第35話 オメガの誕生日・1
オメガ・グリュンタールは己が見たヴィジョンについて考えていた。
最悪の未来を回避するため、彼は……!
スターペンドラゴンの医務室で、クローネは同艦の医療班長であるスモモ・ルクセンブルグの話を聞いていた。彼女は、ピンク色のふんわりとした髪をひとつにまとめ、白衣を身にまとった女性だ。
「外傷は全治一ヶ月ほどですけどぉ、精神面の方は未知数ですねぇ」
スモモはベッドで眠るオメガを横目に言った。
「一体、あの槍を手に入れた時に何があったんですかぁ?」
「それが……私にも分からなくて……」
と、クローネは答えた。
「ただ、あの時、私と自分は一緒にいちゃいけない……みたいなことを言い出して……。酷く何かを恐れているみたいでした」
「恐らく槍が彼の精神に何らかの影響を及ぼしたのでしょうねぇ。例えば、感受性の強い彼に何かのヴィジョンを見せたみたいなぁ」
「ヴィジョン……。それは……どんな……?」
「そこまでは私にも分かりませんよぉ。彼自身がしっかりとそのことに向き合ってあなたに何を見たのかお話してくれればいいんですけどぉ」
「私に……ですか?」
クローネは尋ねた。
「だってぇ、それはあなたの仕事じゃないですかぁ」
「でも、オメガくんは私と一緒にいたらいけないって……」
「それはぁ、大切なあなたを守るためじゃないんですかぁ。彼が何を見たのかは分りませんがぁ、自らが見た何か恐ろしいヴィジョンからあなたを守るためにぃ。……だからぁ、あなたはそんな彼の大切さんとしてしっかりと寄り添ってあげるべきだと思いますぅ」
スモモは言った。
「ありがとうございます……」
クローネは彼女に頭を下げると医務室を後にした。
ロンギヌスの槍は、特殊な物品を保管、監視しておくための部屋に安置されていた。あの後、気を失ったオメガを担ぎながらクローネが両手で槍を掴んで持ち帰ってきたのだった。オメガには何らかの効果を示したらしい槍も、クローネにとってはロヴェナの時と同じく古い棒切れでしかなかった。
保管庫は、監視用の隣室から窓で様子を確認することができる。クローネはそのまま監視用の部屋に入った。薄暗い部屋は、保管庫の白いライトを受けて窓際が照らされていた。保管庫の白い台の上に、ロンギヌスの槍は大切そうに安置されていた。相変わらず穂先からは白い煙状のオーラがたなびいている。
「ロンギヌスの槍……。あなたは……オメガくんに何を見せたのですか?」
クローネはそっと尋ねた。彼女は窓に手を当てる。
「やっぱり……私には霊感がないから何も見えないのでしょうか……? かといってオメガくんと同じようにあの時幽霊船を見たアギリくんを借り出してきて、彼にもまたなにかあったら困りますし……」
それに、アギリはアギリで今かなり精神的に消耗している。かつての憧れの人が自分たちの敵になるかもしれないのだ。クローネは何も出来ることがない自らの無力さを責めた。
その時、監視室の扉が開く音がした。振り返ると携帯用コンピュータを手にしたシルフィの姿があった。
「あっ、クローネさん!」
シルフィはクローネに声をかける。
「シルフィさん」
クローネは言った。
「色々な方法で槍の分析を続けているんですけど、どう分析しても科学的にも魔術的にも解明が出来なくって……。コンピュータで分析しようとしても全てエラーになってしまいますし……。せめて槍の穂先から発しているあの気体とも粒子群ともつかない物質の正体さえ分かればいいんですけど……」
シルフィはやや沈んだ面持ちで言う。
「あの……シルフィさん、霊感について……なにか知ってることはありますか?」
「霊感? ですか?」
シルフィは聞き返した。
「はい、オメガくんは昔から、そういうのを感じる力が強いというか……ほら、この前だってアギリくんと一緒に幽霊船を見ましたけど、同じ場にいた私には一切見えませんでしたし……。今回だってオメガくんだけが槍によって何らかのヴィジョンを見せられました……」
「それはおそらく、あの槍に人間の精神に干渉するなにかがある。ということですよね? そしてそれは、全員ではなく、一部の人間、それも普通の人には見えない幽霊かなんかが見えちゃう系の人間にのみ働く力……と」
