第41話 遊戯者の最期・1
オメガ・グリュンタールとラムダ・プロメテウス。
ふたりの最後の戦いが幕を開ける……!
海底をしばらく行くと、前方に黒い戦艦が見えてきた。あれがサザームの旗艦であったネメシスなのだろう。
オメガはシルフィとガンマに通信をかけた。
「作戦は……いいですね?」
ふたりは頷いた。
「オメガくんとガンマさんがネメシスの外部を攻撃しているうちに、私はアンフィプテラで直接格納庫に突入します。そして戦艦内部に侵入し、爆弾を作動させ、可能であればラムダさんを救い出します。犠牲はなるべく少なく……ですからね」
ガンマは頷いた。
「ラムダのことは……任せた」
彼女はそう言う。シルフィは水中で魔法粒子のバーニアを吹かしネメシスへと向かっていった。
「私たちも行こう」
ガンマがオメガに言う。
「もちろんです!」
オメガは敬礼のようなポーズをとるとネメシスに向けて腰部に装備されていたプラズマライフルを放った。ガンマのメルセデスは半透明の装甲を赤色に変化させる。
「お姉ちゃん……前々から気になっていたんですけど……時々色が変わるのって……」
「メルセデスは状況によって形態変化をすることができる。普段の緑色の形態はバランスに優れたベーシカルモード、青い形態は空中戦とスピード戦に優れたアタックモード、そして赤い形態は水中戦とパワー戦に優れたバスターモード」
ガンマは説明をした。
ラムダ・プロメテウスは艦橋にて艦長が座る椅子に腰を下ろし、身体から触手を伸ばして計器類に直接脳波を接続していた。彼の足元には本来の艦のクルーの死体が無数に転がっている。
「来たか……」
ラムダは言った。
「思ったより早かったが……会いたかったぜ、姉ちゃん、オメガぁ!」
ラムダの瞳には水中を突撃してくるハイペリオンオメガVVとメルセデスの姿が直接に映っていた。
*
「またですか……」
クローネ・コペンハーゲンはため息混じりに言った。
「あぁ、まただ……」
アリアが答える。ふたりはスターペンドラゴン艦内の休憩スペースの机に向かい合って座っていた。
「だが……なんだ。今回は責めないでやってくれ、なんたって相手はサザームとラムダ。シルフィやオメガたちが決着をつけなきゃいけない相手だってのはわかるだろう?」
「わかりますけど……」
クローネは面白くなさそうに口をとがらせた。
「やっぱり……オメガくんだけは後でお仕置ですね……」
*
「うっ……」
オメガは何か嫌な予感を感じてそう言った。
「どうしたの?」
ガンマが心配して尋ねる。
「い……いや……なんか変な予感がしただけ……です」
オメガは気を取り直すとビームセイバーを展開してネメシスに斬りかかった。しかしネメシスは外部の装甲を破いて触手を伸ばし応戦してくる。
「く……こんなんじゃ……永遠に本体にたどり着けそうにないです……。シルフィさん、お願いします……!」
オメガは虚空に向かって頼み込むように言った。
シルフィ・オルレアンの駆るアルフィプテラがネメシスの攻撃をかいくぐり格納庫へと辿り着くのは、彼女が思っていたよりも遥かに簡単なことであった。ラムダ……いや、邪神ナイアーラはオメガたちへの攻撃に集中するあまりこちらにはまったく気がついていないのだろうか。
アンフィプテラは格納庫をおおっていた魔力的な力場のカーテンを突き破り、水しぶきを上げながらエアポケット状になった格納庫へと侵入をした。
シルフィはコックピットハッチを開き、ワイヤーの取っ手に捕まって格納庫の床面へと降りる。
格納庫の外壁は無数の触手が走り、無惨にもひび割れていた。
不意に、奥の方に人の気配を感じた。シルフィはハッとして身構え、拳銃を取り出す。向こうからよろよろと現れ、こちらに向けて銃を構えたのは兵士のような姿をした数名の一団だった。彼らは皆、身体に傷を負い、虚ろな目をして立っている。
「大丈夫ですか……!?」
シルフィは怪訝に思いながらも言う。この艦の乗員なら彼らもまた被害者のはずである。だが彼らはこちらの声が聞こえないかのように銃弾を放ってきた。幸いにして銃を構える腕に力は込められておらず、弾はあらぬ方向に飛んでいく。
