第34話 槍の在処・2
前半の続き!
オメガとロヴェナは暗闇で向かい合っていた。オメガの瞳には敵意が、ロヴェナの瞳には驚きが宿っている。だが、やがてロヴェナの瞳から驚きが消え、彼女は口を開いた。
「そう、あなたなかなか度胸あるじゃないの。舐めていて悪かったわ。でも、その身体でどうやって私を止めるつもり?」
「力づくで止める!」
オメガはロヴェナに組み付こうとしたが、ロヴェナはそれをいとも容易くかわし、オメガは地面に転がる。ロヴェナはヒールを履いた踵でオメガを踏みつけた。
「あっはは、そんなもん? 口先だけにも程があるんじゃあない?」
ロヴェナはにやにやと笑いながらヒールの踵でオメガを痛めつけた。
「お前は……」
オメガは痛みに顔をしかめながらも言った。
「戦場に立ったことがあるか?」
「なにその質問。立つわけないでしょ? そんなことをしたら私の可愛い顔が血で汚れちゃうもん」
「じゃあやっぱり……お前は僕の敵じゃあない! 僕は……戦場で色んなことを学んできた。だから、今のお前がこの場で何を学ぶべきかすぐに分かる」
「何それ、いきなりお説教かなにかのつもり? 惨めねぇ」
「お前が今、知るべきことは……戦いの場で余裕をぶっこいてる奴は次の瞬間、敗北するってことだ!」
オメガは全身の力を振り絞ってロヴェナの脚を振り払い、彼女を突き飛ばした。
彼女は床を転がり、その顔の前を刃物が通過する。
「ひ、ひぃっ!」
ロヴェナは慌てて飛び退いた。
「な、な、何よここ!」
ロヴェナは慌ててオメガにすがる。
「い、……今まで見えてなかったの……?」
オメガはロヴェナに尋ねる。
「あ、当たり前でしょう? あなたを倒すことに夢中で……」
あぁ、ポンコツだ……。と、オメガは思った。
「で、クロなんとかはこの向こうに行ったってわけ?」
ロヴェナは震える声で尋ねる。
オメガは頷いた。
「ひ……ひえぇ……」
ロヴェナは恐る恐る刃物に近づくが、やがて逃げるようにしてオメガの方に戻ってきた。
「む、無理よこんなの! 走り抜ければいいって理屈では分かってても、絶対無理!」
ロヴェナはオメガに泣きついた。
「これは……わざわざ僕が止めるまでもなかったかも……」
オメガはやれやれと呟いた。
「あなた……名前はなんていうんだっけ?」
「オメガ……です」
オメガは答えた。
「オメガくん、私、どうすればいいと思う?」
「そんなこと言われても……。というか僕たち、敵同士だし……」
「そんな冷たいこと言わないでよぉ! だって私、槍欲しいし! でも、怖いし!」
ロヴェナはとうとうその場で泣きじゃくり始めてしまった。
「ロヴェナさんは……どうして……そんなにロンギヌスの槍を求めているんですか? えっと……仕事だっていうのは知ってますけど、だとしても、どうして命をかけてまでこんな仕事を引き受けたのかな……と」
オメガは質問した。
「だって……うちは軍人の家系だし、いい仕事があるって紹介されてもこういうのばっかりだし……。でも、お金欲しいじゃん、おしゃれとかいっぱいしたいじゃん。だから、怖くても頑張ってきたのに……」
「泣かないでください」
オメガはロヴェナに言った。
「分かりました。だったら、僕と一緒に行きましょう。槍は絶対に渡しませんけど、でも、あなたが本当は悪い人間じゃあないことは分かりました。多分、周りが求めていることと、自分がやりたいことが違うんだと思います。クローネさんだって昔はそれで結構悩んだみたいですから……。だからこそ、そういう人だからこそ、一度は自分の恐怖に打ち勝ってみることが大事だと思うんです。一緒に行きましょう」
オメガはロヴェナの手を取った。
「あの……でもあなた、怪我してるんじゃ……?」
「大丈夫です。痛みは我慢できます。それに、あなたが恐怖を克服するんだから、僕だってこれくらい……!」
オメガはそのまま走り出した。
「えっ、ちょっと待って! 心の準備が……!」
ロヴェナはぎゅっと目をつぶった。そのままオメガと共に廊下を駆け抜ける。
やがて、オメガが立ち止まったので、ロヴェナはそっと目を開けた。
「もう、大丈夫ですよ」
オメガは言った。
「良かったぁ……」
ロヴェナは床にへたへたと座り込む。
「と、いってもまだまだこれからなんですけどね」
「へ……?」
廊下をぬけた先にあったのは、巨大な竪穴だった。そこが見えないくらいに深い竪穴には、所々に転々と石の柱が立っている。柱の上は平になっており、人ふたり分くらいが立てるスペースが確保されていた。そして竪穴の向こう側に、新たな廊下の入口が見えた。どうやら石の柱の上を飛び石状につたいながら向こうへ進めということなのだろう。
