第4話 血染めの少女は恋をする・1
オメガ・グリュンタールたちはこの世界の大いなる秘密が隠されているという南極大陸へ向かった。その旅路の途上、彼らが出会ったものとは……。
スターペンドラゴンの厨房の隣には食事スペースが隣接している。テーブルや椅子は安っぽい素材で作られた簡易的なものだ。その上に、場にそぐわないとも言えるような豪勢な料理の皿がいくつも並んでいた。皿に囲まれ、白く丸い生き物がテーブルの上にちょこんと乗っている。モフ子さんだ。
「さぁ、モフ子さん、お食事の時間だよ?」
オメガは料理皿を見回すモフ子さんに言った。
「きゅうきゅう……」
「食べないのかい?」
モフ子さんは首を縦に振った。
「こいつ、もしかして……」
オメガの背後からふたりの様子を見ていた色黒の大男が言う。料理長のジョアン・ゴンダールだ。
「ものを食べなくても生きていけるんじゃあないか?」
そしてモフ子さんを両手に取ってしげしげと観察する。
「見ろ、オメガ。こいつ、目こそあるが、鼻も口もないぜ?」
「えぇっ」
オメガはジョアンからモフ子さんを受け取って、自分も観察してみる。白いふわふわの毛の中に手を突っ込んだりしてみるが、その中には滑らかな皮膚があるだけで、口や鼻の穴といった穴は一切存在しない。もしかしたらへそや汗腺だってないかもしれない。
「でも……そんな動物、有り得るんですか? 見た目からして、モフ子さんは一応脊椎動物には見えるんですけど……」
「さてな、そこまでのことは俺にもわからんよ。だが……我々の常識では測れないような生物だってこの世界には少なからず存在している……有り得ないと一蹴することは出来んよ。現にモフ子さんは俺たちの目の前にこうして存在しているんだからな……」
その時、オメガは食事スペースの入口に人の気配を感じてちらりと見た。そこには、クローネの姿があった。彼女は何かを言いたげな表情をして、こちらを見るが、オメガはそんな彼女から目を背ける。
クローネは沈んだような表情で部屋を後にした。
「オメガ、何かあったのか? クローネと……」
ジョアンが尋ねる。
「知りません。僕はもうあんな人……」
オメガは言った。
*
クローネは、沈んだ気持ちで艦内の廊下を歩いていた。オメガくん……。と、彼女は心の中で呟く。やっぱり、オメガくんに無視されるのは、私の側に原因があるのでしょうか……?
そこでクローネは、神威とばったり遭遇した。
「どうした? クローネ、いつもの元気がないぞ……」
神威はクローネの表情を見て言った。
「すみません……。でも、多分私が悪いんです。オメガくんを心配するあまり、逆に彼を傷つけてしまった……」
「クローネ、お前……」
神威はクローネの頭にぽんと手を置いた。
「相変わらず、優しいんだな」
「どういう、意味ですか?」
「だがな、行き過ぎた優しさは、最後には自分に対する刃になりかねない。もう少し、角を持ってもいいと思うぜ、俺は……」
「は、はぁ……」
「ま、俺はそんなお前がお気に入りなんだがな」
神威はからかうような調子でそう言って、クローネの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ちょ、ちょっと、からかわないでください!」
「それからオメガに対してのことなんだが……」
と、神威は続けた。
「心配するのは、優しさじゃあないぜ」
神威はもう一度クローネの頭をポンポンと叩いてからその場を立ち去った。
*
「オメガ、大したもんだなぁ、お前の料理の腕前は」
ジョアンは、オメガと共に調理場で洗い物をしながら言った。彼は、さっきモフ子さんのために出された料理を、勿体ないので全部平らげてしまったのだ。
「ジョアンさんの大食っぷりには及びませんよ」
「はっはっは!」
ジョアンはオメガの背中をバシバシと叩いた。オメガは肺が震えるのを感じた。
だがその時、艦内の警報が鳴り響いた。聞いたことは無いが、セイレーンの咆哮というのはこんな感じの音なのではないだろうか。と、オメガは思う。
「オメガ、お前、仕事じゃあねぇのか?」