シルフィは相手の様子を見ながら銃弾をかわし、気がついた。相手の背中にはナイアーラの触手が差し込まれている。あれは死体だ。シルフィは確信した。おそらく艦の中の人間は皆ナイアーラによって殺されてしまっているのだろう。ナイアーラはその死体をマリオネットのように操って攻撃してきているのだ。
ナイアーラはこちらに気づいていないのではなかった。むしろ艦内に侵入してきてくれた方が確実に始末できると踏み、あえて無視をしてきたのだ。だが相手の術中にはまったとはいえここで後戻りするわけにはいかないとシルフィは思う。私にはサザームとの約束があるし、それに、オメガやガンマのためにラムダも救い出さなくてはならない。
「ごめんなさい……!」
シルフィは謝りながら銃を撃った。たとえ相手がすでに死体となっていたとしても元々は人間だった存在である。撃つことに躊躇いはあった。でも、ここで退くわけにはいかなかった。
「待っててください……。ラムダさん……サザームさん!」
シルフィはそう叫ぶと死体の群れに向かって銃を撃ち込みながら突撃していった。
オメガとガンマはそれぞれに機体を駆りながら戦艦の装甲を突き破って襲いかかってくる触手に応戦していた。
「こんなの……対戦艦の戦闘じゃあないです!」
オメガは言った。
「水上に誘いだそう」
ガンマが言う。
「え……?」
「私はともかくとして、ハイペリオンオメガVVは機動力を重視した機体。水中ではその真価が発揮できない……」
「じゃあ……」
「後退すると見せかけて少しづつ水面に誘い出していく。相手の弱点は『神』であること。それ故にいかなるフィールドでも自分が優位に戦いを進められると思っている。だから誘いには必ず乗るはず……」
ガンマは策を練った。
「わかりましたお姉ちゃん。誘い出します……」
オメガは触手の攻撃をビームセイバーで受け止めながら、少しづつ機体を上昇させていった。
シルフィ・オルレアンはネメシスの艦内を走っていた。艦内の廊下も格納庫と同じように無数の触手が根のように走っている。
「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」
シルフィは銃を乱射しながら兵士の死体を撃ち抜いていった。拳銃はすでに弾切れを起こしていたので、兵士の死体から奪った小銃を使っていた。
やがて彼女は艦橋へとたどり着く。
艦橋へと繋がる扉は不気味なほどの静寂を醸し出していた。シルフィはふらつく足取りで立ち止まると壁の横に取り付けられたタッチパネルに手を触れる。扉は右にスライドをして開いた。艦橋でこちらを見据えて立っていたのはラムダ・プロメテウスだった。彼の両脚は触手状になり、艦橋の床面に直接埋め込まれている。
「よく来たな……シルフィ・オルレアン」
ラムダは言った。
「ナイアーラ……」
シルフィはラムダに銃を向ける。
「この俺を倒しに来たか……」
ラムダはニヤリと笑った。
「いいえ……違います。あなたを助けに来ました」
シルフィは言った。
「俺を? 笑わせるな。俺を助けてどうする。俺は貴様たち人類を狂気と混沌にたたき落とす邪神様だぜ?」
「ですが、それ以前にあなたはラムダさんです。オメガくんの兄であり、ガンマさんの弟である……」
「ラムダ・プロメテウスはもう死んだ! 俺はもう……」
「本当にそうでしょうか?」
シルフィは言う。
「私はここに来るまで、あなたが操っている死体を散々見てきました。ですがそのどれもが生きている人間とは程遠い、鈍く、自らの意思すら感じさせないような動きをしていました。ですがあなたは違います。あなたの身体には未だに生命力が宿っています。あなたは自らが邪神として活動するために……肉体としてのラムダ・プロメテウスを生かさざるを得なかった。違いますか?」
「かもな。だがそれは肉体だけの話、こいつの心は……」
「そうは思いません。人間の心は、そう簡単に殺せるものではありません」
シルフィはキッパリと言う。
