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第36話 過去からの暗雲・1

 オメガ・グリュンタールは、街中でマイ、ガイと名乗る姉弟と出会う。

 ふたりに連れていかれた先には……!

 オメガは、スターペンドラゴンの医務室でスモモと向かい合って座っていた。


「それでぇ、デートは楽しかったですかぁ?」


 スモモは尋ねた。


「はい」


 と、オメガは頷いた。


「クローネさんのおかげで、僕は自分の心の暗い部分にも向き合おうと思いました。そこを受け入れて、打ち勝ってこその自分なのだと……」

「それは、よかったですねぇ」


 スモモはにっこりと笑って言う。


「あとはぁ、骨折を治すだけですぅ」

「スモモさんは……」


 オメガは新たな話題を切り出した。


「艦の乗員の身体だけじゃあなく心も気遣ってくださいますよね」


 スモモは頷いた。


「はいぃ、心あっての身体ですからぁ。病は気からとも言いますしぃ」

「いい事だと思います。それで……その……人が何らかの出来事をきっかけとして記憶を失って……別人として生きているということは有り得ますか?」


 オメガは尋ねた。


「ありえないことではないと思いますぅ。記憶を失った原因に関しては色々と考えられますけどぉ、記憶喪失に関してはよく聞く話なのでぇ」

「そうですか……」


 オメガはあの街で出会ったエルフのことを思い出した。あれは本当にゼロムさんだったのか……?


「どうかしたんですかぁ?」


 スモモが心配して訊いた。


「いえ、その……ゼロムさんに似た人に出会ったもので……。でも彼は僕のことはおろか、ゼロムという名前すら知らないみたいで……」

「それは……気になる話ですねぇ。私はその場にいなかったから彼がゼロムなのか他人の空似なのか分かりませんがぁ、捜索してみる価値はあるかもしれませんよぉ」


 スモモは言った。


「捜索……? でも……エラーダ近海は早々に通り過ぎて直ぐにアラビア帝国軍やイラン帝国軍と合流してローマ攻略にあたるんじゃ……」

「それが、そうでもないみたいですぅ」


 スモモは言う。


「そうでもない……?」

「はいぃ。エラーダ王国の王様とうちの艦長さんは旧知の仲みたいでぇ。それにダン、シルフィ、クローネ、フローラたち戦友組もぉ。だから王様にも協力を依頼するみたいですよぉ」

「そんなことが……。じゃあ、僕は皆さんが交渉している間にゼロムさんを探してこなきゃ……!」


 オメガは立ち上がった。


「いいですけど……怪我は治っていないので無理しないでくださいねぇ」


 スモモは手を振った。


 *


 クロノポリスの街外れにある大きな廃墟の一室に、エクスはいた。彼は疲れた様子で木製の椅子に座り込んでいる。かなり広い部屋だったが、壁は剥がれ落ち、床板はところどころが朽ちてきしんでいた。壁際の戸棚は使われておらず半壊している。

 建物自体は元はお屋敷かなにかだったようでかなり広い。エクスがいる部屋はそんな廃屋の2階にあった。窓からは草がぼうぼうに生えた庭が見下ろせる。


「エクス兄ちゃん……なにか思い出した?」


 例の姉弟の弟が尋ねた。


「思い出せない……」


 エクスは辛そうに首を横に振る。


「相当ショックなことがあったみたいだね……」


 姉は言った。


「だから……思い出すことを拒否しているみたい」

「すまない……」


 エクスは謝った。


「いいのいいの、思い出したくないのなら思い出さなくていいよ。私たちだって……思い出したくないことくらい……」


 姉はそう言って自らのぼろぼろな服の裾をぎゅっと握った。


「行こう、ガイ」


 姉は弟に声をかける。


「食べ物を手に入れに行かなきゃ」

「そ、そうだね、お姉ちゃん」


 ふたりは連れ添って部屋を出ていった。


 ふたりが向かったのは街の市場だった。食べ物や野菜が売られた屋台が並んでおり、街では有数の賑わっているスポットだ。そこでふたりはぼろぼろな布袋を広げて屋台の食材を手際よくそこに入れていった。そして屋台の主人に見つかる前に次の屋台に行き、同じことをする。

