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第39話 さらばモフ子さん・1

 ローマの街が戦場となった!

 そこへ、モフ子さんが飛ぶ……!

 オメガとアギリはふたたび自分たちの機体を本来の持ち場へと帰還させた。


「静かなものだな……」


 アギリは呟いた。


「そうですね……。でも、それもこれもクローネさんたちのおかげです。あのふたりがしっかりローマ連邦軍と交渉してくれてるから……」

「いや、それもそうなのだが……」


 アギリは考え込むような表情をする。


「防衛軍がここまで何もしてこないのは明らかにおかしい……。僕はそう思うんだが……お前はどうだ?」


 アギリはローマの中心街を眺めながら目を細めた。


 *


 ローマの中心街、かつて旧帝国時代の宮殿を利用して建てられた地球防衛軍本部は慌ただしい空気に包まれていた。

 そんな中、自身の薄暗い執務室にて書類を整理していたナイアーラ・ブリストルの元に数人の男たちが飛び込んでくる。


「ナイアーラ提督!」


 彼らは言った。


「どうして迎撃の許可を出してくださらないのですか! 敵はすでにローマの街を包囲しています! エウロペ大陸周辺の味方基地も次々と周囲の国家に落とされて……」

「いいんだ」


 ナイアーラは言った。


「私は勝てる」


 彼には自信があった。地球人などという下等な生き物、私の手にかかれば一日とかからずに殲滅できる。それまでは、このギリギリの状況を楽しみたい……。

 しかし、地球防衛軍の部下たちは彼のそんな思考を知らなかった。


「あなたが許可を出さないのなら……我々が出ます」


 彼らは言った。


「お前たちが出て……何になるというのだ?」


 ナイアーラは言う。


「我々は……あなたのその弱腰が……」


 部下のひとりがそう言った瞬間だった。ナイアーラは自身の指を触手状にして伸ばし、その部下の身体を貫く。


「な……あなたは……!?」


 別の部下が後ずさった。


「やってしまったよ。だが、私は弱いだとかなんだとか……君たち下等な生き物に言われるのが最も嫌いなことでね」


 部下たちの心の内には、地球防衛軍としての誇りがあった。彼らは、人類に仇なすかもしれない存在を目にして、たとえそれが上官であっても銃を向ける勇気があった。


「奴らは……あなたの正体を知って……!」


 軍人たちの銃口が一斉にナイアーラに向けられた。


「悪い子たちだ。しつけをせねばな」


 部屋の隅から黒い触手のようなものが縦横無尽に伸び、軍人たちの身体を次々と引き裂いていった。


「さて……」


 ナイアーラは天井を見上げた。彼の身体を包み込むように触手が覆い尽くす。


「こうなってしまったからには私自身が出るしかあるまい。楽しい遊技の始まりだよ。ふはははははは」


 *


 ローマの空が、どこからともなく発生した赤黒い雲に覆われ始めた。


「な、何が起こってるんだ……?」


 アギリがそれを見て言う。


「アギリさん! 見てください!」


 オメガは地球防衛軍本部の宮殿跡を見て言った。そこから、黒い柱状の肉塊が出現し、それは次第に宮殿を破壊しながら巨大化していく。市街地の至る所からは地面を突き破り黒く巨大な触手が伸びてきた。


「なんだあれは……! 美しくない……」


 アギリが言った。


「はい、むしろ禍々しい狂気すら感じます」


 巨大な黒い肉塊は天に向かって伸び、やがて成長を止めた。その高さは、遠目から見ても数百メートルはあるように見える。また、市街地から伸びた無数の黒い触手はローマの街を形成する石造りの建物を次々と破壊していっていた。


「アギリさん……このままだと街が……!」


 オメガは言った。


「分かってる! こいつは連戦になりそうだな。さっきからの……!」

「そうですね。行きますよ……!」

「あぁ、行くぜ!」


 ハイペリオンオメガVV(ブイツー)とハイペリオンナベルスは空中に飛び出していった。彼らに従い、部隊の他の量産機も市街地を破壊する謎の巨大生命体に向かっていく。

 だが、本体に近づくよりも先に地面から伸びてきた黒い触手によって部隊の進撃は阻まれた。触手が鞭のように襲いかかり、数機の量産機が破壊される。

 近くで見ると、触手の形状がよく分かった。根元の太さは三メートルほどもある。表面は皮膚組織が硬く鎧のようになっており、それが螺旋を描くように触手表面を覆っていた。硬そうな見た目によらず、柔軟性もあるようで、触手は鞭のように振り回されながら街やRAを破壊していく。