「そういうことです……」
クローネは言った。
「見えちゃう系の人間を分類する言葉には、心当たりがあります」
シルフィはようやく自分の知識が活用できそうだと少しだけ嬉しそうな表情になって言う。
「クローネさん、ネクストチルドレンという言葉を知っていますか?」
シルフィは訊いた。
クローネは首を横に振る。
「簡単に言えば、より進化した人類のことです。長い進化の過程で、人間は他の人類種とは違い、魔力を持たないという形で発展を遂げてきました。その反面、繁殖力、適応力を他の人類種より高めることで世界各地に分布を広げてきた……。ですが、そんな人間の中にも、時折魔力を持って産まれてくる者がいるんです。そういう、新しい魔法種族へと進化を遂げた人間のことをネクストチルドレンと呼びます。彼ら彼女らは普通の人よりも魔力が強いものの、長い歴史で培われてきた人間の身体ではその力をエルフや魔女のような魔法に昇華させることができません。その代わりに、ネクストチルドレンたちは他人より勘が鋭かったり、能力が優れていたり、霊感のようなものが強かったりするんです」
「では……オメガくんもその進化した人類のひとり……であると?」
シルフィは頷いた。
「はい、でもそれだけではありません。私はミレニアム戦役の時、かつてオメガくんやガンマさんが製造されていた研究所に足を運びました。オメガくんたちプロメテウスシリーズは戦闘用に造られた人間です。そして、より戦闘を優位に進めるためには、他人より何かしらの能力が優れていなくてはならなかった。そのため、オメガくんたちに付与された能力が、一種の特殊能力のようなものであり、また、それにプラスして人工的に生成されたネクストチルドレンとしての能力だったんです」
「それで、オメガくんは……」
他人の傷を治す力を……。クローネは心の中で言葉を続けた。
「オメガくんは、人工的に造られたネクストチルドレンであるが故に、槍による精神干渉を受けてしまったのでしょう」
シルフィは言った。
「でも……じゃあ、オメガくんが何を見たのか、それに、私は何をしてあげるべきなのか……。それは分かりませんか?」
シルフィはにっこりと笑うと首を横に振った。
「それは私にも分かりません。でも、クローネさんは、オメガくんの傍にいてあげるべきだと思いますよ」
「それは……スモモさんにも言われました」
「でも……オメガくん本人は私と一緒にいちゃあいけないって言うんです。私はどうすれば……」
「だからこそです」
シルフィは言った。
「オメガくんがそう言うのはクローネさんを大切に思っているからです。本当は、オメガくん自身、クローネさんとは離れたくないはずです。だから……なんて言われても、クローネさんはオメガくんと一緒にいてあげてください」
「分かりました……」
クローネはシルフィに軽く頭を下げた。
「まったくもう、固いですよ! まるでいちばん最初に出会った時みたいじゃあないですか! 大好きな人が沈んでいる時ほど、明るく、です!」
シルフィはクローネの肩をばしばしと叩いた。
「はい、気をつけます……」
クローネはまだ少しだけ沈んだ様子だったが、それでも微笑みを見せると言った。
*
オメガはゆっくりと目を覚ました。まず初めに目に入ったのは真っ白な天井だった。しばらくして、そこが艦内の医務室だと気がつく。
そうだ……。と、オメガは思い出す。僕はあの後、力尽きたように気を失って……。それで……。
オメガはハッとしてベッドの傍らを見た。そこには、見舞い客用に用意された椅子に、クローネが座っていた。
クローネはオメガと目が合うとにっこりと笑って言った。
「おはようございます。オメガくん」
「クローネさんっ……!」
オメガは姿勢を正して起き上がろうとして肋骨の痛みに顔を顰めた。
「いたた……」
「まったく、すぐに自分が怪我をしていることを忘れちゃうんですから」
クローネは文句を言うように、それでいて少し楽しそうな口振りで言った。
「クローネさん……」
オメガは言う。
「言いましたよね。僕はクローネさんと一緒に居ちゃあいけないんだって」
「どうしてですか?」
クローネはやや怒ったように言った。
