第42話 邪神、降臨・2
前半の続き!
オメガはディーナと共にアギリを追った。アギリは格納庫にいた。彼はアイリスを前にして立ち尽くしている。
「アイリス……アイリスなんだな!」
アギリはアイリスに詰め寄った。
「はい、そうです。アギリ……会いたかった……」
アイリスはそう言ってアギリに抱きついた。
「僕もだ……。アイリス、君は美しい……」
アギリはアイリスを抱きしめ返す。
「アギリさん……」
オメガはアギリに声をかけた。
「やめてください! あなたらしくもない。その人は……!」
「ねぇ、アギリ……」
アイリスはアギリの耳元で囁いた。
「あの子、うるさいから殺しちゃって……」
「アイリス……?」
アギリが怪訝そうな表情をする。
「さぁ、早く……」
アイリスが急かした。
「お前……」
「私の言うことが聞けないの……?」
アギリはアイリスから離れようとする。だがアイリスは力強くアギリを抱きしめたままニコリと笑った。
「そういう悪い子には、お仕置きをしないといけませんね……」
そしてアイリスは口の中から槍のような舌を伸ばしアギリの右眼を貫いた。
「ぐあぁっ!」
アギリは右目を抑えたまま床に倒れ込む。
「せっかく……いい駒になってくれると思ったのに……」
アイリスは残念そうに言った。
「お……お前……」
アギリは銃を取り出すと震える手でアイリスに向けた。
「その姿……一体……何者だ……?」
「さぁ、何者かしら? ただひとつ言えるのは、あなたたちゴブニュ計画によって強化された強化人間を私の組織にスカウトしたのは面白そうだったからってことよ。だから私は死んだこの少女の肉体をコピーしたの……。特にアギリ、あなたは最高のおもちゃだったわ……」
「お前は……じゃあ……本当のアイリスを……」
「知らないわ。そんな人間、ゴブニュ計画で何らかの実験に失敗して死んじゃったんでしょうね。私が身体をコピーした時にはすでにあの子、墓の中だったんですもの」
「許さない……」
アギリは左手で右眼を抑えたまま引き金に指をかけた。
「ふふ……あなたにこの姿の私が撃てるのかしら……」
それからアイリスはディーナに向き直った。
「ディーナ・オルレアン。あなたももちろん私のおもちゃよ。あなた、知りたいでしょう? 自分がなんで蘇生したかを……」
「な……!」
ディーナは目を見開く。
「あなたを造ったのは私よ。ディーナ・オルレアンの遺体から採取した遺伝子を使って最初から造りあげたの。楽しませてもらったわ……。偽物のあなたがお姉さんズラをして妹を可愛がっているんですもの。しかも本人は自分が偽物であることに気が付かずに……。ふふふ」
「じゃあ……私は……」
ディーナは狼狽えたような表情をする。
「そう、所詮は私が遊ぶために造ったおもちゃに過ぎないの」
ディーナの脳裏にミラの言葉がよぎった。やはり、真実は知らない方がよかった。知らない方が幸せなことだって……。
「ディーナさん」
オメガがはっきりとした声で言った。
「それでもあなたはあなたです。僕もシルフィさんも、あなたのことを偽物だと思ったことはありませんし、今だって偽物だとは思ってません」
「オメガ……」
ディーナは目を丸くした。
「だから……騙されないでください」
「あなた……」
アイリスが舌打ちをした。
「あなた、やっぱり嫌いよ」
アイリスはそう言うと右手の指先から鋭い鉤爪を展開した。
「だからここで死んでもらうわ」
そしてオメガに飛びかかろうとする。だがそこで、銃声が鳴り響いた。アイリスは信じられないという顔で横を見る。
「お前……」
アギリが立ち上がりながら言った。
「オメガに指一本でも触れてみろ。この僕が許さない」
アギリはさらに数発の弾丸をアイリスに撃ち込んだ。アイリスの右肩や胸元の肉が飛び散り、筋肉と骨が顕になる。
「お前は僕の大切な人を侮辱した。その身体でこれ以上の罪は犯させない!」
アギリは何発もの弾丸を間髪入れずにアイリスへと撃ち込んでいく。アイリスの服が、そして皮膚が破け、彼女は肉片を飛び散らせながらもアギリに向き直った。
