最終話 守りたいこの世界・1
邪神、降臨す。
彼らはいかにして立ち向かうのか……!
オメガはスターペンドラゴンの医務室に運ばれたふたりの人物を前にし、呆然としていた。彼はふたりのベッドの間にある椅子に座っている。片方はウィンダー・ロズウェル、そしてもう片方はミラ・セイラムだ。ふたりはベッドの上に寝かされ、動かない。しばらくしてふたりを診察していたスモモが立ち上がり、オメガに向かって首を横に振った。彼の背後にいたクローネがオメガの肩に手を置いた。オメガの後ろにはゼロム、クローネ、ガンマらが立っている。少し離れたベッドの上には、右眼に包帯を巻かれたアギリが座っていた。
「俺は……」
とゼロムは口を開いた。
「あいつに笑顔にしてもらうと言われていた……。でも……あいつにその笑顔を見せてやることはできなかった……」
「ゼロムさん……」
オメガは呟いた。そして立ち上がる。
「だったら……その分、これからの人生でめいっぱい笑えばいいんです。ミラちゃんに見せられなかったぶん、めいっぱいに……」
「オメガ……」
ゼロムはオメガの頭に手を乗せた。
「成長したな」
彼はオメガの頭を撫でた。その時、医務室にシルフィが入ってきた。彼女の両腕には紙の束が抱えられている。
「オメガくん、それに……クローネさんも……話があります」
「僕たちに……ですか?」
オメガとクローネは顔を見合わせる。
「はい……邪神撃破作戦についてです。おふたりには大活躍してもらいますので……」
そしてシルフィはふたりを先導し、廊下に出る。
「オメガくん、大丈夫ですか?」
シルフィは尋ねた。
「え……?」
「とても……辛そうに見えますから。でもそうですよね……一瞬にしてお友達がふたりも命を奪われたんですから……」
「僕は……」
オメガは一瞬迷う。正直に言うべきか言うまいか……。だがやがて意を決して言葉を続けた。
「正直、とても辛いです。でも……今はあの邪神と戦わなくちゃあいけない。それもわかっています。あいつは今は活動を休止していますが、それだけでもこの大規模な通信障害……。動き出せばどうなることか……」
「言ってくださって助かりました。この作戦にはハイペリオンオメガVVとエンディミオンヴリトラが必要になってきますから……。ハイペリオンオメガVVはともかくとしてエンディミオンヴリトラのパイロットはもういません。ですからクローネさん……やってくれますね?」
クローネは頷いた。
「もちろんです」
オメガはクローネの方を見た。ありがとうございます、シルフィさん。ひとりでは壊れそうでも……クローネさんとなら、僕は……。もしかしたらクローネさんだってそれは同じかもしれない。
「『鍵』を使うんですね」
クローネは言った。
「はい、詳しくは実際に機体を前にして説明します。ついてきてください」
シルフィはふたたびふたりを先導して歩き始めた。
やがて三人がたどり着いたのはスターペンドラゴンのRAライドアーマー格納庫だった。エンディミオンヴリトラはすでに回収され、ハイペリオンオメガVVの隣に直立している。
「電波通信が使えないのでアナログな方法を取りましたけど……」
シルフィはふたつの機体の胸部を繋ぐ何本もの太いコードを見て言った。
「ですが……『鍵』を分析することによって新しいデータがいくつも手に入りました。邪神がやってきた異空間の情報、それから彼らの特性なんかも……」
「じゃあ、弱点がわかったんですか?」
オメガは尋ねた。
「いいえ……。むしろ『鍵』を覗き見してみて絶望しました。あの生命体は生物として完全なものです。不完全なものなんてなにひとつない……。そんな普通に考えてはありえないような生物でした」
「そんな……」
「ですが……完璧すぎるゆえに弱点はあると思うんです」
「完璧すぎるがゆえの弱点……?」
クローネがその言葉を反芻した。
「はい、人間は不完全な生き物です。ですがそれ故に悩み、迷い、そして恋をする……と思います。ですから……」
シルフィはオメガとクローネの手を取った。
「おふたりのラブラブパワー、見せてやってください!」