「どうしてって……」
「なんの理由の説明もなく、そんなことを言われて……私が納得すると思いますか?」
「それは……」
「もし……オメガくんがあの槍に何かを見せられたというのなら、相談に乗ってあげるし、力にもなってあげますよ」
クローネは口調を緩めて言った。
「あれは……僕の未来なんです」
オメガは慎重に口を開いた。
「オメガくんの……未来?」
「はい、僕は自分が槍を手にした未来を見ました。槍の力によって世界を自分のものにした僕は……みんなを悲しませていました……。多くの人を処刑して……その中に……クローネさんも……」
「そんなことで、悩んでたんですか?」
クローネはけろりとして言った。
「そんなことって……でも、僕は……!」
「そういう未来にならないように、今のオメガくんが頑張ればいいだけの話でしょう? それに、槍はオメガくんのものではなく、今は私たちスターペンドラゴン・ティンダロス連合軍が保管していますし、ほとぼりが冷めればどこかの博物館にでも寄贈するつもりです。つまり、オメガくんが見たような未来は有り得ないということです」
「でも、あぁいう未来が見えたということは……僕の心の中に何かそういう要素があったんだと思います。だから、なにかがきっかけになってそれが開花してしまうのが……僕は怖いんです」
「誰の心にも、暗闇のような部分はあります」
クローネは言った。
「でも、それとしっかり向き合い、制御するのが人間だと……私は思います」
オメガは何も答えなかった。
「オメガくん」
クローネは真剣な顔でオメガに呼びかけた。
「なんですか?」
クローネはぱっと笑顔になる。
「そういう辛気臭いことばっかり言ってると治る怪我も治らなくなってしまいますよ」
そしてオメガの頬をつねった。
「オメガくん、デートに行きましょう!」
「え、でもスモモさんの許可が……」
「許可はとってあります。精神回復のためには必要なこと、みたいですよ」
*
「アギリ、一緒に出かけよう」
ティンダロス艦内にあるアギリの部屋に入ってきたガンマは唐突に言った。
「出かけるって……どこに? なんでだ?」
「この前からあなたは、部屋にこもりすぎている。気持ちは分かるけど、それは良くない。気分転換が必要」
ガンマは説明する。
「かもな。だが僕はあいにくそういう気分じゃあないんだ」
アギリはガンマから顔を背けて言った。
「でも……良くない。精神的な休息が必要」
ガンマはなおも言う。
「わかったよ。あまり気分じゃあないが……付き合ってやる。で? どこに行くんだ?」
「今私たちが停泊している海底から最も近い街は、エラーダ王国ヴルカノ島にあるクロノポリスの街。そこが妥当だと思う」
ガンマは言った。
「エラーダ王国……か」
アギリはしみじみと言った。ガンマ……確かお前はエラーダ王国のどっかに位置する研究所で造られたんだったか……。
*
エラーダ王国にいくつも存在する島のひとつ、ヴルカノ島は島の中央に活火山がそびえる火山島だった。島の斜面に沿って造られた街に並ぶ建物の石壁は太陽と青い海の光を受けてきらきらと輝いていた。そんな街の高台の広場に立つ四人の人影があった。
オメガ、クローネ、アギリ、ガンマの四人だ。
「な、なんでお前らも……」
アギリは青い海を背景にしてため息をつくように言った。
「アギリさんこそ! あっ、もしかしておデートですか?」
オメガが言う。
「いや、まぁ……」
アギリとガンマは少しだけ顔を赤らめた。
「そんなことよりオメガ、お前は……もう大丈夫なのか? 怪我をしたうえに何らかの精神干渉まで受けたって話だが……」
「それは……」
オメガは口ごもった。
「オメガくんはしばらく精神的休息が必要なんです。だから今日は私と一緒にお出かけをと……」
クローネが説明を引き受けた。
「だったらアギリと同じ」
ガンマは言った。
「アギリも心が疲れてるから私とデートをする」
「デっ……!」
平然と言ったガンマの言葉にアギリはさらに顔を赤らめた。
「そうだったんですか……。ではこれはあれですねダブルゼータってや……」
「クローネさん、それはダブルデートでは?」
「間違えました」
クローネは言った。
後半へ続く!




