第37話 闇との決別・2
前半の続き!
オメガは、クローネのスターペンドラゴンに戻ると、医務室でクローネが寝かされているベッドの脇にある椅子に座り、沈んだ様子で彼女のことを眺めていた。
「オメガちゃん、本当にクローネちゃんのことが大好きだったんだね……」
彼の背後のベッドでカマルが言った。彼女はオメガが治療したおかげで傷こそ全て治り、包帯は外れていたが、まだ体力面での回復が追いついていないということでスモモから医務室で寝ているようにと言われていた。
「『だった』ってなんですか。僕はまだ……」
「ごめんごめん、じゃあ『本当に大好きなんだね』」
「はい……でも、僕はやっぱり……クローネさんを傷つけてしまうかも……」
オメガは言った。一度は忘れさろうとしていた心の闇が、ふたたび現実となって立ち現れようとしていた。
「オメガちゃんはいい子なんだねぇ」
カマルは言った。
「はい……?」
「だって、クローネちゃんのことをすっごく大事に思って、そうやって心配までして……挙句に自分を変えようと頑張ってる。すっごくいい子だと思わない?」
「でも……」
「いい? 人は恋をすることで成長出来る。変わっていけるの。頑張ってね、オメガちゃん」
「ありがとうございます……」
オメガはカマルに頭を下げると、医務室から出ていった。
廊下で、彼は背後からフローラに声をかけられた。
「オメガ」
「フローラさん……?」
オメガは振り返る。
「少し私の部屋に来てくださいません?」
「いいですけど……」
オメガは言った。
*
ダンとシルフィは艦内の休憩スペースに座って話し合っていた。ふたりの前にはホットコーヒーが置かれている。
「フローラさん、上手くやってくれますかね?」
シルフィが言う。
「あぁ、あいつの話だと、もう一息だということだぜ」
「それは私もわかっています」
シルフィは言った。
「そうなのか……?」
「ダンが鈍感すぎるだけですよ。彼、自分でも気づいていないみたいですけどあとひと押しで大きく成長できるはずですから……」
シルフィはホットコーヒーの入ったカップを口に運んだ。
*
フローラの部屋は、奇妙な金色で繊細な道具類が所狭しと並んだ部屋だった。全体的に薄暗く壁には山羊の頭骨らしき骨がかけられている。全て、魔女教団の儀式に使うなにかだろうか。
「オメガ、ここに座ってくださいまし」
フローラは言った。
オメガはそこに置いてあった来客用の肘掛椅子に腰掛ける。肘掛にはグロテスクな獣の頭部の意匠がついていた。
「さぁ、目をつぶって……」
「目をつぶるんですか?」
オメガは聞き返した。
「えぇ、そうですわ。何を躊躇っていますの?」
「イタズラとかしません?」
「しませんわよ! わたくしがそんなことをする人に見えまして?」
見えるから言ってるんです……。オメガはそう言いかけたが口をつぐむ。そして、フローラの言った通り、目をつぶった。フローラが片手をオメガの両まぶたを覆うように当てて、なにか呪文のような言葉をぶつぶつと唱え始める。オメガは急に、眠気に襲われてきた。そして、そのまま意識の彼方に沈んでいった。
気がつくと、そこはどこかの宮殿の広間のようだった。壁には異国風のタペストリーが無数にかけられ、柱には蛇の意匠が彫り込まれている。
オメガは、周囲を見回した。そしてぎょっとする。玉座に座っていたのは、オメガ自身だった。
「もうひとり……僕がいる……」
オメガは呟いた。もうひとりのオメガは、今のオメガよりも幾分か大人になっているようだった。
「目覚めたか、もうひとりの俺よ」
もうひとりのオメガは言った。
「あなたは……」
「俺はお前の可能性だ。ロンギヌスの槍を手にし、エウロペ大陸を制覇し、エウロペ帝国を打ち立てた皇帝。それがお前の可能性のひとつだ」
「あなたは……」
オメガはいつかの幻視を思い出す。
「あなたですね! クローネさんを処刑した……」
「あの女は……」
もうひとりのオメガの瞳がやや曇った。
「仕方がなかった。東洋の王妃を迎え入れたのはいいが、彼女は自分を正妻にしないと戦争をけしかけるという。俺たちの国はあいにく、未だ東洋の大国に対抗できるほどの国力は有していないからな。それに、俺とクローネの仲は、最近ではすっかり冷えきってしまって……」