 そうして、いくつかの屋台を巡った時だった。ガイがりんごに手を伸ばそうとすると、その手を別の手が掴んだ。それは、十五歳ほどの小柄な赤髪の少年だった。


「君たち、今……そこのりんごを盗もうとしたよね?」


 少年はにっこりと笑って言った。


「まずい……!」


 姉ははっとして少年に突撃した。少年は思っていたよりも簡単に地面に倒れる。


「今のうちに……!」


 姉はガイの手を取り駆け出す。


 *


 オメガ・グリュンタールは屋台の商人たちに助け起こされた。


「おい! 大丈夫か!? まさかあんなガキに負けるなんて……」

「ごめんなさい……骨折をしてて……」


 オメガは顔をしかめた。


「まったく……怪我をしているのに面倒事に首を突っ込む奴がいるか? 安心しな。あの盗っ人のガキ共は仲間が追っている。あいつら……いつもここに来て何かを盗んでいくんだ。逃げ足ばっかり速くてな……」

「それは親御さんに言った方が……」

「親? あいつらに親なんていねぇよ。前の戦争でこの国は大きな被害を受けただろう? それで死んじまったのさ。……まったく、あんなガキふたりを養う分の食べ物なんて、この街にはないってのに……」


 オメガは立ち上がった。


「そうですか……。あ、あの……! ひとつ聞きたいんですけど、この辺りでエルフを見かけませんでした? 黒っぽい服を着た、髪が少しだけ長めの男エルフで……」

「エルフ? あぁ、いたな。前にあいつのせいであのガキどもを逃したんだ。あの姉弟を追っている俺たちの前にふいにふらふらと現れやがってな。その隙に奴らは逃げちまった。いけ好かないエルフだぜ。うちの国もゲルマニアみたいに異種族を社会の最下層に分類しちまえばいいんだ」