「オメガ……駄目だ。本体に近づくことすら出来ないぞ」

「こうなったら……いや、アブソリュートモードを使ったら……」


 オメガは街を破壊され逃げ惑う人々を見下ろしてアブソリュートモードを使うことを控えようと思う。あのモードの出力は膨大だ。市街地で使えば関係ない人々を巻き込んでしまうことになるだろう。


「オメガ……聞こえるか」


 その時、オメガにティンダロスからの通信が入った。モニターに映し出されたのはディーナの姿だ。


「ディーナさん……?」

「指揮官……!」


 オメガとアギリが同時に言った。


「すぐにスターペンドラゴンに戻り、私がこれから言うものを取って戦場に持っていくんだ」

「分かりました。でも、何を……」


 ディーナは至極真面目な調子で続けた。


「モフ子さんだ」

「はい……? ふざけてるんですか? この期に及んで……」

「いや、私はふざけてなどいない。この場を収められるのは、モフ子さんだけだ」

「でも、モフ子さんはあんな白くてモッフモフで小さくて『きゅう』としか鳴かなくて……。というかそんなに言うんならディーナさんが連れてきたらどうなんですか?」

「いいや、あれはお前に一番懐いている。お前が連れてくることに意味があるんだ」


 ディーナは言った。


「オメガ、行ってやれ。僕も指揮官の真意は分からないが……少なくともうちの指揮官はこういう時にふざけるような人じゃあない。騙されたと思って従ってみろ」

「アギリさんまで……。そうですか。なんのことかよくわかんないですけど、暫くは任せましたよ! アギリさん」

「あぁ、言われなくても任されるぜ」


 アギリはふっと笑って答えた。


 オメガは戦場を離脱すると急いでロマニア海に浮かぶスターペンドラゴンへと一時帰艦した。空の色は、ローマから離れると次第に元の青い色に戻っていった。

 格納庫に降り立つと、マイとガイが駆け寄ってきた。


「どうしたの? オメガ兄ちゃん、サボり?」


 マイが言う。


「違うよ。モフ子さんを……連れていこうと思って……」

「モフ子さんならついさっき、慌てたようにどっかに飛んで……」

「きゅーう!」


 モフ子さんがどこからともなく現れてオメガの胸元に飛び込んできた。


「モフ子さん、お前を戦場に連れていくようにディーナさんから言われてね。どういう意味か……」

「きゅーうきゅーう!」


 モフ子さんは元気よく鳴いた。


「分かるんだね」


 オメガはモフ子さんを抱えるとタラップを駆け上がり、ふたたびハイペリオンオメガVVのコックピットに飛び乗った。ハイペリオンオメガVVを載せた台座はエレベーターのようにカタパルトへとせり上がり、オメガはハイペリオンオメガVVを数歩前進させてカタパルトに両脚をセットした。


「ハイペリオンオメガVV。オメガ・グリュンタール、翔びます!」

「きゅーう!」


 ハイペリオンオメガVVはロマニア海上に飛び出した。遠くからでも、ローマ方面の空が赤黒く染っているのが見えた。


 *


 アギリはハイペリオンナベルスを駆りながら触手の攻撃をかわし、敵の本体に近づこうとしていた。しかし、触手は押し返しても押し返しても際限なく現れては攻撃を加えてくる。アタックスキルを使う魔力は、本体を相手にする時のために残しておきたい。

