第35話 オメガの誕生日・2
前半の続き!
四人は街の商店街を歩いていた。街はもうすぐクリスマスという様相で、至る所にリースやクリスマスツリーといった装飾がなされていた。
「クリスマス……」
ガンマが呟いた。
「ガンマ……。そうか……お前はまだ一度も祝ったことがないんだな」
アギリは言う。
「まぁ、僕もだが……」
ガンマも、それに僕だって、産まれて物心ついた時から戦闘用の人間としての訓練を受け、そのうちに実際に戦場に駆り出されていた。だから、クリスマスもハロウィンもイースターも、正直どんなものかよく分からない。
「えっ、そうだったんですか!? じゃあ今日は僕がいっぱい教えてあげますね!」
オメガは敬礼のようなポーズをした。
「いや、いい……。どうせお前だってちゃんと分かってないんだろ?」
「お姉ちゃん知りたい」
アギリとガンマは正反対の反応をした。
「クリスマスっていうのはですね……美味しいものを食べてみんなでどんちゃん騒ぎをすることを……」
「そんなことは僕でも分かってる」
アギリはやれやれと言った。
「でもオメガくん」
クローネは立ち止まった。
「どうしたんですか?」
「その前に、ひとつ、大事なイベントを忘れていません?」
「えっと……なんですか?」
オメガはきょとんとして尋ねた。
「オメガくんのお誕生日です」
クローネは言った。
「僕の……誕生日……? それは……あんまりめでたくないかも……」
オメガは呟くように言った。
「めでたくない……。どうしてですか?」
クローネは訊く。
「だって……僕は造られた人間です。ですから僕の誕生日は所詮僕が起動された日に過ぎない……。クローネさんもそれを知ってて、去年は祝ってくれなかったのかと……」
「去年は防衛軍の仕事で忙しかっただけです……。でも、今年からオメガくんと私は一緒にいるんですから、これからはずっと祝い続けますよ? ……それに、オメガくんにとって起動日が記念するべき日なのは変わらないと思います」
「え……?」
「……だって、オメガくんを起動してあの研究所から助け出したのはゼロムさん、あの日がなかったら、今のオメガくんはいなかったようなものでしょう?」
クローネは言った。
「それは……」
オメガは言う。
「と、いうわけで、オメガくん、何か欲しいものはありますか? 今日はなんでも買ってあげますからね」
クローネは嬉しそうに言った。
「まるで保護者だな……」
アギリは呟く。
「私たちも……」
ガンマはアギリの手を握った。
「オメガへのプレゼントを探しに行こう……」
「分かったよ。あいつへのプレゼントってのはなんか癪だが、お前が言うんなら選んでやるぜ」
アギリはそう言うとガンマを伴ってオメガとクローネから離れた。
「……と、いうわけで僕たちは僕たちでオメガへのプレゼントを選んでくる。じゃあな」
アギリは手を振った。
「オメガくん、私たちも、行きましょうか」
クローネはオメガの手を握った。
オメガとクローネがまず初めに向かったのは、街にある雑貨屋だった。店の外側にも内部にも、クリスマス飾りが溢れんばかりに飾り付けられている。
「いらっしゃい! プレゼント用の品物もたくさんありますよ!」
ふたりが店に入ると、店主と思しき男が勢いよく言った。
「おふたりは……ご姉弟かなにか?」
店主が尋ねる。
「いいえ、その……付き合っています……」
クローネは若干恥ずかしそうにしながらも答えた。
「そうか……カップルさんか。ならばお揃いの何かを……。ほら、そこにある手袋なんてどうだ?」
店主はカウンターの近くの壁に下がっている手袋を指し示した。
「あの……クリスマスもそうなんですけど、もうすぐここにいるオメガくんのお誕生日なんです……。だから、プレゼントを……と」
クローネは言った。
「そっか……。で、坊や、お前はどんなのが欲しいんだい」
店主は訊く。
「僕は……えっと……今は特に欲しいものとか……」
「それは困るな」
店主は言った。
