで衝撃波か何かが放たれたような衝撃だった。ふたりはそのまま空間の割れ目から外に放り出され、アブソリュートモードを解除される。次の瞬間、割れ目はさらに大きく拡がっていき、やがて空の三分の一程度を埋めつくした。
*
空の割れ目から覗く巨大な眼、そしてそれに伴う電子機器類の異常は世界各地で観測されていた。地球のどの面の空にも全く同じ「眼」と空間の割れ目が存在していた。人々は邪神の存在を知らずとも無意識に破滅を意識していた。
「あれは……」
アラビア帝国にて、シェヘラザード姫の側近が姫と共に宮殿のバルコニーから空を見上げ、言った。
「あれが……邪神」
シェヘラザードはオメガたちの言葉を思い出し、呟いた。
*
それは、ゲルマニア共和国でも同様だった。新たに大統領に就任したヴィル・ジュネーヴのところに娘のロヴェナが飛び込んでくる。
「た、大変なの……!」
ロヴェナは少し震える声で言った。
「大変? 何事だ?」
ヴィルはその様子に不吉なものを感じて尋ねる。
「そ、外を見て……」
ヴィルはカーテンを開き外に目を向けた。そこには巨大な眼の姿があった。眼の瞳孔が少しづつ開き始めた。
*
エラーダ王国では、カマル王妃が侍女たちとともに宮殿の渡り廊下から空を見上げていた。巨大な眼の瞳孔が開いていく。そして眼がこちらを睨みつけたかと思うと、地面が大きく揺れた。地が裂け、岩や地上の建物の一部が少しづつ眼の方へと吸い上げられていく。
「王妃様!」
侍女のひとりが助けを求めるように言った。
「大丈夫……だからね」
カマルはその肩を優しく抱く。慌てた様子で渡り廊下に現れた衛兵たちが現れた。カマルは彼らに命じた。
「すぐに王様のところへ大臣たちを招集して! この街を……前みたいに壊させはしない!」
カマルの脳裏に以前、ミレニアム戦役で荒廃した首都の姿がよぎった。もう、あんな思いはしたくないし誰かにさせたくもない。勝てるとか勝てないとか、そういう問題ではない。私たちは戦わなくてはいけない。
*
ハイペリオンオメガVVはそのままなすすべもなく海中に落下していく。しかし海に落ちる寸前でエンディミオンヴリトラがその身体を受け止めた。
「こんなことで……負けるような私たちじゃあありませんよ」
お互いが触れ合うことにより回復した通信を繋げ、クローネは言った。
「もちろんです。でも……!」
オメガは上空を見上げた。黄色い瞳は意思があるようにこちらを睨みつける。その瞬間、周囲の海水がうねり始めた。
「邪神、活動を開始しました!」
スターペンドラゴンの艦橋でシルフィが叫ぶ。
「言わなくてもわかってる。だが……」
ダンはそう言いながら歯を食いしばる。艦橋は波に飲まれて大きく揺れ始めた。
「く……こうなったら、浮上させるっすよ!」
レアーノが叫んだ。
「待て」
アリアが待ったをかける。
「この船……勝手に浮上してやがるぜ?」
スターペンドラゴンは周囲の海水とともに邪神によって吸い上げられていた。海水は竜巻のように渦を巻きながら空間の割れ目へと吸い込まれていく。
「スターペンドラゴンが……!」
オメガはスターペンドラゴンを助けに向かおうとした。
「待ってください! 私たちは邪神の討滅に集中すること……。それが任務だったはずです!」
クローネのエンディミオンヴリトラがハイペリオンオメガVVの肩を掴んだ。
「でも……!」
「わかっています」
クローネは言う。
「……だから、ひとりで行こうとはしないでください」
「クローネさん……?」
「私だってこれ以上、仲間が失われるのは見たくありません。ですから……一緒に行きましょう」
「ありがとうございます」
オメガは言った。ふたりの機体はバーニアを吹かして上昇していく。
二機はやがてスターペンドラゴンに追いつき、その装甲に手を触れた。だが自らの機体の何十倍もある戦艦はビクともせず、そのまま邪神の方角へと吸い上げられていく。
「皆さん、すぐに助けますからね!」
オメガは装甲に魔力をつたわらせ、直接通信をかけた。
「オメガくん!」
シルフィが嬉しそうな声を上げた。
「オメガ……」
ガンマがその隣で言う。
「それからクローネ。聞いて欲しい。『人の心の光を繋げし時、大いなる翼が世界を覆う』……」
「それは……どういう意味ですか?」
クローネが尋ねた。