「こ、こんなの……落ちちゃったら……」
ロヴェナはごくりと唾を飲み込んだ。
「そういうことを考えるのはやめましょう。落ち着いて飛べば、飛べない距離ではないはずです」
「お、落ち着けるはずないわよこんなの!」
ロヴェナは言った。
「ロヴェナさん、小さな川をとびこえたことはありますか?」
「そ、それくらいなら子供の頃によく……」
「だったらそれと同じ要領です。子供の頃に飛んだ川を想像して……」
ロヴェナはオメガの腕をぎゅっと抱きしめた。
「わ、分かったわよ……」
オメガは崖沿いまでそっと歩みを進める。
だが、ロヴェナはすぐにオメガから離れて後ずさった。
「無理無理無理無理、やっぱ無理よこんなの!」
「大丈夫です。ほら、僕の手を取って、一緒に飛びましょう」
オメガはロヴェナに手を差し出した。ロヴェナはその手を震える指でそっと握る。
「いきますよ……。三、二、一!」
ふたりは飛び石目掛けて竪穴の上に飛び出した。
*
クローネは、石造りの小部屋に立っていた。小部屋の向こう側には槍の紋様が描かれた扉がある。だが、扉にはやはり取っ手はついていなかった。合言葉かと思ったのだが「開けゴマ」の言葉は通用しなかった。その代わり、扉を挟んだ部屋の壁の2箇所に意味ありげな石造りのレバーが取り付けられているのが見える。だが、こちらも、ふたつあるレバーのどちらを引いてみても扉はびくともしなかった。
「残る方法はふたつのレバーを同時に引くことくらいですが……」
クローネはオメガを置いてきたことを少しだけ後悔した。だが、すぐに首を横に振ってその考えを抹消する。
「駄目ですよ、私。オメガくんは今、ひとりで痛みに耐えながら待っているんですから。私ひとりでなんとかしませんと……」
「あの……クローネさん?」
部屋の入口付近からオメガの声が聞こえた気がした。
「あぁ、考えすぎてとうとうオメガくんの幻聴が……」
「幻聴なんかじゃあありませんよ。僕のことが必要なんでしょう?」
クローネは振り返った。
「オメガくん、待っていると……!」
いや、それはいいのだ。それはいいのだが……。クローネはオメガの隣に目を向けた。そこには彼の左腕をぎゅっと両手で握りしめて、泣き腫らした瞳でこちらを見つめるロヴェナの姿があった。
「オメガくん、どういうことですか?」
クローネは詰め寄るような口調で言った。
「あの……なんかほっとけなくて……。あまりにも泣くものだから……」
オメガは言う。
「だとしても、その人は敵ですよ?」
「でも、悪い人じゃあないと思うんです」
オメガは言った。
「それは私にも分かりますが……」
クローネはオメガに向かって改めて言った。
「とにかく、オメガくん、手伝ってください! おそらく、この向こうに槍が……!」
「分かりました!」
オメガは壁に向かい。ロヴェナはさっと彼から離れた。
「オメガくん、そちら側の取っ手を持ってください」
オメガは言われた通り、壁に取り付けられた取っ手を握る。
「では、同時に引きますよ。せーのっ!」
ふたりが同時に力を入れると取っ手は引かれ、扉が向こう側に開いた。
その向こうには小さな空間があった。その空間の中央にある台座の上に古い槍が置かれている。槍の穂先からは白い煙のようなオーラが流れ出ていた。
「これが……」
オメガは槍の木の柄の部分に手を伸ばそうとする。
だが、クローネがそれをさえぎった。
「待ってください。これは普通の槍ではありません。みだりにさわるのは危険かも……」
「危険じゃあないわよ!」
ふたりの背後からロヴェナがそう言い、前に進み出た。
「これだけ怖い思いをしてここまで辿り着いて、それで危ないから触っちゃ駄目なんてそんなハッタリ、私に効くと思っていて? だいたいこんな棒切れ、さっき私たちが辿ってきた道のりに比べれば……」
「でも、本当に何が起きるか分からな……」
オメガが止める間もなくロヴェナは槍の柄をしっかりと握った。何も起こらない。ロヴェナはもう一方の手を伸ばして槍を持ち上げた。
すると、地面が振動を始めた。
「ひゃっ……!」
ロヴェナは慌てて槍を取り落とす。だが、それは槍があった小部屋の向こうに新たな道が出現しただけの音だった。道は、階段状になっており、上に上がっていっている。
「帰り道……のようですね」
オメガは地面に落ちた槍を拾い上げようとするが、そんなオメガよりも先にロヴェナがふたたび槍を掴みあげた。
「残念だけど、この槍は渡さないわ」
「ロヴェナさん……」
「あなた、さっき私のことを悪い人じゃあないって言ってくれたわね。嬉しかったわ、敵なのにそうやって褒めてくれて。でもね、悪い人じゃあなくても所詮敵は敵、私は私の目的を果たすまでよ!」