「シルフィさんっ!?」
クローネが戸惑ったような声を上げた。ここに来て……ラブラブパワーって……。オメガは少し恥ずかしいような気持ちになって顔を赤らめた。クローネもそれは同じなようで、オメガから顔を背ける。
「幸いにして邪神はまだ活動を開始していません……」
シルフィは至って真面目なトーンで言った。
「作戦を開始するなら……今ですよ。アリアさんたちも了承済みですし」
十数分後、オメガとクローネの姿はそれぞれのコックピットにあった。ふたりは自信が乗る機体をカタパルトに立たせ、そこから出撃をする。
「オメガ・グリュンタール。ハイペリオンオメガVV、翔びます!」
「クローネ・コペンハーゲン。エンディミオンヴリトラ、撃ち抜きます!」
二機の機体は赤い光に照らされた夜空へと飛び立った。
「あたしらはあのふたりを海上から援護する……。それでいいんだな?」
アリアは艦橋で言った。
「はい。それに……」
シルフィは「鍵」の分析結果が書かれた紙に目を落とした。
「それに……どうした?」
ディーナがその紙を覗き込んで尋ねる。ティンダロスの乗員は全員、スターペンドラゴンに移っていた。
「いえ、ここの箇所がまだよくわからないんです……。邪神たちの秘密を記した研究者たちは、それとは関係のないシステムを機体に用意したようなんですけど……。それが『人の心の光を繋げし時、大いなる翼が世界を覆う』……と」
「抽象的だな」
ディーナは言う。
「はい、多分ルルイエ神聖教団のような組織が暗躍することを危惧してあえてわかりにくくしたんだとは思いますけど……」
オメガとクローネは機体を上昇させていた。
「シルフィさんの分析だと……あの赤い異空間内に入っても、アブソリュートモードを展開していれば問題ないんですよね?」
オメガは言う。
「そうですね……」
クローネは不安げに言った。
「大丈夫です」
オメガは言う。電波通信が使えないので、ふたりはお互いの機体の手を握りあうことにより通信を接続していた。
「クローネさんは機械に呑まれたりはしませんよ」
オメガはそう言ってからコックピットのスイッチを押す。前方の小さなシャッターが開いて赤いクリスタルが出現した。
「クローネさん……通信、切断しますね」
オメガはクリスタルに手をかざした。彼の手とクリスタルとの間に光の魔法円が展開する。ハイペリオンオメガVVの機体が金色の光を放った。
クローネはオメガとの通信が途切れると深く息を吸い、呼吸を整えた。オメガくん……ありがとうございます。クローネは心の中でそう呟いた。私のことを信じてくださって……。クローネは前方に飛び出してきたクリスタルに手をかざした。
「大丈夫です……。私には……オメガくんがいますから……!」
魔法円が浮かび上がりエンディミオンヴリトラの装甲が金色に光り輝き始めた。
二機のRAはそのまま異空間へと突入した。
周囲が赤い光に包まれていた。後方のガラスが割れたように見える空間の裂け目から漆黒の海が覗いている。向こう側から見てみるとかなり近く感じられた邪神本体は、実際にはかなり距離が離れているようだ。目の前に大きな目が存在しているにもかかわらず、たどり着けない。
「異空間では私たちの世界の常識は通用しないようですね……」
オメガの耳にクローネの声が聞こえてきた。
「クローネさん!?」
「私たちはこうして通信機を通さなくても会話できますし……それに、邪神との距離は実際に見えているよりも遥かに遠いようです」
「じゃあ……どうやって攻撃すれば……」
オメガは言う。
「私の得意分野です」
エンディミオンヴリトラは腰からプラズマライフルを引き抜いて邪神に向けた。
「撃ち抜きますっ!」
プラズマライフルの威力は普段よりも強化されていた。光弾は邪神の目の中に吸い込まれるように飛んでいき、やがてその表面に小規模な爆発を起こす。邪神の瞳孔が少し縮まったように見えた。
「クローネさん……それ……挑発になってま……」
突然、邪神から光線が飛んできた。オメガは光線をかわす。
「オメガくん……っ!?」