「あの姉弟を庇った……? あっ、ありがとうございます! あのふたりに関しては僕に任せてください!」

「え? あ、いや……骨折は大丈夫なのか?」

「大丈夫です!」


 オメガは駆け出した。


 *


 姉弟は路地裏に駆け込んだ。


「だ、誰も見ていないと思ったのに……」


 ガイは言った。


「だからあんたはやり方が甘いの。今までの失敗だってほとんどあんたがヘマしたせいでしょ?」


 姉は弟に詰め寄った。


「ま、あの赤髪のお兄ちゃんが弱くて助かったけど……」

「誰が弱いって?」


 その声が聞こえた方向にふたりは顔を向けた。そこには、オメガ・グリュンタールが立っていた。

 姉は前に進み出る。


「あんた……。またやるって言うの? いいけど、あんたみたいな弱い奴、今度は腕の骨を折ってやるよ」

「君たちの事情は市場の人から聞いてだいたい分かったよ」


 オメガは言った。


「で? 何? 今更同情でもするつもり?」


 オメガは首を横に振った。


「いいや、ちょっと訊きたいことがあるんだ。ゼロム……じゃあなくて、前に君たちを助けたっていうエルフのことだけど……」


 姉弟は顔を見合せた。


「知らない! そんな人、私たちは!」


 姉が明らかに動揺して言った。


「僕は彼の仲間、いや、彼に助けられた人でもあるんだ」


 オメガは答えた。


「そんなこと、信じられると思う!?」


 姉はオメガに詰め寄った。


「だいたいエクス兄ちゃん、記憶が無いんだし、なにかショッキングな出来事があったみたいだし、あんたがエクス兄ちゃんを追ってきた誰かかもしれないって……」

「あの、お姉ちゃん……」


 ガイが姉の服の裾を掴んだ。


「あ……」


 姉ははっとして口を噤んだ。ついつい、勢い余って話しすぎてしまった。


「やっぱり……ゼロムさんは記憶をなくして……」


 オメガは呟いた。


「あの……その場所に案内して……」

「あげるわけないでしょ!? このへなちょこ男!」

「へなちょこ……?」


 オメガは呟いた。


「でも、僕は君たちについていく」

「じゃあ私はこの場であんたをぼこぼこにする!」


 姉はオメガの前で格闘技のような構えをとった。


「それでも、僕はついていく。例え地面を這ってでも!」


 オメガは譲らなかった。


「は、あはははは、変なの。普通怖気付いて逃げ出すでしょ? あんたみたいな弱いのは」


 姉は笑い始めた。


「ま、そこまで言うならついてきてもいいけど……」

「い、いいの……?」


 ガイが小声で訊く。


「うん、だってもし悪者だったら私たちで再起不能にしてやればいいだけだし……」

「ありがとう、ふたりとも!」


 オメガは純真そうな笑顔を浮かべて言った。


「それに、すごーく騙せやすそう」


 姉は呟いた。


 しばらくしてオメガはエクスと対面した。


「お前は確か……」


 エクスは言った。


「思い出しましたか……?」


 オメガは尋ねた。


「確か……俺のことをゼロムか何かだと呼んでいたな」


 エクスは言った。


「そうです。あの……記憶が無いって……」

「本当だ。俺は気がついたらこの街にいた。それ以前のことは何も覚えていない」


 エクスは言う。


「僕は……あなたに、ゼロム・グリュンタールに救われました。あなたがいなかったら、今の僕はいなかったでしょう。だから、あなたには戻ってきて欲しい……!」


 オメガは言った。


「だが……俺は何も覚えていないんだ。力になれなくて悪いが……俺はここでこのまま……」

「あの……エリシアさんは……」

「エリシア……!」


 エクスは両眼を見開いた。


「ゼロムさん……!?」

「エリシア……! その名を……その名を呼ぶな!」


 エクスは座っていた椅子から崩れ落ち、床に両手をつく。


「ど、どうしたんですか!?」

「分からない……! だが、その名だけは言うな。俺の心が思い出すなと言っている……!」

「ごめんなさい……。でも、立ってください!」


 オメガはエクスの身体を支えて椅子に戻した。


「何があったのかは分かりませんが、思い出さない方がいいのかもしれません。あなたにとって、それがつらい記憶なら……」


 エクスは何も言わなかった。

 オメガは部屋を出ていく。部屋の隅にいてふたりの様子を伺っていた姉弟は、しばらく迷ったようだったがオメガについて行った。


 *


「ねぇ、オメガ兄ちゃん」


 軋む階段を降りていくオメガに姉のマイが声をかけた。


「君は……確かマイちゃんだったね」


 オメガは無理やりに笑顔を作って言った。


「あんた……すごく辛そう」


 マイは言った。


「そんなことは……」

「嘘つかないでよ! 弱いくせに、そうやってひとりで抱え込んで……!」

「ありがとう、でも、もういいんだ。ゼロムさんが思い出したくないのなら、思い出さない方がいいのかもしれない」


 それから、オメガは階段を降り切ると姉弟ふたりに向き直った。


「そんなことより、君たち……お腹、空かせているだろう?」


 姉弟は顔を見合せた。


「それは……空いてるけど……」


 ガイは言った。


「だったら、僕がご馳走してあげるよ」

「え……?」


 マイは首を傾げる。


「ついてきて」


 オメガはにっこりと笑うと言った。


 スターペンドラゴンの食堂に通された姉弟の目の前にふわふわのオムライスが置かれた。


「これ、オメガ兄ちゃんが?」


 ガイは尋ねた。


「うん、僕はこれしか出来なくて……」


 オメガは言った。


「あんた、本当は女の子なんじゃあないの?」


 マイは言うがオムライスの卵を口に含んで幸せそうな顔になった。


「美味しい……! こんなの食べたの! 戦争前以来かも!」

「喜んでくれて嬉しいよ」


 オメガは言った。


「僕が、ゼロムさんに初めて振舞ってもらった料理もオムライスでね。それで、僕はその味に感動して、自分でも作れたらなって思って料理を始めたんだ」

「だったら尚更……エクス兄ちゃんの記憶を取り戻さないと」


 マイは言った。


「そうはいかないよ。今日のゼロムさんの反応を見て、僕の覚悟は揺らいだ。ゼロムさんの記憶を取り戻させて、彼は幸せなのかって。それはただの僕の自己満足なんじゃあないかって」

「辛いことでも……乗り越えてきたから今の私がいる。私はそう思うけど……」

「辛いことでも……」


 オメガはその言葉を噛み締めた。


「そうかもしれない。僕だって、自分の心の闇と向き合うべきだとこの前気付かされた。でも……」

「でも……?」


 マイは言葉を続けるように促す。


「まだ、その第一歩が踏み出せていないのかもしれない」


 オメガは言った。

 後半へ続く!

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