それからロヴェナは槍の穂先をオメガとクローネに向けた。
「えっと……あとはあなたたち、私のみっともない姿を全部目に焼き付けていたわね。だったらそれを他に喋られる前にあなたたちはここで死んでもらうわ」
「動機が小さい……!」
オメガは言った。
だがそこでクローネが拳銃を抜いた。
「分かりました。でも、こちらも本気ですよ。ロヴェナさん、私の銃の腕はあなたも体験済みのはずです。それでもと言うのなら、どうぞ槍を持っていってください。ですが、私は本気です」
「な、何よ……槍相手に銃を出すなんて卑怯じゃない」
ロヴェナは明らかに動揺を始める。
「そ、そうね……あなたたちを殺すっていうのは帳消しにするわ」
「いいえ、槍も渡してください!」
クローネは語気を強めて言った。
「え、えっと……は、はい……」
ロヴェナは槍を地面に落とした。オメガがそれを拾い上げる。
すると、彼の脳裏にあるイメージが浮かび上がってきた。
「これは……!」
オメガはその場にしゃがみこむ。
「な、何!? 私の時は何もなかったのに!」
ロヴェナは言う。
「オメガくんは感受性が強いんです! この前だって私には見えなかった幽霊船が見えたりとかして……!」
「それって霊感ってこと!?」
「オメガくん……! 槍を手放してください! 手放して私に渡して……!」
クローネは必死に呼びかけるが、オメガはしゃがみ込んだまま首を横に振った。
「出来ません……。恐ろしい……でも、同時にものすごく心地いいんです! こんな感覚、初めてだ……。それに、この光景は……!」
オメガの脳内に浮かんだのは、オメガ自身の姿だった。しかし、彼は今よりももっと遥かに豪華な衣装を身にまとい、大勢の前に臆することなく立っている。大勢の群衆がオメガを称えて拍手をしていた。しかし、オメガの心にその拍手喝采はまったく響かなかった。
どうして……。オメガは思った。みんなから称えられて、嬉しいはずなのに……僕の心は空っぽな箱みたいだ……。
画面が映り変わった。多くの人が泣き叫んでいた。彼ら彼女らは檻の中に入れられている。その周囲に火がくべられ、檻の中の者たちは悲鳴をあげながら炎に包まれていった。肉の焼ける匂いがした。オメガはその光景を近くにある豪華な装飾で飾られた建物のバルコニーから眺めていた。
またしても場面が変わった。といっても場所はさっきと同じ場所だ。オメガはさっきのバルコニーから、先程多くの人が火炙りにあっていた広場を眺めている。火はいつの間にか消え、その場にはたくさんの薪が重なり合っていた。薪の山中央に柱が立っていた。柱には白い衣服を身にまとった女性が鉄の鎖で縛り付けられている。
オメガはその女性の顔を見てはっとする。今よりもだいぶ大人びている顔をしているものの、それは紛れもなくクローネだった。
クローネはオメガがいるバルコニーを見上げた。その表情は、恐怖でも、哀しみでも、怒りでもなかった。ただ、オメガが今まで見たことのあるクローネのどの表情とも違って見えた。
焚き火に火がつけられた。火は瞬く間に燃え広がり、クローネに迫っていく。
「……めろ……。やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
オメガは思わず叫んでいた。
「オメガくん!」
クローネの声が聞こえた。イメージの中のクローネではない。現実のクローネだ。
気がつくと、彼女はオメガの手から槍を叩き落していた。
「僕は……」
オメガは冷や汗をぐっしょりとかいていた。
遠くからはロヴェナが心配そうに見ている。
「い、一体どうしたっていうのよ……!」
ロヴェナは言う。
「オメガくん。大丈夫ですか?」
クローネが尋ねた。オメガは何も答えなかった。
ロヴェナはそのまま上り階段を上がっていく。
「ロヴェナさん、槍は……もういいんですか?」
「いいもへったくれもないわよ。あんな薄気味悪いもの……。上層部には『ロンギヌスの槍は人間に扱える代物じゃあなかった』って報告しておくわ。命拾いをしたことを幸運に思うことね」
ロヴェナは階段の向こうへと消えていった。
「オメガくん……一体何を見たんですか?」
「僕は……」
オメガは口を開いた。
「僕は、クローネさんと一緒にいちゃいけないのかもしれません」
オメガは震える声で言った。
少年の瞳に宿るは宿命か。
炎に消えた少女、その光景は地獄なのか。
残酷なる歯車は時を回し、絶望の未来へと突き進む。
時間とは、この世界にかけられた呪いなり。
次回、魔法戦線ハイペリオンΩ『オメガの誕生日』。
起動せよ、そのさだめ。