クローネが叫んだ。オメガがかわした光線はそのまま赤い空間を打ち砕き、ガラスのような割れ目をより広げていく。
「世界が壊れたらそれはクローネさんのせいですからね?」
オメガは言った。
「すみません……」
クローネは謝る。
「まったく……」
オメガはそう言いながらメガロスラッシャーを放った。しかしスラッシャーは邪神に命中する前に邪神から放たれた光線によって弾かれ、光線は世界の割れ目をさらに広げる。
「オメガくん!?」
クローネが言う。
「私と同じことをしてどうするんですか……」
「クローネさんだからやり返されたのかなって思ったんですけど……」
「だからってなんですか、だからって!」
クローネは怒ったように言う。
「でも……妙だと思いませんか?」
オメガは言う。
「そうですね。オメガくんのおバカさがいちばん妙です」
「いや……そうじゃなくて……」
オメガは今度はプラズマライフルを撃ち込んでみる。2発撃ち込むと2発の光線が返ってきた。光線はさらに世界の割れ目を広げる。
「多分、邪神はまだ活動を開始していないんです。僕たちが攻撃を加えればその分防衛機能が働いてやり返してくるだけで……」
「じゃあ、もしもアタックスキルなんかを放っていたら……」
クローネは最悪の想像をめぐらした。
「それだけではありません。攻撃したぶん、それが世界の壁を壊すくらいの攻撃になって返ってくるということは……一発で確実に仕留められるくらいのことをしないと、僕たちの世界は間違いなく滅ぶということです」
オメガは言った。
スターペンドラゴンの艦橋にいたゼロムは脳内にある「予感」を感じて艦橋を出ていった。エルフたち魔法種族に特有の魔力的予感だった。近くで誰かが俺と交信しようとしている……? ゼロムはそう思い、休憩スペースの窓から外に目を向けた。魔法種族同士の交信は最先端の通信機器に比べれば限定的で、すでに見知っている相手としか交信できなかったり、距離的に離れすぎていたら使えないなどの制約はあったが、今回のようにほかの通信機器が全滅した時には便利な代物だった。
「近くに来ているのか……?」
ゼロムはそう、心の声を飛ばした。
「えぇ、もちろんですわ」
相手の声がゼロムの頭に直接響いてくる。それはフローラの声だった。
「わたくしがただ自分勝手に船をおりたとでも思っていまして?」
「あぁ、オメガやクローネの認識だとそんな感じだった」
「あのふたりはあとで殺しますわ」
フローラは言う。それから彼女は気を取り直して話を続けた。
「魔女教団の主教という身分は便利でいいですわ」
ゼロムにはフローラの不敵な笑みを浮かべる姿が容易に想像できた。
「この身分のおかげで色んな国のお偉い方と好きなだけ交流できるんですもの」
「で、どうした? まさか自慢話をしにきたわけではないだろう?」
「当然ですわ。実はわたくし、以前にモフ子さんが言った『世界の全部の力を合わせて』云々の言葉が気になっていましたの。それで……」
「援軍でもよこしてくれたのか?」
「えぇ、そうですわね……」
スターペンドラゴンの艦橋で目視で外部の様子を確認していたレーダー係のひとりが言う。
「艦長! 水平線の向こう側に戦艦を確認、数は……七十、八十、九十、百……いえ、もっとです!」
「んな大艦隊……一体どこの……」
「戦艦の形状からして……」
レーダー係は息を飲んだ。
「信じられませんが、複数の国家による多国籍軍と思われます」
「本当に……世界の全部を味方につけた……?」
ディーナが呟く。
一方、オメガとクローネは邪神を相手に手も足も出せなかった。攻撃をしても世界は滅ぶし、攻撃をしなくてもいずれ邪神は活動を開始して世界を滅ぼすだろう。
「滅亡は……避けられ……」
「希望を捨てないでください」
クローネは言った。
「活路は必ず開けるはずです……」
その時、ふたりはコックピットが大きく揺れるのを感じた。空間を構成する粒子がすべて振動している。そんな感覚だった。そして邪神の瞳孔が大きく広がっていく。
「邪神が……目を覚ました……」
オメガは息を飲みながら言った。
後半へ続く!