「それはあなたがこんなことを……こんな柄にもないことをするからだ!」
オメガは言った。
「それはクローネも言ったよ。だが昔の俺よ。お前は安易だ。なぜこの世から争いを無くすために最も簡単で分かりやすい方法を取らない? なぜ槍を手にしたこの俺が、世界を支配するという簡単な方法を取らない? 平和を望む俺が支配した世界ならば……」
「そんなの間違っている! それはあなたのエゴだ!」
「悪いが俺はお前だ。オメガ・グリュンタール。これはお前自身が選んだ選択肢なのだ」
もうひとりのオメガは言う。
「嫌だ……僕はお前を選ばない! お前が僕の可能性のひとつなら、僕が今ここで捨て去ってやる!」
オメガは言い放った。
「そうか、ならばやってみるがいい」
オメガの右手にはいつの間にか剣が握られていた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
オメガはもうひとりの自分に突撃していく。
オメガが持った剣が、もうひとりのオメガを刺し貫いた。その瞬間、オメガは空間全体がゆがみ始めているのに気がついた。そして、広間は消え、彼はただの真っ暗闇の中へと放り出される。オメガの手に握られていた剣は消えていた。
「オメガ……オメガ……」
そんな声が聞こえてきた。誰かが僕を呼んでいる……。
オメガはゆっくりと目を開けた。彼は、ベッドの上で寝かされていた。天井に目を向けると、あの山羊の頭骨がぶら下がっている。ここはフローラの部屋のようだ。
「やっと気づいたようですわね」
フローラが言った。
「フローラさん……僕は……」
「丸一日、うなされていましたわ」
フローラは言った。
「そんなに……。あの、僕が見た光景はなんだったんですか?」
「そうですわねぇ」
フローラは唇に人差し指を当てて考え込むような表情をしてから答えた。
「わたくしの魔法によりあなたは自分自身の心を見た。そういうことですわね。で、どうでした?」
「僕は……もうひとりの僕を剣で刺し貫きました。僕自身を、僕の手で……」
「それは、自分自身に打ち勝ったということではなくて?」
フローラが言う。
「僕自身に……」
「えぇ、わたくしの見立てだと、あなたはもうほとんど、自分の心の中にやどる闇には打ち勝っていましたわ。ただ、自分では気づいていなかった。まるで、あなたはあなたの中にいる幻影に脅えているようだった。だからわたくしは一計を案じましたの。あなた自身に、あなたの心の闇を見せて、打ち勝たせるしかない。勝算はありましたわ。もし一歩間違えばあなたは心の闇に永遠に囚われて、そのまま目覚めなくなってしまう。そんな可能性もありましたから」
「え……」
僕、しれっと危うい状況になってたりしません? オメガは思った。
「おかげでわたくしは目覚めたばっかりのクローネに怒られて……」
「そりゃそうでしょう」
オメガは言ってから、はっと気づいた。
「……って、なんですか!? 今、クローネさんが……」
「えぇ、そうですわ」
フローラは言った。
「あなたが眠りこけてる間に、目を覚ましましたのよ」
「どうしてそれを言わなかったんですか! すぐに……すぐに……」
オメガはベッドから起き上がった。
「行ってらっしゃいまし」
フローラは見送った。オメガはバタバタとフローラの部屋を出ていく。
オメガは医務室に飛び込んだ。
「クローネさん!」
クローネは眼鏡をかけてベッドの上に起き上がり、本を読んでいる。オメガの声を聞くと、本をパタンと閉じて眼鏡を置いた。
「オメガくん……! 生きてたんですね!」
「それはこっちのセリフです。クローネさん……」
それからオメガはクローネに飛びついて抱きしめた。
「ちょ、ちょっとオメガくん……苦しいですよ……!」
「いいんです! 良かったぁ……。生きてて……!」
オメガは言った。
「まったくもう、すぐに動揺するんですから」
クローネはオメガを抱きしめ返す。
「それはクローネさんもじゃないですかぁ」
オメガは言った。