「馬鹿みたい……。そんなことで私を倒せるはずないのに……」
「らしいな。でも僕の心が許さない!」
アギリは拳銃の弾が切れるとナイフを抜いてアイリスに飛びかかった。そして血まみれの彼女を地面に押し倒すと何度も何度もナイフを突き刺した。
「お前に……二度と……その姿を……使えないようにしてやる……!」
アギリは言った。
「アギリさん、もうそのくらいに……」
彼のあまりの剣幕にオメガは思わず言った。
「だめだ! 僕は……こいつを!」
「アギリさん!」
オメガはアギリに飛びかかった。床面にはもう何者かもわからない肉塊が落ちている。彼女の再生能力もさすがに間に合わなかったようでふたたび立ち上がる気配はない。
「やめてください!」
オメガはアギリを引き離すと彼を抱きしめた。
「アギリさんらしくないです……こんな……」
返り血を浴びたアギリの服は赤黒く染っている。
「僕は……」
アギリは痛む右眼を抑えた。
「アギリさん、すぐに治してあげますからね」
オメガはアギリの右眼に手をかざそうとする。だがアギリはそれを払い除けた。
「いや、いいんだ……。これは、このままで……」
*
ティンダロスの艦橋ではゼロムの腕を脱したドゥルヨーダナが、自身の銃を拾いゼロムに向けていた。周囲の人間はゼロムを人質に取られた形になっており、誰も動くことができなかった。
「おい、どうしたエルフさんよぉ。もっと怖がってみせろよ。俺様に恐怖の表情を……もっと!」
ドゥルヨーダナは拳銃の引き金に指をかけた。
「ちっ、面白くねぇ。死にな」
艦橋に銃声が響いた。その瞬間、前に飛び出したのはミラだった。
「ミラ……!?」
銃弾はゼロムを庇ったミラの身体に命中する。ゼロムは力無く倒れ込むミラを抱きとめた。
「ミラ……しっかりしろ! 俺はもうあんな想いは……!」
そこでゼロムの脳内にある光景が浮かび上がる。船を失いさまよっていた時、ある島でエリシアが死んだ時の光景だった。
エリシアは半魚人から俺を庇って死んだ……。だから俺はあの時以来、記憶を……。
「思い……出したんだね……」
ミラは焦点の合わない目で宙を見つめながら言った。
「あぁ、俺は……」
「思い出さない方が……」
「そうは……思わない。ありがとう、ミラ。こんな俺に……寄り添ってくれて……」
「あたし……あんたの笑顔が見たかったから。だから……幸せになって……ね……」
それがミラ・セイラムの最期の言葉だった。
「はっ、まずはひとり目……」
ドゥルヨーダナはニヤリと笑った。
「安心しな、エルフ。てめぇもすぐにそいつの所へ……」
だがそこでふたたび銃声が響いた。銃弾がドゥルヨーダナの身体を撃ち抜いた。
「て、めぇ……」
ドゥルヨーダナが足下をよろめかせながら振り返ると、そこには拳銃を構えたウィンダーの姿があった。ドゥルヨーダナは銃をウィンダーに向けて撃ち込む。ウィンダーは銃弾をくらって地面に膝をついた。
「俺様は……ただじゃあ死なねぇぜ……」
ドゥルヨーダナは言った。
「だろうな……。だが……それはこっちも同じだ」
ウィンダーはさらに三発の銃弾をドゥルヨーダナに撃ち込む。ドゥルヨーダナの身体は力を失いマネキンのように床にころがった。
「ドゥルヨーダナ……」
セッテが呟いた。そしてふらふらと彼の亡骸に歩み寄る。ウィンダーは段々と意識が朦朧としてくるのを感じて、そのまま床に倒れ込んだ。
*
オメガはアギリをアイリスの亡骸が見えない場所へと運ぶと、そこに彼を座らせた。
「感謝するぜ……」
アギリは言う。
「オメガ……。僕は……今、怖いんだ……」
「怖い……ですか?」
「あぁ、アイリスをあんなことにされて、僕は頭の中が真っ白になった。僕の心にある闇が一瞬、この僕の身体全部を支配したように感じた。僕は……」
「闇は、誰の心にだってあります。だからそれに打ち勝っていかなきゃあならないんです。でもアギリさんは勝てたじゃあないですか」
「僕が? あの状況で……か?」
オメガは頷いた。
「僕の呼びかけに応じてくれました。僕の声を聞いて帰ってきました。アギリさんが今ここにいる。それこそが闇に打ち勝った何よりの証拠だと思います」