「誕生日というのは祝われる本人が楽しむ日だ。それを今みたいにどうでもいいように言われちゃあ祝う身に失礼だろう?」
「でも……僕は……誕生日なんて嬉しくありません!」
オメガは言った。それからはっとして付け加える。
「ごめん……なさい。でも、やっぱり僕はみんなみたいに誕生日が来ても喜べない。そんな人間なんです」
オメガはクローネの傍を離れるとふらふらと店を出ていった。
「あのっ、ちょっと、オメガくん!?」
クローネがすぐにその後を追う。
*
オメガは店の脇の路地裏に座り込んでいた。それを見つけたクローネが彼に歩み寄る。彼女の私服であるロングブーツの靴音が表通りとはうってかわって人気のない路地裏に響いた。
「私は……嬉しいですよ」
クローネは言った。
オメガは顔を上げた。
「はい……?」
「私は……オメガくんの誕生日、嬉しいです。それに、とっても祝いたい。お誕生日っていうのは、その人のためだけある日ではないんです。その人を大切に思う全ての人にとって嬉しい日、それが誕生日です」
「でも……僕は……その大切な人をいつか傷つけてしまうかもしれない……」
オメガは言った。
「それは……私がさせません」
クローネはきっぱりと言う。
「もし、オメガくんが見たような未来が来そうな時は、私が全力でオメガくんのことを止めます。……だって、オメガくんの本心はそんなことになるような人じゃあないって信じてますから」
「それでも、僕は……」
「いいですか? オメガくん、誰もひとりきりで生きていける人なんていません。自分が自分自身に負けそうになったら、他人に頼ってください。そのための恋人であり、そのための仲間でしょう? オメガくんが自分自身に打ち勝つというのなら、私は、全力でその背中を押してあげます。私の大好きなオメガくんを守るために」
クローネはオメガに右手を差しのべた。
オメガはその手を握った。そして立ち上がる。
クローネはオメガを抱きしめた。
「クローネさん……」
「いいんですよ……何も言わなくても……」
「そ、そうじゃなくて……今……抱きつかれるのは、ちょっと肋骨が痛いというか……」
「あっ、えっと、その、ごめんなさい!」
クローネはさっとオメガから飛び退いた。
「でも、ありがとうございます。クローネさんはいつも、僕に勇気をくれます。たまにはその恩返しをしても、いいかもしれませんね」
オメガはにっこりと笑って言った。
*
アギリとガンマは街の市場にある調理道具が並んだ屋台を観覧していた。
「なぁ、ガンマ……こういうの……オメガの奴、大体持ってるんじゃあないか?」
アギリは言った。
「そうかもしれない……」
ガンマは言う。
「じゃあ……」
「私は……姉なのに……オメガのことをあまり知らない」
ガンマは少しだけ沈んだように言った。
「無理もないさ。この二年間、お前はずっと宇宙をさまよっていたんだろう?」
アギリは慰めるように言う。
「僕だって、アイリスのことは何も分かっちゃいなかったのかもしれない……」
アギリは遠くを見つめるような目になった。
「あなたは……本当に……あれがかつての憧れの人だと思っているの……?」
ガンマは尋ねた。
「え? ……そりゃそうだ。僕があの時聞いた声、見た顔は間違いなくアイリス・ランスのものだった」
「彼女が……例え世界のためといえど狂気と混沌をこの星に広める者だと……?」
「あぁ、信じたくないがそうなんだ。僕は……彼女とは戦いたくない」
「アギリの中の……アイリスは……」
「僕の中のアイリス……?」
ガンマは頷く。
「そう、アギリの記憶の中にいるアイリスは、そんなことをする人なの……?」
「違う」
アギリは即答した。アイリスは、誰よりも優しく、そして美しかった。僕はそんな彼女が生き甲斐だった。断じて、ルルイエ神聖教団なんかのトップに座るような人物じゃあなかった。
「だったら、私たちが出会ったのはアイリスじゃあない」
ガンマはきっぱりと言った。
「どうしてそんなことが言い切れる? あれは……」