「当たり前です。勝手にフローラさんの魔法にかかったりして……お仕置きとして、しばらくは離しませんからね」
クローネはオメガを抱きしめる力を強めた。
「うぐぅ、苦しい……」
しばらくしてクローネはオメガを解放すると、枕元のに置いてあった紙袋をごそごそとやった。
「あの……誕生日プレゼントです」
クローネはオメガに貝殻のペンダントを渡した。
「私のとお揃いですよ」
紙袋からはもうひとつのペンダントが出てくる。それは、同じ種類の二枚貝の左右の殻をふたつに分けて作られたペアのペンダントだった。
「ありがとうございます!」
オメガはペンダントを受け取った。
「お店の人によると、このペンダントは同じ個体の貝から取れたものなんです。切っても切り離せないふたつの貝殻……。だから、私たちがずっと一緒にいられますようにって願いを込めました」
クローネはにこりと笑って言った。
医務室を後にする時、オメガはスモモに声をかけた。
「あの……ありがとうございます」
「いいんですよぉ。これが私の仕事ですからぁ」
スモモは言った。
「オメガくんは確かに傷を治すことはできますぅ。でも、本当に治すべきなのは目に見える傷じゃあなくて、それ以上のものなんですぅ。ですから、私がお役御免になることはそうそうなさそうですよぉ」
*
アルキ海の海底に停泊した戦艦の艦橋に、銀色の仮面の男、サザームが立っていた。
「サザーム……!」
そこにひとりの少年が入ってくる。ラムダ・プロメテウスだった。
「出来なかった……。オメガは俺たちの仲間にはならない!」
ラムダは言った。
「そうか……」
サザームは関心がなさそうに答える。
「なぁ、教えてくれ。俺は本当に復讐するべきなのか? あんたは……俺を世界に復讐する仲間としてここに集めた……」
「私ではない」
サザームは言う。
「私は決して、私の目的のためにお前達を集めたわけではない」
「どういうことだ?」
「私にそうしろと命じた者がいるということだ」
「そいつは……」
「おそらく彼ら、オメガとその仲間が追っている者と同じだろう。私が今追っているものは……」
サザームはそうとだけ言った。
*
エクスは、クロノポリスの街外れにある廃墟で、ミラが持ってきた紙を読み込んでいた。彼女がゼロム、すなわち今のエクスに捕らえられていた時のことを後でまとめた記録である。
「やはり……気になる」
エクスは言った。
「気になるって、何が?」
「いや、この名前だ。エリシア……というのか? この女は俺と親しかったのか?」
「うん、あたしにはそう見えたけど……」
でも、今ここにいないということは、あの艦が大破させられた時に、彼女はもう……という可能性だって考えられる。
「その女は……今ここにいない。ということは……」
エクスは同じことを思い至ったようだ。
「でも、ゼロム……じゃなかった。エクスが生き残れたのは奇跡のようなものだよ。だから、自分の命はこれから大切にすること。分かった?」
ミラは言い聞かせるように言った。
「あ、あぁ……。だがそのエリシアという名には、もっと恐ろしい何かがまとわりついているような気がしてならないんだ……。あくまでも俺の直感、のようなものだが……」
「恐ろしい何か……?」
ミラは聞き返した。
「あぁ、いや、それが何か思い出せないから俺は今こうして苦労しているのだが……」
「分かった。一緒に取り戻そう。ゼロムの記憶を」
ミラは言った。
「だってあたし、前に約束したもん。あんたを笑顔にしてやるって。そんなあんたが、記憶喪失じゃあどうしようもないでしょ?」
「分かった。俺も……努力はしよう」
「あぁ、無理はしないでね? あんたはオメガくんと一緒ですぐに無理をしそうな顔をしてるからさ」
ミラはそう言うと机の上に広げられた報告書をふたたび手元にまとめた。
闇が、増殖していた。
黄金の都にて、かつての栄華を覆い隠すような暗黒が。
その名は混沌、あるいは狂気。
人々はいざ、最後の戦いに挑む。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『ローマにて』。
その混沌を打ち破れ。