「そ、そうですね。でもここは……」
「心配するな。俺が全部やっておく! それが本来の俺の仕事だからな……。お前も自分の仕事をやってこい!」
「分かりました! 師匠!」
オメガは敬礼をすると調理場を出ていった。
「し、師匠……? 俺のことか……?」
ジョアンは首を傾げた。
*
オメガが艦橋につくと、既にそこにはクローネと神威の姿もあった。オメガは意識的にクローネから顔を背けるとアリアに訊いた。
「アリアさん! 何事ですか!?」
「前方の洋上に未確認浮遊戦艦を確認した。警戒態勢に……」
「艦長! 敵艦、RAを射出したっす! 数は三機、間違いない、ハイペリオンっすよ!」
レアーノ副艦長がオペレーターと共にレーダーに見入りながら言った。
「やはり敵か……。いいだろう、三人とも、出撃だ! 迎え撃ってこい!」
アリアが命じた。
三人は艦橋を出て格納庫に向かった。
オメガは、新たに支給されたパイロットスーツに身を包むため、格納庫の横に隣接された着替えスペースに入る。黒いインナーを着て、その上に強化繊維製のパイロットスーツを着込むのだが、オメガは繋ぎタイプの服を着るのに難儀をしてしまった。
「オメガ、いいか、こうやるんだぜ?」
見かねた神威がオメガのパイロットスーツ着用を手伝ってくれる。
オメガは灰色の地に緑色のラインが入ったパイロットスーツに身を包んだ。
「あの、ありがとうございます……」
「ふっ、クローネのやつには黙っててやんよ」
神威は言った。
「いいです。あんな人、知りませんから」
オメガはそう言うと格納庫に出ていった。
「そうかい、良いのかい」
神威はニヤリと笑った。
*
自分たちのRAに乗るため、三人はRAの周囲に張り巡らされたタラップを駆け上がった。
「あぁそうだ、クローネ」
と、神威が先を行くクローネに声をかけた。
「はい……?」
「オメガのやつ、さっきパイロットスーツを着る時に……」
「あぁっ、神威さん、それは……!」
「だっていいんだろ? あんな人知らないって言ってたじゃあないか」
「それは……」
神威はニヤニヤと笑いながら続けた。
「オメガ、クローネと仲直りしなけりゃあ何度だってバラすぜ」
「うぅ、卑怯だなぁ。分かりましたよ。謝りますよ。ごめんなさい」
オメガは言った。
「心がこもっとらんな。まぁいい、この続きは戦いが終わってからだ」
神威はクローネを追い抜くとタラップを駆け上がっていった。
「ちょっと待ってください! 神威さん! オメガくんの黒歴史、ちょっと気になるんですけど!?」
その後ろで、オメガは溜息をつきながらとぼとぼとタラップを登った。
「ハイペリオンオメガ。オメガ・グリュンタール、翔びます!」
「ストリクス。クローネ・コペンハーゲン、撃ち抜きます!」
「月聖神。和泉神威、いざ参る!」
三機のRAが、スターペンドラゴンのカタパルトから射出された。
「来たか……」
と、その様子を見てウィンダー・ロズウェルがハイペリオンミハイルのコックピットで呟いた。
「来たね、全員、血祭りにしてあげちゃうんだから」
ミラからの通信が入る。
「やぁやぁまな板ちゃん、君は指揮官の指示を聞いていなかったのかい? 目的はあくまでも四機目のハイペリオンの生け捕りだ。君はいつもの乱暴な戦い方を自重したまえ」
「そぅお? でも、パイロットの方は、殺しちゃっても別に構わないでしょ?」
ミラはハイペリオンシュヴァリエのバーニアの出力を上げて三機の敵機に突撃していった。
「来るぞ……!」
神威がオメガとクローネに身構えるように命じた。
「あいつ……。あんなの、僕が殲滅します!」
オメガはハイペリオンオメガの出力を上げた。
「あっ、ちょっと、オメガくん! 勝手な行動は……!」
「うるさいです! 黙っててください! クローネさん!」
オメガは言った。
「オメガくん!」
二機のRAはそれぞれにビームセイバーとビームレイピアを同時に抜き、ぶつかり合わせた。
「よし、ミラ、そのままだ……そのまま奴の注意をお前に引き付けて……」
ウィンダーがミラに通信する。