「アイリスのことを……信じてあげて」
ガンマはアギリを翡翠のような色の瞳でしっかりと見つめる。
「アイリスはそんなことをする人じゃあない。あれは、アイリスなんかじゃあないって……」
ガンマは言った。
「あれは……アイリスなんかじゃあない……」
アギリはその言葉を反芻した。
ガンマは表情を少し緩めて頷いた。
*
さっきの雑貨屋に、クローネはふたたび入った。
「おや、嬢ちゃん、彼氏さんはどうしたんだい?」
店主が言う。
「大丈夫です。外で待っていて貰っていますから。それより、やっぱりお揃いのものを選ぼうと思います。えぇっと……手袋以外に何かありますか?」
「仲直りしたんだな」
店主は満足そうに言った。
「それじゃあそこで待ってな。今とっておきのものを用意してやるよ」
店主はそう言うと店の奥に消えていった。
*
オメガはクローネが入っていった雑貨屋から少し離れた道端で彼女を待っていた。どうやらクローネは、改めて選び直すプレゼントをオメガにはぎりぎりまで知られたくないようだった。サプライズのようなものを考えているのだろうか。
通りは人通りが多く端の方に控えていてもたまに誰かとぶつかりそうになる。オメガは、そうしてぶつかりそうになった相手の顔を見てはっとした。
それは、黒い服を纏ったエルフだった。オメガは、その顔に見覚えがあった。
「ゼロム……さん?」
オメガは立ち去ろうとする男エルフに声をかけた。
「ゼロム……それは……誰だ?」
エルフは言った。
「ごめんなさい。人違いでした……」
オメガは道の端に戻って、誰にもぶつからないようにさっきよりも縮こまった。
しばらくして、クローネが戻ってきた。彼女はとても楽しそうに片手に紙袋を提げている。
「クローネさん、何を買ってきたんですか?」
オメガは訊いた。
「秘密です。お誕生日まで待っててくださいね」
クローネは言った。
「気になるなぁ……」
オメガは呟く。それから彼は話題を切りかえた。
「そういえばさっき、ゼロムさんに似た人が歩いていきましたよ」
「えっ……?」
クローネは周囲を見回すが、もうすでにさっきのエルフの姿はなかった。
「本人は否定していましたし、多分人違いだとは思いますけど……」
オメガは言った。
「そうですね……。ゼロムさんもエリシアさんも、未だ行方が分かりませんし、見つかるといいんですけど……」
クローネは心配そうに言う。
「必ず、見つけ出しましょう」
オメガは力強く言った。
「もちろんです! 珍しく頼もしいですね」
「珍しくってなんですか!?」
「珍しくは珍しくです」
クローネはいたずらっぽく言った。
*
オメガたちからさほど離れていない洋服店の前で、あの男エルフに声をかける10歳前後の姉弟の姿があった。ふたりとも栗色の髪の毛をしている。
「あっ! エクス兄ちゃん! どこ行ってたんだ?」
弟の方がエルフに声をかける。
「散歩だ」
エクスと呼ばれたエルフは言う。
「散歩って……。時々分かんない行動するんだから……。記憶も無いし、絶対、どっかに頭ぶつけたんじゃあないの?」
姉の方がややきつい口調で言う。
「かもしれないな……」
エクスは無関心そうに言った。
「まったく、私たちは街のみんなには厄介者扱いされてるんだから勝手な行動はやめてよね?」
姉は注意するように言った。
「ところで……」
と、エクスは切り出した。
「ゼロムって……誰のことだ?」
「ゼロム?」
弟は首を傾げる。
「さっき俺とぶつかりそうになった人が、俺のことをそう呼び間違えていた」
「それって……」
姉弟は顔を見合せた。
「記憶を失う前のエクスの知り合いじゃない!?」
幸せだった日々は突如として終わりを告げる。
凶刃の光がすべてを奪い、少年の心を暗雲が覆う。
復讐、それが生きるための力なのか。
碧海に、少女は落つ。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『過去からの暗雲』。
獅子の牙は、絶望を誘う。