 その時、アギリの隣に白地に紫色のラインが入ったRAが現れ、並んだ。


「うわっ、なんでお前が……! というか戻ってくるんだ……」


 アギリは驚いて言った。


「うっ、それはこっちのセリフなんだけど? オメガはどうしたの?」


 ロヴェナからの通信が入り、彼女は言う。


「あぁ、あいつはモフ子さんを取りに艦に戻った」

「え?」

「モフ子さんを取りに艦に戻ったんだ」


 ロヴェナは首を傾げた。とうとう大ピンチに陥ったせいで頭までおかしくなったのだろうか、この人たちは……。彼女はそう思った。


「そんなことよりお前はどうして戻ってきた? さっきいかにももうお別れですよ感を出していなくなっただろう」

「そうなんだけどね……うちのパパが、ローマが大変なことになってるらしいって聞いて、すぐに戻るって決意して……」


 ロヴェナは背後をちらりと見た。アギリがその視線に従って後方に目を向けると、そこには先程撤退していったゲルマニアの艦隊が黒い触手群に立ち向かっていた。


「本当は私、怖いから戻りたくなかったんだけど……うちのパパ、あの腹黒クローネから連絡を受けてね……」

「クローネが?」


 アギリは聞き返した。


「そっ、あいつってば実はうちのパパとミレニアム戦役の時に戦ったとかで知り合いみたいで……」

「あいつ……前にジュネーヴという姓が気になるとか言っていたがそういう繋がりが……」


 アギリは呟いた。


「だからアギりん、私のこと、守って」

「はぁ?」

「だって死にたくないもん。でも、戦ってるふうに見せかけるために……」

「いや、お前も戦え! あとアギりんってなんだ!」


 アギリはロヴェナの機体を蹴り飛ばした。

 ロヴェナの機体は前方に投げ出され、そこに触手が襲いかかる。


「無理! 気持ち悪い! 来ないでっ! 来ないでぇっ!」


 ロヴェナは闇雲にビームセイバーを振り回した。意外にもその攻撃は的確で自分の機体を触手から守りきれていた。


「やればできるじゃあねぇか。あいつも……」


 アギリはやれやれと言った。


 *


 ミラは、ハイペリオンシュヴァリエを駆って黒い触手群の攻撃をかわしながら本体に近づいていった。しかし、相手の攻撃は容赦なく、一進一退の攻防が続いていた。

 そんなミラのところに通信が入る。


「ミラちゃん、大ピンチみたいですね」


 それは、こっちをからかうような表情のクローネだった。


「猫さん!? って、その顔、絶対必死のあたしを見て楽しんでない?」

「そんなことありませんよ。ほらっ」


 光弾が飛んできてミラに襲いかかろうとしていた触手を弾いた。ミラが振り返ると、そこにはミネルヴァΔ(デルタ)ともう一機、赤いRA(ライドアーマー)の姿があった。確か、ティラエ・マラガのRA、アンフィプテラだ。


「ね、今助けましたからね」

「うーん、取ってつけたような救援……」


 ミラは言った。


「とりあえず、行きますよ、ティラエさん」


 クローネはビームバイオネットをセイバーモードにすると襲いかかってくる触手に斬りかかった。


「う、うん……クローネちゃん! 久しぶりの操縦で慣れないかもしれないけど、頑張ってみる!」


 ティラエはそう言い、ビームセイバーを展開した。


「頑張るのはいいですけど、あまり無理をしないでくださいね」


 クローネは言った。


「はいっ、ありがとう、クローネちゃんは優しいねぇ」

「いや、腹黒いだけだから……。騙されない方が……」

「ミラちゃんはあそこの手強そうな触手をお願いしますね」


 クローネはにこりと笑って言ったが、目は笑っていなかった。


「うぅ、鬼ぃ、腹黒鬼ぃ」


 ミラは嘘泣きをしながらクローネに従った。


 *


 ウィンダーとガンマは機体を背中合わせにして戦っていた。ガンマの機体、メルセデスは装甲を青色に変化させる。


「色が……?」


 ウィンダーは首を傾げた。


「アタックモード。スピード重視の形態」


 ガンマは説明した。そしてバーニアを吹かして空中を高速で飛んでいく。触手はメルセデスを追いかけたが、追いつくことはなかった。


「ウィンダー……」


 ガンマはウィンダーに通信をかける。


「わかった」


 ウィンダーは頷いた。背部の翼の羽状の部分が分離し、ビームポッドとなる。無数のビームポッドが縦横に光線を発射した。数本の触手が光線によって焼き切られる。


「この調子でいけば……」


 ガンマは言った。ウィンダーは何も言わなかった。


 *


 オメガは戦場に舞い戻ってきた。そして街が見渡せる丘の上に立つ。周囲に味方機は1機もなかった。すぐさま相手の黒い触手がハイペリオンオメガVV目掛けて襲いかかってくる。


「きゅう!」


 コックピットの中でモフ子さんが暴れた。


「モフ子さん……外に出たいのかい?」


 オメガは訊いた。


「きゅう」

「でも、外は危な……」

「きゅうきゅう!」


 モフ子さんはふるふると全身を震わせた。


「そうか……でも、無茶はしないでね」

「きゅう……」


 モフ子さんは「お前に言われたかねぇ」という感じの声で鳴いた。オメガはコックピットハッチを開く。触手はすぐ目の前にまで迫っていた。

 モフ子さんが外に飛び出すと、オメガの周囲は光に包まれた。


「くっ……」


 オメガはその眩しさに思わず右手で光をさえぎり、目をつぶった。

 やがて、光が晴れるのを感じ、オメガは目を開いた。そして、頭上に広がる光景に驚いた。

 ローマの街の空は白くてモフモフのなにかに覆われていたのだ。


「あれは……」


 オメガはそこまで言って気がつく。あれは、ローマの街の全てを覆うくらいに巨大化したモフ子さんだ。

 後半へ続く!

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