「うるせぇ! こいつはあたしが殺す!」
ミラは相手の機体を破壊せん勢いで突き攻撃を何度も繰り返した。
「こいつ……狂ってるのか……?」
オメガはその目にも止まらぬ速さの攻撃を必死に防御した。
一方、海上に浮かんだ黒い戦艦の艦橋では、仮面の女が戦闘の様子を見ていた。
「ウィンダー・ロズウェルは感情に囚われず任務をこなせる。その反面、命令以外のことをするのは
苦手としている」
仮面の女は呟いた。
「ミラ・セイラムは一点破壊型だ。だが、戦いに集中するあまり、周りが見えなくなることがある」
彼女は続けた。
「そして、アギリ・ランゴーニュは前ふたりの短所を上手くカバーすることが出来る。だが、彼は自分の芸術に囚われすぎている面がある。そういう点では三人の中でもっとも扱いにくい人間だろう」
「あの……艦長……?」
と、艦のオペレーターが尋ねる。
「それは……何の話でございましょうか?」
「なぁに、ひとりごとだ。だが、彼ら三人にとって、四機目のハイペリオンを生け捕りにするというのはいささか難しい命令だったかもしれないと思ってな」
そして仮面の女はオペレーターに命じた。
「ランガ、グリフォーンの出撃準備をしておけ。私も出よう」
ハイペリオンオメガとハイペリオンシュヴァリエは戦いながら段々と上空に上がっていった。
「お前なんかに、絶対に負けるか……!」
ハイペリオンオメガの頭部のエッジが分離し、ブーメランのようにハイペリオンシュヴァリエを攻撃する。
「えぇい、ムカつく! もう命令なんて知るものか! あたしは、こいつをバラバラに壊し尽くす!」
ミラはハイペリオンシュヴァリエでメガロスラッシャーを弾きながら言った。
だがそこで、ハイペリオンシュヴァリエが手にしていたビームレイピアが光弾によって弾き飛ばされた。
「え……?」
ミラが下を見下ろす。
そこには、銃身の長いプラズマライフル、すなわちプラズマスナイパーライフルを構えたストリクスの姿があった。
ストリクスとクローネの右目のレンズに、照準が浮かび上がっている。
「オメガくん、シュヴァリエは私がやります。オメガくんはミハイルの方を……!」
「嫌です!」
と、オメガは言った。
「こいつは僕の獲物です! それに、武器をクローネさんが破壊してくれたおかげで、ここでトドメを……」
だが、ハイペリオンオメガがビームセイバーを振り上げた時、ストリクスはそのセイバーを撃ち抜いた。
「クローネさん!?」
「いい加減にしてください!」
と、クローネが言った。
「正直に言います! オメガくんはやっぱり戦場に出るべきではありません! 危ないからではなくて……オメガくんはまだ未熟すぎます!」
だがその時だった。ハイペリオンシュヴァリエの手刀がハイペリオンオメガの胴部に命中する。
「武器がなくたって! あたしはあんたをぶち殺せる!」
ミラは叫んだ。
「こいつ……絶対に許すものか! お前を倒して、クローネさんに僕が未熟者なんかじゃあないことを証明してやる!」
ハイペリオンオメガはハイペリオンシュヴァリエの頭部を殴りつけた。
ミラのいるシュヴァリエのコックピットに一瞬ノイズが走った。
「てめぇ、やりやがったな!」
今度は、シュヴァリエの蹴りがハイペリオンオメガを襲った。
「飛んでいても、足は飾りなものか!」
オメガもそう言って蹴り返させた。
「ありゃあ、RAの戦い方じゃあないな……。ヤクザかよ、どっちも……」
ハイペリオンミハイルとハイペリオンガルーの二機を相手取りながら、上空を見上げた神威は呟いた。
その時、相手の黒い戦艦から一機のRAが射出された。
「指揮官……?」
ウィンダーがそれに気づいて呟く。
そのRAは、人型をしていなかった。鳥や飛行機に似た形状をしたそのマシーンは、空にオレンジ色の翼を広げていた。
グリフォーンは取っ組み合うハイペリオンオメガとハイペリオンシュヴァリエ目掛けて翼の下部から光弾を放った。
「ミラ、ご苦労だった。これからその機体の相手は、私が取る」
ミラのもとに、仮面の女からの通信が入った。
後半へ続く!