「貴様のその自信はどこから現れる? 貴様はなぜそう言い切れる? 貴様は……」
「私は、これまで、世界中を旅して色々な人を見てきましたから……」
シルフィは小銃を下ろした。艦橋のモニターに目をやると、戦艦ネメシスは水面への浮上していくところだった。
「だが残念だったな……シルフィ・オルレアン……俺を倒すのは……」
その時、艦橋が大きく揺れた。ラムダはよろめき、床に膝を着いて口から血を吐き出す。
「な、なんだ……?」
「あなたの敗因は『神』であることです。それ故に色々な部分に抜かりがあった……。まさか死したはずのサザームさんが置き土産を残してあるとは思わなかったでしょう? 私は彼が残した爆弾を起動させました。そして外部からは私の仲間たちが同時に攻撃を加えます。邪神といえどあなたはその一部分に過ぎない……果たしてどこまで耐えられるでしょうか……?」
オメガとガンマはネメシスを完全に海上に浮上させた。するとそれとほぼ時を同じくしてネメシスの後方部分が爆発する。
「爆発……シルフィさんがやって……!」
ネメシスから伸びる触手の動きが一瞬、痙攣したように鈍くなった。
「オメガ……!」
ガンマの言葉にオメガは頷いた。
「アタックスキル!」
オメガは叫び、コックピット前方のクリスタルに手をかざした。
「フォトンスラッシュVV!」
ハイペリオンオメガVVの頭部のエッジが虹色に輝き、そこから光の鞭が伸びる。ハイペリオンオメガVVはその光の鞭をネメシスに向かって振り下ろした。光の鞭はネメシスから伸びる触手を次々に打ち砕き、やがてネメシス本体に直撃をした。
「くっ……馬鹿な……馬鹿なっ! この俺が人間ごときに……っ!」
ラムダは床面に両手をつき、苦しそうに呻きながら言った。やがて彼の背中を突き破り無数の触手の束が飛び出す。
「本体……!」
シルフィはその触手の束目掛けて小銃を乱射した。触手の束はなすすべもなく打ち砕かれていく。相手は邪神といえど本体から分離した分身体に過ぎない。これくらい打ち砕けばもう復活することもないだろう。
シルフィは、その触手が完全に打ち砕かれたのを見届けると、床面に力なく崩れ落ちるラムダを抱きとめた。
「ラムダさん……! しっかりしてください!」
「あん……たは……?」
ラムダは虚ろな目で言う。触手化していた彼の脚はまるで腐り落ちるように崩れ落ち、彼は自らの身体の一部となっていた戦艦ネメシスから分離をした。しかし脚は本来のように回復はせず、膝から下が痛々しく失われている。それは両腕も同様だった。
その時、艦橋の前方モニターが大きく吹き飛び、壁面を突き破ってハイペリオンオメガVVから分離をしたオメガストライカーが艦橋内に入ってきた。そして前方のコックピットハッチを開き、オメガが姿を現す。
「シルフィさん! それに……ラムダさんも……! 行きましょう! この船はもうまもなく沈みます!」
シルフィは頷いた。耳を済ませれば遠くの方から微かに轟くような音が聞こえてくる。艦内に海水が侵入してくる音だ。シルフィはラムダを抱えるとオメガストライカーの方に向かった。
ある無人島にて、オメガはシルフィ、ガンマと共にラムダが息を引き取るのを確認した。砂浜に力なく横たわる彼は、最後に言った。
「オメガ……お前には……迷惑をかけちまったな……。特にクローネのことは……」
オメガは何も言わなかった。ラムダはそれからガンマに顔を向けた。
「ガンマ姉さん……。俺は……また……あんたを悲しませることになっちまった……。だが……俺は今、誰のことも恨んじゃあいないさ……。今になってようやく……俺は……自分の居場所を見つけられた気がする……。いや……本当はすでに見つけていたのかもしれないが……目を背けていただけだったのかもな……」
それからラムダは落ちていく夕日に目を向けた。
「綺麗だ……。何かを綺麗だと思えたのは……初めてだ……」
それが彼の最後の言葉だった。
やがて夕日に照らされた海の向こうからスターペンドラゴンが現れた。
後半へ続く!