アギリはふっと笑った。
「ったく、お前にそんな台詞を言われる日が来るとはな……」
その時、空を切り裂くような音が聞こえ、格納庫に黒紫色をした何かが飛び込んできた。それは火花を散らしながら地面を滑り、やがて停止をした。ミネルヴァΔ、クローネのRAだ。ミネルヴァΔは膝立ちの姿勢のままコックピットハッチを開き、そこからクローネが飛び降りてきた。
「クローネさん!?」
オメガは驚いて言う。
「電波障害が発生し、通信機器が使えないみたいですから、直接伝えに来ました」
「通信機器が使えない……って……」
「始まりました」
クローネは言った。
「始まったって……何が」
ディーナが向こうから歩いてきながら問う。
「実際に目で見た方がいいでしょう。オメガくん、来てくれますね?」
オメガは頷いた。クローネはオメガを先導するように格納庫の縁へと歩いていく。
カタパルトデッキにたどり着き、空を見上げ、オメガは驚いた。黒かった夜空の天頂部が、まるで割れ砕けたかのように赤く染っていた。そして赤い空間の向こう側に、巨大な目のような光球が見えた。
「あれは……」
「おそらく、あれが今までも言われ続けていた『外なる神』でしょう。ルルイエ神聖教団の予想していた通り、地球に……」
「あれは、予想などではなかった。アイリス主教は『外なる神』を呼ばんとする存在、巫女のようなものだった」
クローネの言葉をさえぎったその声に、ふたりは振り返った。セッテが動かなくなったドゥルヨーダナを両手で抱えて歩いてくるところだった。
「セッテ……!?」
オメガは身構える。
「主教の目的はこの世を混沌で満たすこと。ルルイエ遺跡の邪神を復活させる真の目的は外と内、その両方を狂気で満たし、この地球を破壊することだった」
「セッテ……。でもお前はどうしてそれを……」
「機械である私は決して自分を裏切らない。主教はそう思っていたのだろう」
「だとしてもなぜ僕たちにそんなことを教える? 機械なら機械らしく……」
「セッテさん」
クローネはドゥルヨーダナの亡骸を見てから優しく言った。
「あなたはドゥルヨーダナさんのことが好きだったんですね」
「え……?」
オメガは驚いた。
「私のような機械に心なんてないはずだった。それなのに私は、彼を愛してしまった。ドゥルヨーダナ・ヴァラナシィは人間としては完全に破綻した人物なのかもしれない。でも、私には彼しかいなかった」
セッテはドゥルヨーダナを抱えたままカタパルトデッキの縁に歩んでいく。
「私は全てを失った。だからせめてドゥルヨーダナと共にこの海に果てたい」
「待ってください!」
クローネがセッテの肩に手をかける。彼女の肩は人工皮膚がめくれて内部の機構がむき出しになっていた。
「自ら命を絶つなんて……そんなこと……。たとえ機械であっても、絶対に……!」
「『心』を持つことは……苦しいこと……」
セッテはクローネの手を払い除けると黒い海原へ身を投げた。まもなく彼女の身体は波間へと消え去る。
「僕は、そうは思いません……」
オメガは呟いた。
「心を持つことが苦しいことだなんて……そんなことは……」
クローネは何も言わなかった。
*
シルフィはスターペンドラゴンの休憩スペース内でいくつもの小型コンピュータを広げて格闘していた。その隣にはダンの姿もある。
「やっぱり……どうやってもだめです!」
シルフィは悲鳴じみた声を上げた。
「世界の様子もわからず……か。一体どうなってるんだ? この通信障害は」
ダンが言った。
「何も情報がない以上これは推測ですけど……でも、確信を持って言えます」
シルフィは窓の外を見上げた。天頂部に割れ現れた異空間からオレンジ色の目が覗いている。
「原因はあの邪神です。あの邪神をなんとかして倒さない限り、この通信障害は続くものと思われます」
「くそっ、こういう時こそ情報が必要だってのに……」
ダンは悔しげに言った。
「ダン、絶望するのはまだ早いですよ?」
シルフィは至ってポジティブに言った。
「なにか思いついたのか?」
ダンは尋ねる。
「はい。『鍵』を使いましょう」
次回、最終回!