「わからない。でも……『鍵』をハイペリオンシリーズに埋め込んだ研究者たちはそういう文言を『鍵』にプログラムしていた……」
「人の心の光を繋げし時……」
オメガはその言葉を復唱する。
「それって……モフ子さんが言っていた。世界中の人類が力を合わせて……みたいなことじゃあないでしょうか」
「力を……まぁ、フローラの奴が援軍を呼んでくれたみたいで……多国籍艦隊は近くまで来てはいるが……」
アリアは言葉を濁す。それも攻撃を開始する以前に大波に見舞われ、思うように動けていない。波はまるで邪神の意思で動いているようだった。攻撃をしようとすればそれを阻むように壁を作り、また、空中に逃れようとすればそれさえも阻止するように艦隊を渦のうちに飲み込む。
「『メールシュトレーム』のようだな……」
とダンが呟く。
「でも……繋げるってどういうことですか?」
クローネが言った。
「そこは……わかりません。それにその後だって。大いなる翼って……」
オメガは首を傾げる。スターペンドラゴンは水流とともに上昇を続けていた。
「こいつ……あたしらを次元の割れ目に引き込んでどうするつもりだ!?」
アリアが必死に操作盤をいじりながら言った。しかし邪神の圧倒的な力を前にしてスターペンドラゴンでさえも無力でしかなかった。
「恐らく……理由なんてありません」
シルフィが言う。
「相手はこの世に混沌さえもたらせられればいいと思うような存在です。彼、ないし彼女の行動原理は破壊あるのみです」
「そんなの……」
オメガは言う。
「そんな理由のために、たくさんの人が死んで、多くの人が悲しんで……挙句に世界を滅ぼされる……。そんなの、僕は嫌です!」
「オメガくん……」
クローネが呟いた。
「僕は……守るために戦いたい! この世界で、僕のことを導いてくれたみんなを守るために!」
「見てください!」
シルフィが言った。
「眼が……ダメージを受けています! もちろん自己防衛システムにより、光線を放ってはいますが……それでも、少しづつ!」
オメガは空を見上げた。
「そうか……!」
オメガは言う。
「僕たちの見えない範囲でもみんな、戦っているんだ……」
オメガの脳裏に世界中の空で時空の壁を破壊して現れた邪神を相手に戦うRA、戦艦、そして人間たちの姿が浮かんできた。
「見える……」
オメガは呟いた。
「みんな……僕に力を貸してくれ! 僕たちの……人類の力をぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「これは……」
クローネの身体が金色の光を放ち始めた。
「あたしらも……」
いや、それだけではない。スターペンドラゴンの乗員たちもそれぞれに金色の光を放ち始めた。
「このヴィジョンは……」
ダンが呟く。そこにいる者たち全員が、一瞬にして何が起きているのかを理解した。世界中の勝利を確信して戦うものたちの心がひとつに集まっているのだ。自分たちの世界を守りたいという心が「鍵」という概念を中心にして集まっていた。
不意に、オメガは何も無い真っ白な空間に投げ出された。そこは水中のようでもあり空中のようでもある。ただ、わかるのはとても暖かい空間だということだけだった。いつの間にか一糸も纏わぬ姿になっていたオメガは、向こうから似たような姿で漂ってくるクローネの姿を見つけた。
「オメガくん……これは……」
「多分、世界中のみんなの想いが僕たちの機体にある『鍵』を媒介として集まってきたんだと思います。クローネさん……僕は、行けます」
「私もです。一緒に戦いましょう」
ふたりは互いに手を取りあった。
ハイペリオンオメガVVとエンディミオンヴリトラは銀色の光に包まれ、やがて光の粒子と化し、ひとところに集まっていく。やが光の粒子はまったく新しい存在へと姿を変えた。銀色に光り輝くそれは、背中に巨大な翼を持っていた。まるで鳥か、あるいは天使のような翼だ。身体は銀色の鎧を身にまとった騎士のよう。そして両眼には赤い光が点っている。
銀色の騎士は翼をはためかせるとスターペンドラゴンの上を飛び越えて空間の割れ目へと飛んでいった。その場にいた誰もが、いや、世界中で戦う者たちの誰もが、その騎士が目にした光景を見ていた。
邪神の眼が大きく見開かれた。邪神は初めて驚愕という感情を知った。
「これで……」
とクローネは白い光に包まれた空間で言った。同じ空間にいるオメガがその言葉を続ける。
「終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
銀色の騎士はそのまま邪神の眼の中心部に突入した。一瞬、世界の音が全て消えたように感じられた。だがその直後、邪神を中心にして光と闇、その両方が噴き出してきたような大爆発が起こった。
爆発は世界各地で観測された。そして、その爆発を見た者は皆、知っていた。あの邪神は自分たちが倒したのであると。
オメガ・グリュンタールはゆっくりと目を開いた。気がつくとそこはハイペリオンオメガVVのコックピットの中だった。空を見上げると、いつの間にか空間の割れ目は消え、一面の星空が広がっていた。
「綺麗ですね……」
クローネからの通信が入る。
「はい……」
オメガはそう答えてから気がついた。通信が回復していた。
「僕たち……勝ったんですよね」
オメガは言う。
「そうですね。正真正銘、本当の意味で私たちの勝利です」
クローネはニコリと笑って答える。
「おつかれ、おふたりさん」
ふたりにアリアからの通信が入った。
「アリアさんこそ……。いえ、これは世界中のみんなの勝利ですからね」
オメガは言った。
「んじゃ、あたしらはぼちぼち戻るとするか」
「あの……」
オメガはアリアに待ったをかけた。
「ん? どうした?」
「あの……ひとつ、頼みたいことがあるんです」
オメガはやや神妙な顔つきで切り出した。クローネは彼が何を言おうとしたのかすぐに察したようで、無言で頷く。
「僕たちを……宇宙に連れていってください」
太陽が照らす宇宙空間、そこにふたつの鋼鉄の巨人が漂っていた。巨人は太陽の引力に従って少しづつ鉄の船から離れていく。鉄の船はスターペンドラゴン、そしてふたつの巨人はハイペリオンオメガVVとエンディミオンヴリトラだった。
「これで……いいんですよね」
スターペンドラゴンのデッキにスペーススーツ姿で立つオメガは言った。
「少し寂しい気もしますけど……でも、いいんです」
その隣で、同じくスペーススーツを着て立つクローネが言う。
*
地球軌道上に建設途中の宇宙ステーションの窓からも太陽へと向かって消えていく二機のRAの姿は観測された。
「あいつら……なんでまた一回手に入れた力を手放しはったんや?」
黒髪をポニーテールにした少女が言った。
「強すぎる力は時に争いを産む……必要がなくなれば完全に廃棄されるのが理想だからな。アブソリュートシステム……それにまだまだ正体不明の『鍵』『外なる神』が消え、彼らの戦いが終わった以上、この世界には不必要な力だ……」
「まったく、そんな神妙そうに語るなんてらしくないで」
金色の少年の言葉に少女はそう返した。
「そうだな。俺たちの弟が活躍してくれて……少し嬉しかったのかもしれない」
「意外とブラコンやなぁ、ベータはんは」
「お前も大概だろう? イプシロン」
ふたりの人造人間は誰にも知られず、そう言い合った。
*
クローネ・コペンハーゲンは着慣れない純白のドレスを身にまとい、緊張した面持ちで部屋を歩き回っていた。窓からは春の暖かい陽の光が差し込んでいる。扉をノックする音が聞こえ、それから声が聞こえる。
「クローネさん、そろそろ……時間ですよ」
「わかりました」
クローネは扉に向かった。
扉の向こうで待っていたのは、タキシード姿のオメガだった。
「まったくもう、遅いですよ」
オメガは文句を言うように口をとがらせる。
「それはこっちのセリフです。どうして時間ギリギリまで呼びに来ないんですか?」
「だ、だって窓の外に猫が……」
クローネはオメガの方につかつかと歩み寄ると頬をつまんだ。
「痛いですぅ!」
「変わりませんね」
クローネは少し面白そうに言う。
「さ、行きましょう、オメガくん……」
「わかってま……」
「というか、この話し方はどうにかしないといけませんね……」
「え……?」
「だって私たち……今日から結婚するじゃあないですか」
オメガはクローネの手を取った。
「でも、僕にとってクローネさんはいつまでもクローネさんです」
「私もですよ」
ふたりはそう言って笑い合いながら歩き始めた。
完結です。これまで応援ありがとうございました。




